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第7話 お風呂

「ふぇぇぇ……あぁ……、な……なにこれぇ……」

「……お……おぉ……おぉ……」


 文音と綺星は風呂“というもの”に入らされていた。全身が温かいお湯に包み込まれる。


 その心地よさは、今までに得たことがないほど良いもの。全身にたまりきっていた疲労がお湯に溶けていく感覚。


「……あぁ……気持ちぃ……」

 すでに肩まで使っている綺星の体がさらに湯舟に沈んでいく。口が水面下に沈むと、ブクブクと泡がたっていた。


 随分と情けない顔になっているが、それは文音も同じだろうか。少なくとも、今の自分は、この環境に体の芯までをゆだねている。


「……ねぇ、文音ちゃん」

 お湯から少しだけ口元を上げて聞いてくる。

「この“お風呂”っていうの。知ってた?」


 その質問に、そっと目を閉じて、過去の自分を思い返す。


「……いや、まったくもって知らなかったな。そもそも、体を洗うという行為自体、考えたこともなかった」


 あのリーダー格の男に連れられ、説明を受けるまでなんのことかまったく理解できなかった。その意味を理解するのも、簡単ではなかった。


 男が言うには、そこらの野生動物と大差ない匂いを放っていたらしい。その匂いを落とすため。合わせて、体力の回復が主ということらしい。


 体力の回復ははっきりと実感できる。

 だが、匂いというのはよくわからなかった。自分の体やお互いを嗅ぎあったりしたが、よくわからない。


 あの人らが言うには、自分や身の回りの体臭は自覚しにくいらしいから、なおさら実感がわかないものであった。


 綺星は顔をお湯から出し、手でお湯をすくう。

「一樹くんなら知ってたのかな?」


 一樹か……。あの六人の中では知識が多いほうだった。本人は本をよく読むから、なんて話していたが、事実を知ればそれはただのフェイクだっただろう。


 知識は機械的に与えられたものに過ぎない。それに違和感のない理由をつけられただけたったと考えられる。


 それを踏まえて、風呂という知識が一樹にあったか。


「……どうだろう。可能性は薄いと思うな。もし、知識として持っていたなら、あの実験場での生活で一度は言及していたはず。


 風呂という概念は意図的に削除されていたのかもな」


 あの連中は文音たちを見て、前線で戦わせるのに最適、といったことを言っていた。おそらく、自分たちが作られた理由とそう、違いはないように思う。


 では、最前線に風呂はあるか? 体を洗うことができるだろうか。……想像もつかないが、まぁ無理だろう。なら、そんな知識は与えないでいいじゃないか、って判断なのだろう。


 なまじ、体の洗浄を知識として持っていたら、当然体を洗いたくなる。だが、最前線にそんな余裕はない。行いたいのにできないというは、それ相応のストレスにつながる。


 だが、そもそも知らなければそんな心配はゼロなんだ。


 事実、ここまで一度も体を洗う行為をしたことなかった。だが、なにも疑問や不快感を抱くことすらなく、ただただ戦闘、逃亡を続けられた。


 思えば、空腹状態がずっと続いていたはずなのに、限界を超えて行動し続けられた。なにより、戦闘技術が体にしみこまされていた。


 この事実は……本当に戦闘の最前線に特化されたものであることを示しているのかもしれない。



 風呂を上がり(洗浄も行い)、服を着る。ちなみに服も新しいものを用意してくれていた。これまた、随分と気が利かされている。


 そう言えば、着替えるなんていう発想もなかったな。それもこれも……いや、もう考えるのはよそう。


「ふむ……。少しはましになったか……」

 少し離れたところで監視していた男が近づいてくる。だが、文音たちを臭うとまた表情をゆがませた。


 どうやら、臭いはそう簡単に取れるわけではないらしい。


「ちゃんと石けんを使ったのか?」

「言われた通りのことは一通りしたつもりだが?」


 男は風呂上りの文音と綺星を交互に見た後、少し離れた。


「森や川、自然にずっとさらされ続けた臭いは簡単には取れねえか。まぁ、野生動物の匂いと考えれば、妥協ラインか……。


 ……潜入するとき、隠密行動をしても臭いで居場所が割れることは想定しておいたほうがいいぞ」


「……いいアドバイスをどうも。参考にさせてもらう」

 ……いや、本当にアドバイスとしては正しい。


 文音たちに想定されている野戦、敵陣においては野生や自然の匂いは影響が少ないのかもしれない。だが、町中となると、それは途端にデメリットへ変貌する。


 思えば、響輝たちが捕まったのも、……当然だったのかもしれない。むしろ、捕まらなかった文音たちが奇跡的だったのかも。


「そうだ!」

 自分の匂いをクンクンと嗅いでいた綺星が顔を上げる。


「さっきの話! 友だちが捕まってる場所は?」


 そうだった。その捕まった響輝たちの命が三日後、いや二日後に迫っている。そして、その施設の場所。


「あぁ、それなら確かに記事に場所まで書かれていた。だが、ちょっと厄介な場所だったぞ。地図は理解できるな? ついてこい。説明してやる」


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