第12話 頃合い
「……一応、交渉は成立していたつもりだったのだが」
完全に拘束された状態でなおかつ、あまたの銃口を突き付けられている現状。
向こうからの質問が終わり、今度はこっちから質問をするという話であったはずだ。だが……今のこの状況を見れば、向こうにはその意思がないということが駄々洩れだ。
「ま、守る義務もないからな」
リーダー格の男は詫びる風など毛ほども見せず言う。
「あんな口約束で拘束力などまるでないものは交渉とすら言わない。
ま、もっとも丁寧に契約書を書いたところで、人間と未知の生物との間に効力が聞くとは思えんがな」
「……」
言われれば、返す言葉もない……。……、と言うより人生でまともな交渉もしたことなかったんだ。常識もルールも……なにも知らない。
「……ねぇ……あたしたちを……どうするの?」
ずっと、成り行きを見守っていた綺星が恐る恐る口にする。だが、その勇気は男たちの耳には届かないよう。
男は立ち上がり、後ろを向く。
「こいつらを入れておく檻の準備。まだ出来てないのか?」
「まだ手間取っているようです。まだ時間はかかるかと……」
「……そうか。まだ、拘束しておく必要はあるようだな」
……グズグズしていたら閉じ込められるというわけか。にしても……すぐに殺すというわけではないらしい。
なにか利用しようとしているのか……?
しかし、この自分たちを捕獲しておくことで、なんの価値がある? 彼らの反応を見るに、文音たちに対して恐れはある。だが、殺さず生かして……、野山に捨てるというわけでもない。
「……報酬が目当てなのか?」
「……」
男は特に反応を示さない。これは、どうなんだ?
文音たちを国に突き出せば、それなりの報酬がでる可能性は十分ある。下手すれば、口止め料としてなかなかの額に化けるかもしれない。
彼らが賞金稼ぎを生業としている連中なら、十分に可能性はあるだろう。
こうやって拘束するといったことも、仕事柄の一環と言える。あたしたちの情報を得ようとしたもの、報酬の額を吊り上げるためと考えれば、つじつまもあう。
気になるとすれば、賞金稼ぎがこんな組織を形成して動くものなのか、という疑問点だが。
……賞金稼ぎではないか……。
これだけ銃を始めとした装備に人を集める力があって、それを賞金で賄えるものとは思えない。……第一、こんな組織が必要とも思えない。
なら……答えは別にある……。
そもそも、文音は彼らを見てた第一印象で文音たちを攻撃してきたあの武装兵たちと同類だと判断した。
だが、話を聞いているうちに、国とは別の組織だと思えるようにはなった。
なら、なんだ? しっかりした装備を持ちつつも国には属さない組織。民間の軍隊? 歯国籍の軍?
いくらか可能性は浮上するが、ふと合わせて頭によぎるものがあった。それは……ちょうど、文音と綺星があの町に潜入したときのことだ。
壁越しで聞こえてきたニュースでは、紛争やらテロやらといった物騒な話。
もし、それが現在進行形でかつ、この国に興っているニュースなのだとしたら? ……目の前にいるこの組織は……。
「……国に……ケンカを売るつもり?」
今度の文音の質問により、空気が変わった。少なからず、ざわめきが生まれてくる。
……当たりだ……。
「テロリストってところか。だとすれば、わたしたちのことは、国との交渉材料にでもするつもりだな」
確かに十分材料にはなりえるだろう。……というより、すごく優秀な材料であることはほぼ間違いない。
周囲のどよめきはどんどん増していく。そんな空気の中で、少し離れていたあの男が文音に向かって指さした。
「おい、こいつらの口にタオルでも突っ込んでおけ。もう黙らせろ。明らかに人間じゃないのに、口が達者でかなわん」
男の指示通り、どこからかタオルを持ってくる。
これはもう……頃合いかな……。口をふさがれるものかなわないし……檻に入れられたら、もうどうしようもなくなるかもしれない。
本当は出来る限り疲労回復を図っておきたかったが、これ以上は求められないか。
「……綺星……もう行くぞ」
「……わかった」
本当に幸いだった。もし、手に怪しげなリストバンドや腰にウエストポーチをつけたりしていたら、彼らは警戒して取り外していたかもしれない。そして、それは文音たちの力を奪うのと同義。
だが、文音の力は取り外しできるものではない。体内に埋め込まれているがゆえに……。それを……止めることは出来ない。
「おい、なんかす」
「「変身」」
突如、文音の体に変化が訪れる。皮膚が一部変色し、赤い毛が生えていく。鋭い爪と強化される腕力で拘束の縄をぶち切る。
そして、彼らが反応するより先、タオルを口に詰め込もうとしてきたその人物をとらえた。
するどい爪を人質の首に当てる。遅れて、同じく変化した綺星がとなりに立った。
「こっからが本当の交渉だ。こいつの首を飛ばしたくないなら、お話をしようか」
突然変わり果てた文音の綺星に、周りの人間は金縛りにあったように身動きを取らない。ただただ、こちらの次のセリフを待つ状態になっていった。