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第1話 もうひとつの潜入物語

 ***


 しっかりと太陽が沈み切った時間帯。

 月は真円に限りなく近いだろう。だが、曇った空はその月明かりも曇らせてしまう。


 絶好の襲撃日和だ。


「俺が手助けをするのはここまでだ。あとはてめえらで好きにやらかしてくるといい」


 暗がりで人気はまるでゼロなこの場所。文音たちを送ってくれたワゴン車に乗ったまま男が声をかけてくれる。


 さらには、そこからこちらに向かってふたつ、あるものを投げてきた。少し不意を突かれたので、慌てつつ文音と綺星で受け取る。


「懐中電灯だ。それぐらいならくれてやる。じゃあな。あとはニュースとかで、結果ぐらい見ておいてやるよ」


 そう言うと、男は静かに車の扉を閉める。そのまま、それ以上はなにもすることなく走り去っていった。


「……本当にこれだけだったね」

 手に取った懐中電灯に明かりを灯しつつつぶやく綺星。


「本来お互いに手を貸すって話だったが、実質こちらの要件だけ聞いてもらう形になったんだ。

 しかたもない」


 ただ、その分、文音たちは彼らのことは結局なにもわからずじまいだ。アジトの場所や目的はおろか、名前もなにも知らされていない。


 反社会的組織だろうと睨んではいるが、それ以上はなにも知らない。そもそも、本当にそうかも確かではない。


 だからこそ、こうやって素直にポンと放り出してくれたのだ。例え文音たちが捕まっても、関与したあの連中についてしゃべられることはほぼない。


 そこまで見込んでのことだろう。


「グズグズしている暇はない。奈美たちが救出に成功するかどうかわからないし、できる限り早く済ませよう」

「……うん」


 彼らのアジトで十分に休息は取れた。これで、なんとかなるだろう。少し離れたところにある、襲撃先の研究所の近くまでやってくることができた。


 研究所は塀で囲まれている。塀の中に入るにはセキュリティをくぐらないとならない。

 ……うん、情報の通りらしい。


 そして、……この程度の壁なら。


 綺星と顔を合わせてタイミングをはかる。そして、瞬間的に変身し、すばやく塀を乗り越えることに成功できた。


 他愛もない。あの実験場の壁に比べたらこんなの敷居ですらない。所詮は人間用の敷居だ。


 この後も動きも事前に頭に入れてある。衛星写真で施設の棟の位置は理解している。

 内部構造も彼らの知っている範囲で教えてくれていた。


 目指すは地下。一番可能性として挙がるところ。そこから先はしらみつぶしでいくしかない。


 音をできる限り立てないように移動。塀の入り口からは離れた建物の裏側へとまっしぐらに向かう。


 塀と建物の間の警備は手薄と聞いていたが、本当らしい。とくに見つかることもなく目的の位置にまで到達できた。


 目の前には窓ガラス。先には廊下が伸びている。このすぐ近くには、地下に続く階段があるという話を聞いている。


「大丈夫かな……」

 ふと、となりから綺星の声が漏れて聞こえてくる。


「……心配ならここで待っているか? わたしはひとりでもいいぞ。怪しい空気を感じればすぐにひとりで逃げてくれてもいい」


 そう提案したが、綺星はしずかに首を横に振る。

「それこそ心配。ついて行く」


「そうか。なら、先にわたしが行こう。ついてこい」


 少し息を吐いて呼吸と気持ちを整える。そして、こぶしをガラス窓にそっと近づける。


 できる限り音を立てないように、できる限り静かに。

「……せぇ……の」


「……割れてないよ」

 ガラスをたたいたものの弱すぎた。コンと悲しい音がなるだけ。


「……今のは練習。もう一回」

 さっきよりはずっと力を込めてガラスを殴打。突如、なかなかの音が静かな夜に響いてしまった。

 ……静かに割るなんて無理だったな。


 こうなれば時間が勝負。無駄な時間を割くわけにもいかないので、すばやく割った窓から潜入を開始した。


 静かに廊下に足をつける。少し遅れて同じ窓から綺星も侵入。どちらに向かって進むべきか、懐中電灯の明かりを手で押さえて最小限にしつつ、辺りを見る。


 だが、向こうから別の明かりが近づいてきていた。同じ懐中電灯の明かり。だが、持っている人は当然、文音でも綺星でもない。


「そこにいるのはだれだ? なんかガラスの割れる音がしたんだが?」


「変身」

 迷う事もなく、光のほうに向かって踏み込んだ。一瞬で光の先との距離を詰める。視界には理解に追い付いていない人間の顔がうつった。

 だが、その時はすでに、文音の爪がその人間の体を切り裂いていた。


「ごめんね。今日警備担当になった運のなさを嘆いといて」


 倒れかけた人間の体を支えると、そっと床に座らせた。


「……死んじゃったの?」

「さぁ。知らない。……行こう」


 奈美がこの光景を見ていたら発狂していただろう。だが、この状況じゃきれいごとをいう余裕はない。

 とにかく、最善をとり続けないとならない。


 綺星も最初、戸惑いを見せていた。だが、割り切ったように顔を上げ、文音の後ろについた。


 ……でもまぁ、この子の手による殺人は……できる限り避けよう。汚いことは、この文音の手で遂行しよう。


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