第9話 捕獲され……
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文音の意識は深いところにまで落ちていた。
……どれくらい時間がたっただろう。……覚えているのは、追っ手が迫ってきており、無心で川に飛び込んだところまで。
下流のほうに流されているのは間違いない。ただ、地理情報は皆無であるため、どこまで流されたかはサッパリ。
「……」
もうろうとした意識では、現状を理解しきれない。だけど……たぶん、どっかの岸に流れ着いている。少なくとも、川の中でおぼれているとは思えないが……。
だけど、体がまともに動かない。
思えば、体の負担はすでに恐ろしいまでに膨れ上がっていたはず。空腹と疲労が重なりすぎて、どれほどやばいのか見当もつかない状態。
「おい、こいつ目を覚ましそうだぞ」
……っ!?
声が聞こえてきた。
それと同時、聴覚が覚醒していく。すると、少し騒がしいような雰囲気が漂っていることに気づいてきた。
「気をつけろ。……おい、構えとけ! 暴れだすぞ」
なんか、言っているな……。……これは……自分のことを刺しているのか……。
「……」
そんな風に音の情報を解釈しているうちに意識がしっかりしてきた。そして、脳の覚醒と同時、目を見開いた。
瞬間、目の前に入ってくるのはざわつく人たち。青い皮膚を持っているが、周りを取り囲むやつらはフル装備。間違いなく文音を狙ってきている。
その光景で、今までのこと、そしてこの状況がいったいなんなのか、……大体思い出すことができてきた。
少し体を動かそうとしたが、うまく動かせない。でも、それもそのはずだった。疲労こんぱいによるものかと思っていたが、それだけじゃない。
どうやら……体は完全に固定されているようだった。
直立に立たされた柱に全身が括りつけられ身動きも取れない状態。それでも、文音が動きだそうとしたことに反応したのか、一斉に銃を近づけてきた。
少しでも動けば撃つ。行動がそう言っていた。
ひとまず、川でおぼれ死ぬという最悪のシナリオは避けられたらしい。ただ、次に最悪である、目を覚ます前に捕獲されるというシナリオに進んでしまったようだが……。
少し息を吐き、強引に気分を落ち着かせ、ゆっくりと口を動かした。
「……動かないよ。というか、動けない。そうしたのは君たちだろう」
文音が話しかけると、周りの人たちはひどく動揺しだした。「しゃべった……」だの、「……なんだこれ」なんてセリフが漏れてくる。
……妙な反応だな……。ここまで動揺するものか? ……そこまで情報統制が進んでいないのか……、意図的に隠されているのか……。
にしても……ここはどこだ……。ふと見た感じ、どこかの倉庫のように見える……。あんまりこじゃれた建物の中ではない。
……それに……この装備……。あの実験場や山で出くわした兵とは……まるで違う……。……この雰囲気……。
そして、文音に対する警戒の仕方……、反応……。
「……国の兵ではないのか……?」
このセリフを吐くと、周りの人らはさらにどよめきを増した。……この反応、適当に言ったが……当たりなのか……?
だとすれば、……なんの集団だ……?
「……これは驚いた……。国がなにをしこたま隠そうとしていたのかと、疑っていたが……、これなら納得だなぁ、おい」
視界の外から声が荒っぽい声が聞こえてくる。少し視線を動かすと、かなり厳つい体形をした男がゆっくりと近づいてきた。
「動物学会が驚く新種発見! しゃべる謎色のモンキー! なんてわけではなさそうだ。うん?」
周りで銃を構えているやつらを押しのけ、文音の前を陣取った。
「ひとまず、聞こう。この俺の言葉も理解できるってことだな? その達者な口で返事をしてみろ」
乱暴な口ぶりではある。だが、文音とは一定の距離を保ち、詰め寄ろうとはしない。……どうやら、見たことない化け物相手に警戒はしているらしい。
逆を言えば、向こうはまだ文音たちに恐れは持っている。なら、……今のうちに聞いておこう。
「……理解できる。褒美でひとつだけ質問をする。わたし以外にも見たようなやつが何人か一緒に見つけなかったか?」
たしかあの時、ほかに三人と一緒だった。綺星、奈美、一樹。文音が真っ先に飛び込んだため、あとに誰が続いたか……。ほかのみんなの行方はまるで知らない。
……どうなっているのか……。
質問をしてみると、荒っぽい男が怪訝な顔を見せながらも、乱暴に文音を後ろを指さした。
それに合わせて視線を送ると、たしかにほかにも捕まっている奴がいた。
文音と同じ柱の裏側に固定されている。はっきりは見えないが、視界の端に見える髪質や背丈から言って……。
「綺星! 綺星! おい、目を……」
いや……ここで起こさないほうがいいか……。こんな状況で綺星が起きてもパニックになりかねない……。
「……うん? ……文音……ちゃん?」
「……うん。おはよう。遅かった」
もう、お目覚めの時間らしい。