第3話 かかる罠
暗い地下の廊下。文音と綺星が持つふたつの懐中電灯だけを頼りに、先へと進んでいく。
廊下は両側、どちらも部屋。それがずらっと先まで並んでいる状態。果たしてこの廊下だけで、どれくらいあるのだろうか。
ひとつ目の部屋の中に明かりを通してき、確認をしていく。目的は例の注射器ただひとつ。
あると確証もないものを求めて、ただその作業を続ける。
だが、暗がり。部屋もそれなりの大きさ。廊下の窓から中のすべてを把握するにはあまりに死角が多すぎる。
「文音ちゃん、ある?」
「……わからん」
こんなのじゃ、本当にあっても気づけないまま終わるのが関の山。
「気は進まないが、ひとつずつぶっ壊していこう」
もう、すでに二回強引に侵入している。今更考える必要もない。もう、まるで躊躇なくドアをへし破った。
それはもう壮大な音が響く。静かな廊下にはこれでもかってぐらい、木霊する。こりゃ、いつピンチに陥ってもおかしくはないな。
「……もう、ずっと派手にやらかしてるね」
文音の行動に唖然とする綺星。
その横をさっさと通りぬけ、部屋の中を物色していく。
「綺星も手あたり次第に探して。もう、時間が勝負だから。わたしたちが先に注射器を見つけるか、先に敵に囲まれてピンチを迎えるか」
こういうと、綺星も慌てたように部屋に入っていきた。そして、辺りをひたすらかき回して探していく。
しばらくあさり続けるが、それらしいものは出てこなかった。
「よし、次行こう。これ以上は無駄だ」
とにかく、できる限りいろいろな部屋を回るべく、そうそうに切り上げた。
向かいにあるドアをぶっ飛ばし、また物色を再開。そんな泥棒も真っ青になって逃げだすような行為をひたすら続けていく。
そしてもう、四部屋目に差し掛かるころ。廊下を横切るタイミングで、綺星が廊下の先を見つつ、つぶやく。
「……ねぇ、……本当にあたしたち以外の気配、ないよね?」
「……」
その通りだ。まったくもって人の気配を感じない。これ自体は願ったりのことだ。だが、同時にあやしい匂いもまたプンプンする。
これだけ物音たてて騒いでおきながら、向こうの反応が微塵もない。夜中だからといって、これほどまでに警戒がザルだとも。
「……」
綺星が見ている廊下の奥に、文音も視線を送る。ライトで照らすがなにもない。せめて幽霊でも出てくればいいのに。
「綺星……、今すぐここを出るぞ」
「……え?」
考えれば考えるほど嫌な予感しかない。これ、……もう、どう考えても罠だろ。いや、違ってもいい。かかる可能性を考えれば。
「いいから。さっさと行くぞ」
綺星の手を引っ張り、元来た方向へと足を進め出す。
だが、その直後、背後から急にドアの開く音が。そして、同時に、握っていた綺星の手が異様に重くなる。
それに対して振り向くより先、綺星がバタリと廊下に倒れ込んだ。
「……き、綺星?」
完全に綺星が力なく倒れている。なにがおきた?
いや、これは……考える時間がない。
さっきまで気配すらなかった向こうに、今は人。とにかく逃げよう。
だが、また直後、後ろから静かな発砲の音。反射的に体をそらせる。すると、ちょうどその横腹の服をあるものが貫いた。
それは、針。ちょうど、文音の服を貫いている。これが突如現れた人間が放ったものでることに間違いない。
そして、……先に倒れている綺星に視線を向ける。
綺星の息はある。いや、意識もありそう。だが、綺星は文音に目で訴えかけてくるが、体を動かそうとしない。
否、動かせていないのか。
……この針は……毒?
そう悟ると、文音は膝から崩れ落ち、乱暴な形で廊下に倒れ込んだ。
すると、ずっと奥にいた人たちがコツコツと足音を立てて近づいてくる。三人ほど、銃を携帯した人たちが先頭に。
奥には白衣を来た女性がふたり。
向こうが照らして向けてくるライトに眉をひそめる。
「……な……なに……」
「いい感じにしびれているようだな。急ぎで制作した割にはことのほかうまくいったようだ」
「でも、やっぱり生命力はすさまじいね。並みの人間なら呼吸困難、死に至るレベルの神経毒なのに。
これでも、麻酔銃としては超高濃度なんだけど。やっぱ、専用の毒ガスか」
白衣を来たふたりのうち、ひとりが綺星の口元に手を当てる。
「うん。やっぱり呼吸はしっかりしてるね。動けはしないようだけど」
「すぐ動けるようになるかもしれん。移動させよう。この二体をそこの部屋まで運んでもらえますか?
動けないはずですが、力はそうとうあるので気を付けて」
別の白衣女性が武装した人たちに指示。その警備員とは明らかに違う人たちは、恐る恐るという感じはぬぐえないが、文音たちに近づいてくる。
綺星はひとりで抱え込まれ、文音は二人ががかりで運ばれる。
状況としてはあまりよくはない。だが、できる限り理解して情報を得ることが大切。今はまだだ。