第13話 性格
「むろん、策は講じてきたよ」
一樹の手元にはシステムに付随するピストル。その銃口は白衣を着た男性の頭部に向けられている。
そう、奈美が武装集団に囲まれ万事休すかといったタイミングで、一樹は見事に立場を逆転させてみせたのだ。
「……これは……驚いたな」
男性はそうつぶやくと、一樹が言うまでもなくそっと両手を挙げる。なにもしない、というアピール。
すると、一樹はゆっくりと銃口を少し下げた。背丈の都合上、頭部を狙っていたものの、ピタリと当てられなかった銃口は男性の背中に。
ちょうど、男性の心臓近くにピタリと銃口を合わせつける。
武装した人たちの銃口は奈美に向いたまま動かない。この人たちにとっては想定外だったのだろう。
そして、白衣の女性は小さく笑みを浮かべる。
「懐中電灯の明かりふたつはどちらも六号が持っていたのか。暗がりの明かりで二体ともそこにいる、あたしたちと思わせたわけだ」
……あ、そういうことだったんだ。そう思い、自分の手元にあるふたつの懐中電灯に視線を落とした。
まったく気づかなかった。
女性は笑みをそのまま、一樹に問う。
「……仮定以上に知能が高いようだね。自分で思いついたの?」
一樹はしばらく黙る。そして、周りに注意を向けつつしゃべりだす。
「一応は。
僕たちを人間と同等の扱い方をすれば気づいていただろうけどね。君たちからしたら幼稚な策だよね?
これ以上の策も思いつけなかったし」
銃口を突き付けられている男性が、なんともないように口を開く。
「……その自覚まであるのか」
それに気にすることなく一樹は続ける。
「人間は僕らのことをパワーでは恐れていると思っていた。だけど、知能面では超えるはずがない、と高をくくっているだろうと予測していた。
知能面で勝てないのはおそらく事実だろうし。
その点を考慮すれば、強引な戦闘での対処方はしっかりしていても、知能面で逆に隙をつけるだろうと。
僕らにしか思いつけない程度の策でも噛みつけると。
……その通りだった」
両手を挙げたままの男性が小さくうなずく。
「たしかに。ここまでの思考回路があると理解していたら、もっと警戒をしていた。……いや、認めよう。研究に携わる者でありながら、君たちを侮っていたよ。
正直、『しゃべることができて少し賢くなっているサル』程度の認識だった。念のため、謝罪ぐらいはしておこうか」
にしてもこの男性、ずいぶんと余裕だな。
現状、そのパワーで勝る一樹によって銃口を突き付けられている状態。実質、命を握られているようなもののはずなのに。
「ねぇ六号」
そこで、ふと女性のほうがまた口を開く。
さっきから六号六号と言っているが、それは……もしかしてこの奈美のことを指して言っている?
疑問に思っていると、女性は思い出したように声を漏らす。
「そうか。六号は自分のことを実質あたしだと思い込んでいるんだったよね」
「……? ……どういうこと?」
いまひとつ、女性の言った意味が理解できない。
だが、女性は無視して続けてくる。
「では、三好奈美」
「……っ」
奈美の名前を言ったかと思えば、男性の後ろにいる一樹を指さした。
「友だちを止めなくてもいいの? このままじゃ、勢い余って殺してしまいかねないよ? 自分はもちろん、友人の、他人の非道も見過ごせないはず。
君のお人よしな性格は、あたしが一番理解しているもの」
その言葉に対して、弾けるように一樹のほうを見てしまった。そして、男性に、人間に銃口を突き付けるその姿にドキッとする。
「……本当に撃ったりしないよね? 脅しだよね? 約束したよね?」
だが、一樹はこちらを向いてくれない。
代わりに女性に顔を向ける。
「君はいったいなんなんだ? この実験の責任者か?」
「責任者ではないよ」
手を軽く横に振り否定する女性。すると、奈美に向けてあいさつでもするかのように手を振ってきた。
「初めまして。あたしの名前は三好奈美。アグニマル研究を行うひとりであり、そして……君が持っている記憶や性格はあたしのコピー。
いわば、六号、君のオリジナルだよ」
「……? ……!?」
オリジナル? ……コピー……? 三好奈美? やばい、理解が追い付かない。えぇ? ……うん?
奈美たちはクローン。作られたもの、となればあったかすかな記憶も……この性格も作られたもの。そこまではなんとなくわかっていた。
なら……、その元……が女性のもの……ということ?
「六号、君の性格はあたしのものをベースにしたもの。そんな君は、友人の悪行を黙って見過ごせないはずだよ」
「……つまり、今目の前で銃口を突き付けられている無様な人は僕……、東一樹ということ?」
「理解と受け入れが早いな。その冷静さといい、さすが僕だ」
ということは、この男性が……一樹のオリジナル。客観的に見ているからだろうか、言われればどことなく雰囲気が似ている気がしないでもない。
見た目は全然似ていないが。
「なら、わかっているはずだよね?」
「……ほう?」
一樹とオリジナル一樹。ピストルという間をはさみつつ会話する。
「僕はいざとなればこの引き金を引く覚悟はある。この距離では奈美ちゃんが動くより先に撃つことも十分できる。
そもそも、殺さないという約束はしたけど撃たないという約束もしていない。約束も『善処する』で終わらせてるし」
「か、一樹くん?」
不穏な空気に声をかけるが、彼らの耳に届く感じがない。
「基本的には周りの意見に従順。だけど、いざって時は自ら動く。だね?」
一樹とオリジナル一樹がふたりだけで会話。奈美は完全に蚊帳の外だった。オリジナル奈美も軽く腕を組み彼らを見守っている状態。
心なしか表情にくもりも見える。
「……はぁ……。う~ん」
オリジナル一樹は手を挙げたまま、しばらくうなり考え込む。そしてこれでもかと沈黙を重ねた後、オリジナル奈美に顔を向ける。
「三好さん。……申し訳ない」
「……」
オリジナル奈美の表情が再び笑みに。だが、深いため息。
そして、オリジナル一樹が後ろにいる一樹へと首だけ回した。
「望みはなにかな? 君の要件を聞こう。一樹くん?」