第16話 逃走を図る
捕まっていた響輝、喜巳花たちと合流することができた。だが、その再会に喜びを感じている余裕はない。
その中でも、もっとも荒ぶっているのは響輝。なんとか制止させることはできたものの、今にも殴りかかろうとするその様子は変わっていない。
「……で、この次はどうするの?」
いざ救出できたが、この後、当てがあるわけでもない。
銃口を突き付け続けている一樹はしばらく考え、口を開く。
「ここにもう用もない。出よう。森を出ることができたら、この人は解放してしまおう」
「おい、待てよ!」
ここで響輝が声を荒げる。
「このまま、何もしないで逃げろって?」
「なに? 宿泊のお礼でもしたいの?」
「あぁ、そうだな。それがいい!」
まだ響輝の手は奈美がつかんでいる。だが、振りほどかない程度にオリジナルライトのほうに近づく。
「俺たちの安全を保障しろよ! 俺たちの居場所を与えろ! もう、うんざりなんだよ」
「そうですね。では、あの学校まで戻して差し上げましょうか? 生まれた場所、ふるさとで余生を過ごしますか?」
「それで納得するとでも!?」
急にオリジナルライトに背を向けたかと思うと、奈美の手にあったピストルを奪う。そして、一樹が捕まえているオリジナル一樹に向ける。
「ちゃんとした場所を提供しろと言っている? こいつ撃つぞ?」
迫力満点の口ぶり。銃口がピタリとオリジナル一樹の顔に向けられる。
「お前も黙っているんじゃねえ。死にたくないだろ? お仲間にお願いしろよ」
「……脇くんの性格が入っているんだよね。……だったら、……本当に撃ってしまいそうだよね」
「どういう意味だゴラッ!
……この語に及んでも、余裕なのは駆らない。その様子に響輝は相当苛立ちを見せたらしい。
近くになった机を乱暴に蹴り上げる。
「ふざけんじゃねえよ! てめえらが勝手に作ったくせに! 身勝手とかいうレベルじゃねえだろが!
黙って俺たちが静かに暮らせる場所、部屋を用意してくれりゃいいだけだろ」
「身勝手。そりゃ、そうだろ。人間だもの」
オリジナル響輝の発言に、怒りが明らかに増した響輝。お互い、物凄い権幕でにらみ合っている。
「響輝くん。もう、いいよ。どうせ無理。この人たちはまともに受けてくれないよ。こっちだって、この人を人質に取り続けるのも無理だし。
なにより、ここは相手の敷地。……いや、この世界、僕らの敷地なんてない。時間を賭ければ、それだけ不利な状況になっていくだけ。
彼らからすれば、これはただの時間稼ぎなんだよ」
奈美たちの敷地などない、か。あまりにその通りで嫌になる。事実、彼らは奈美たちの居場所など、そもそも作れないんじゃないだろうか。
……どちらにしても、彼らが容易した場所なんて、彼らの監視の中であることと同義。いつ毒ガスで殺されるかわかったものじゃない。
オリジナルライトの言う通り、あの学校の中が……、一番奈美たちが生きていられる場所なのかもしれない。
少なくともあそこは、この世界で奈美が知る限り、唯一奈美たちが生きるために作られた場所。……戦わされ、死ぬ場所でも同時にあるが。
オリジナルライトが奈美の考えに答えるようなことを言う。
「逆に聞きましょう。わたしが君たちの居場所を提供したとしましょう。君たちはそこへ素直に入りますか?
罠だとは思いませんか?
事実、用意するなら君たちを確実に処分することが可能な施設に案内します。君たちは僕らが作った居場所に入れば、それは死を意味するのですよ。
もっとも、そこの二号は気づいているようですが」
……六号こと奈美も気づいてました。口に出して言うことでもないが。
響輝は返す言葉がなかったようで押し黙ってしまう。すると、ずっと黙って様子を見ていた喜巳花が響輝の肩に手を置いた。
「ほら、もうええやん。ちゃっちゃとこんなとこはサヨナラしよや。いくらでもほかに居場所はあるって」
……いくらでもは、ぜったいないだろうが、それは言うまい。響輝はまだ不服といった表情を隠しもしない。
だが、それでも表面上納得してくれたようだった。
「じゃぁ、このまま逃げるよ」
ひと段落付いたと考えたらしい一樹が言うと、この部屋から少し体を出し始める。
「悪いけど、もう少し付き合ってもらう」
「承った。僕も命は欲しいからね」
人質のオリジナル一樹に確認をとると、最後部屋の中に振り向く。
「他の人間はひとりとして後をつけてこないこと。少しでも人影が見えたら、撃って逃亡すると思っておいた方がいい」
一応、数人の人間は了承したように首を縦に振る。
「……みんな。行こう」
このまま四人一緒にエントランスに向かって歩み進める。途中武装集団がいたが、人質を見せつけると、黙って止まる。
奈美は内心安堵するか、一樹はそんな様子も見せず、黙々と入ってきた場所に向かって歩み進んでいく。
そして、入り口をちょうど出たタイミング。
「……そうだ。奈美ちゃん。ウエストポーチからガーゼが布があったよね? それで、この人の視界を奪おう」
「それは名案だね。僕もあとで報告できなくなるよ」
オリジナル一樹の余裕発言に響輝が相当な目でにらみつけている。それをよそに一樹の指示する通り視界を包帯でぐるぐる巻きにしていく。
「もっとないん? もういっそ全身グルグルにしてミイラにしてまおうや」
「それは素敵な提案だね」
喜巳花の一発ボケになつかしさを感じつつ、適当にあしらって処理を終わらせる。一樹が銃口を突き付けたままなので少し手間取ったがなんとか仕上がった。
「オッケ。これで見えないと思う」
「うん。全然見えないね。真っ暗だ」
「黙ってて。信用ならないし。腕撃つよ?」
と、そんなやり取りをしている時だった。
急に少し森のほうに人影が降り立つ気配。追ってであるとすぐさま警戒態勢に入る。
人質と一樹を後ろに、三人前に出て人影に視線を移す。
武装兵だろうかと思ったが、シルエットは違う。随分と背が低い。奈美たち子供と同じレベルの背丈。
そして、その顔は……完全に見覚えがあった。
「……え? ……ウソ……。ライト?」
それは和田ライト。オリジナルではない、奈美たちともに過ごし、そして犠牲になったあの、ライト。
一向の中で戸惑いが起こり始める……、より先。
この空間に一筋の線とともに、銃撃音が鳴り響く。
「……ぐっ」
遅れて後ろから声が漏れてくる。一樹の声。
一歩遅れて視線を後ろに向けるころ、時すでに遅かった。そこには、腕に手を当てている一樹の姿と、人質から解放されたオリジナル一樹。
「しまっ」
響輝が反応して動こうとするが、すでに背後に待機していた武装集団に確保されてしまう。そのまま大量の銃口が向けられれば響輝も止まってしまう。
その様子を見て、顔を勢いよく前に向けなおす。ライトの右手にはピストル。煙を吐いている。
「ご苦労様です。あとは隠れていてください」
ライトがそんなことを言ったかと思えば、オリジナル一樹を確保した武装集団は施設の奥へと消えて行ってしまう。
時はもう朝。ずっと沈んでいた太陽が昇り始める。そして、その赤い明かりの中、ライトの顔がはっきり見えるようになっていった。
だが、……一樹は血が流れている腕を押さえつつ、こう口にする。
「君、だれなんだ?」
「わたしですか?」
奈美たちが良く知るライトは自分の手を胸に当てて言う。
「和田ライトですよ。中身はオリジナルの僕ですがね」