第10話 獣の扱い方
おそらく国に関係するものではない人たち。だが、はっきりと厳つい武装を重ねた人らに囲まれ今、拘束状態にある。
文音と同じように綺星も拘束され、つい先ほど目を覚ました。しばらくして、意識も活性化しだしたのか、綺星が口を開き始める。
「……なに? ……え? ……え? ……、…………え?」
……まぁ、混乱するだろうな……。綺星の顔も容易に想像できる。
「チビのほう。お前も言葉は理解できるんだな?」
男が後ろにいる綺星のほうにほんの少し近づく。
綺星はパニックになっているのか返事はしない。
だが、反応で判断したのだろう。満足したように文音たちから離れると、近くに椅子に深々と座りこんだ。
「いろいろと調べたり、推測するのも面倒だ。言葉が理解できるってことは、質問すれば返ってくるってことだよな?」
落ち着いたように男は椅子に座ったまま聞いてくる。ただ、周りのやつらの銃口を下ろさせる様子はない。
警戒を解くつもりは一切ないらしい。
だが、……文音たちを捕獲して、しかも対等に話をしようとしている時点で、すぐに殺すつもりもないのだろう。
少なくとも、まだ用済みと判断されているわけではない。
なら、こちらとしては……殺すのはもったいないと思わせることが、今は大切か……。
正直、空腹と疲労で今にも倒れそうだが、……とにかく今は立場の調整を図って見るとしよう。
「代わりにこっちも質問したいけどいいかな?」
「……上等だ……」
この感じ、化け物相手と会話していることに抵抗はあるように見える。だが、会話を取り合ってくれるというサインは出ている。
十分か……。
「でも、質問の前に。……お腹すいたな。……水分も欲しい……。でないと……わたしたちはじきに倒れる。
……後ろにいるこいつなんて、もう……」
さっきから綺星の声はまともに聞こえない。……よく見えないが、下手すればまた失神してしまったかのかも。
……下手すりゃ、餓死してしまう。
男はしばらく黙っていたが、ぶっきらぼうに口を動かす。
「……なにを食うんだ? ドックフードはないぞ?」
……そりゃよかった。ドックフードなど食わされたら、たまったものではない。
「君たちが食べているものでいい。あと、できれば座らせて休憩させてもらいたいかな……。直立で縛られたままってのは……限界だ」
今度の要求に対しては、かなり怪訝な表情をしてみせた。
「……腕と足の拘束は解かん。ただ、エサと水なら口に送ってやる」
敵対心はない。だが……これだけ会話をしても男の恐怖心は溶けそうにもないな。今の文音たちはまともに反抗する力もないのだが。
「食べさせてくれるんだ。うれしいね」
そんな軽口混じりに言うと、男は周りのやつらに指示をし始める。
しばらくすると、水の入ったペットボトルや食料を持った人らが一つの場所にかたまり口々に相談しだした。
「なんなら食うんだろう? バナナとか食わせてみる?」
「握り飯とかは?」
「カップ麺でも食わせます?」
「そんなの食うわけねえだろ」
「普通の生肉とかのほうが」
「そんなのあると思うか?」
「スーパーで買って来いよ」
……君らの食っているものでいいと言ったはずだがな……。どうやら、まともに文音の話を聞いているわけではないようだ。
……先入観でものを語られている。
逆に言えば、それぐらい訳のわからん生き物に映っているのだろう。
「バナナでもおにぎりでもカップ麺でもいい。生の肉や魚じゃなけりゃね。食べられるものならありがたく食べるよ」
こういうと、やっとひとりがバナナを手に前に伸ばしてくる。だが、かなりのへっぴり腰。……完全にビビっている。
「安心してくれる? 噛んだりしない。あと、できれば皮はむいてほしいな」
へっぴり腰の男は合わってて引っ込めるとバナナの身を出して文音の口もとに伸ばしてくれる。文音もめいいっぱい口を開いて入ってくるのを待ったが、それより先、男の手から落ちると、バナナが汚い床に転がってしまった。
「……」
とたん、腹の虫が鳴ってしまう。
へたくそ、ビビり、そう煽ってやりたかったがぐっとこらえて再度、口を開ける。すると、別のやつがどこからか、スコップを取り出してきた。
それに、「ナイスアイディア」なんて声が聞こえてきたと思えば、スコップでバナナを救ってこっちの口もとにまでよこしてきたのだ。
その行動に思わず唖然としてしまう。
「……これを食え……と?」
目の前のスコップに転がっているのは、床に転がり明らかに土がついたバナナ。まともな神経なら食いたいとは思えない。
だが、男らは平然とそれを突き付けてくる。
それを見ってハッキリと立場を突き付けられた気分になった。……本当にこいつらは、妙に言葉が達者な道の獣にしか見えてないんだ。
猛獣にエサを当てようとしているのに過ぎない。
いや……檻に入れられていないだけましか? いや、檻などすぐ用意できなかっただけか……。事実、厳重に縛られているんだから、どっちもどっちか……。
「……くそ……」
もう、どうしようもなかったので、とにかく目の前のバナナをむさぼり食うしかなかった。
バナナの味は広がる。ずっと食べてきた非常食よりよっぽどいい味が出ている。だが、ジャリジャリした感触はそれを打ち消すだけの不快感。
「……水を……。あと、うしろの子にも同じものを与えてやって。……同じやり方でいいけど……。地面に落とさないで上げてよ」
なんでもいい。とにかく今は……栄養が欲しい……。