第8話 施設の位置
男に言われるがまま、ついて行く。
響輝たち(予想ではある)が捕まっているのであろう場所。記事に乗っていたらしく、その場所を教えてもらうという話になっていた。
この歩いている場所は、最初に捕まっていた倉庫のような場所とはうって変わっていた。
窓はかなり少ないように思えるが、椅子や机など家具がしっかりと備わったところ。そんな空間を移動中。
しばらくすると、やたらでかい机がある場所に案内された。机の上にはでかい地図が広げられている。
この部屋に文音たちが続くように入っていくと、中にいた人たちはこぞってビクリと反応を示した。
音を立てて椅子から立ち上がる者。目をまんまるにして文音たちを見る者。腰に備えられた小型のピストルに手をかける者。
「……拘束してないんですか?」
ピストルに手をかけた男がリーダーに問う。ただ。意識は完全に文音たちに向けられている。早撃ちの準備は万全か。
「敵対する意思はなさそうだしいいだろう。ただ、こいつらが少しでも妙な動きをしたなら、すぐに撃つなり拘束するなりしろ。
てめえらも、命がほしいなら行動の自粛を心がけるんだな」
この場にいる連中だけなら苦も無く全滅させられそうだが、するメリットがないのでそのまま押し黙った。
「安心しろ。この説明が終わったらあとはオリに入れておく。未知の存在に対して、こっちも安全の確保があるんでね。
そこは理解してもらう」
そう言いつつ、目の前にあるでかいテーブルに手をたたきつけた。それは結構強い力で部屋に音が響く。
「おい、お前ら、怖いのなら出て行っていいぞ。入口で数人待機してはもらうが、ビビるぐらいなら今すぐこの部屋から消えろ。
お前らにとっても、こいつらにとっても、ウィンウィンの話だろ」
その目は相当に鋭いもの。部屋中にピシリとした空気が走る。これで連中は黙りこくり下を向くだろうと思ったが、連中の反応は違った。
部屋にいるみながバラバラと立ち上がる。かと思えば、文音や綺星からできる限り避けるように移動しつつ、部屋から出て行く。
そんな連中の目は、恐れと不気味なものを見るそれ。出会ってから半日は立っているはずだが、向こうの反応は最初から特に変わっていない。
変わりつつあるのはせいぜいこの男。
「さて。すっきりした空間になったことだし、本題に入ろうとするか。……てめえら、この地図を見ろ」
男は広いテーブルに広がっている地図をコンコンをこぶしでつつく。文音と綺星は、男から少し離れた位置に立ち、地図に目を向けた。
男は説明を始める。
「今いる場所は……教えるわけにはいかない。だが、てめえらがこれから襲撃する場所はここ。
そして、ここからそう遠くない場所がこのアジトだ」
地図のある一点をさしてくる。だけど、そもそも周りの地形のことなどまったく知らないため、ピンとこない。
続いて、男の指が動いていく。
「で、UMAがどうとかいう施設だが……どうやら……ここ……」
地図上ではあるが、襲撃目標とされた場所とは離れたところで指が止まる。
「直線距離でざっと見積もっても、ここから五十キロはある」
常識の概念が崩れている自分には数値ではピンとこない。地図から推測しようとしてみたが、先に綺星が顔をのぞかせた。
「それってどれくらい?」
綺星がシンプルに尋ねると、男は地図から指を離す。
「車ならぶっ飛ばしても三十分はかかる距離だ。道なりを考えれば一時間程度かかると思った方がいい。
だが、それも町中、高速ありきでの話になる」
……よくわからない。ただ、距離が結構あるということはわかる。簡単に移動できる距離ではないと……。
そしてなにより……。
「その言い方だと……、実際はもっとかかると言うように聞こえたが?」
「その通りだ」
男はそう言って、施設のあたりをさっと指でなぞる。
「このあたり、この地図ではわかりづらいが、衛星マップで見た限りだと、相当な山奥だ。町に出るだけでも一時間はかかると見ていい。
そもそも車で行けるかも疑問だな。下手すればヘリみたいな空中の移動手段が必須の場所かもしれない。
だが、俺たちはそこまでの世話はできないぞ。空中移動は目立ちすぎるからな」
この話を聞けば、自然とあの実験場を頭に思い浮かべられた。あの実験場も壁の外は同じような場所だった。周りは森だらけで、やつらも移動にはヘリを使用していた。
逆に言えば、そこは文音たち、動物兵器を隔離する準備がしっかり整えられた場所であるとも言える。俄然、あいつらがそこに捕まっている可能性が高くなったといっていいだろう。
「方角は……襲撃目標から見て、北東ということは間違いないんだよな?」
「……あぁ、間違いない」
「ならいい。十分だ。そこは自力で行く」
このセリフに対して、綺星は特に驚くようなことはいわなかった。だが、男はあからさまに戸惑った表情をして見せる。
「……本気で言っているのか? 道なき道を行くんだぞ? 距離だけでもフルマラソンを超える。まともな考えだとは思えないがな」
「そのフルマラソンを知らないから、なんともいえない。だが、少なくともわたしたちの能力を人間と一緒に考えるのは間違っている」
本当のことを言えば、実際どれほどのものなのか検討も付いていない状態だった。感覚はサッパリだ。
あの実験場からここまでの距離がわかれば少しは参考になっただろうが、それを知る手立てもない。
だが、人間より遥かに高い運動能力を持っていること、注射器を手に入れれば、もっと上がること、このふたつは紛れもない事実。
そこにかけるしかない。
「そこのチビはそれでいいのか?」
男の視線は隣にいる綺星に向けられる。綺星は地図をじっと見ながら口だけ動かした。
「……やるしかないし……。やる」
声は小さめだったが、はっきりとした意思は感じられた。やはり、綺星もこの場所に響輝と喜巳花が捕まっている可能性が高いと見たのだろう。
「そう言うなら、反対はしない。好きにしろ。俺に知ったことではない。とにかく、二日後だ。研究所を襲撃するという方向で準備を進めるぞ」
そう言うと、男は文音たちに退出するよう促してきた。ここで言うことを聞かないメリットもないので、命令されるがまま出口に移動しようと動く。
だが、出口付近で男のほうに静かに振り向いた。
「ひとつ、聞いておいていいか?」
「……なんだ?」
「さっき、わたしたちを恐れる人たちを部屋から出したけど。君はわたしたちのことを恐れているの?」
この質問に、男はしばらく押し黙る。だが、視線は文音から外さず答えてくる。
「……当然だ。今でも内心は心臓バクバクだ。少なくとも、この状況じゃてめえらは秒で俺を殺せると見ている。恐れるな、というほうが無理だ」
……そうは見えないが……、あくまでそう振る舞っているだけか。別に、し尿されたというわけではなさそうか。
満足できる答えは得られたので、出口に向かって再度顔を向けた。だが、その時、後ろから男はさらに続けてきた。
「たしかに俺はお前らが怖い。だが、人間は人間で、お前ら以上に恐ろしい可能性があるぞ。俺たちも含めてな。
後悔したくないなら、人間様をなめるような真似はしないことだ」