第7話 アリサと
少女、アリサとの交流はその後も続いた。アリサの性格が好奇心旺盛だったのが功を奏したと言える。
もちろん、すぐに信頼し打ち解けてくれるようになるわけではなかった。……いや、たぶん信頼を得ることも、恐怖をぬぐわせることも完全には無理だろう。
だけど、確実に柔らかくなっていくのは実感できていた。
アリサは一樹たちの食料を持ってきてくれる。そのたびに少しずつ、近づいて話をする。やっていることは、ただそれだけだ。
彼女はまだ、一樹たちのことを宇宙人かなにかだと思い込んでいる。本当のことを伝えるべきだ、という思いはある。だけど、説明がとてつもなく難しいし、理解もできないだろうから、敢えてノータッチ。
それでも、アリサは特別一樹たちのことを不審に思うような感じはなかった。
一樹たちはなにかお願いしたわけでもない。でも周りや大人に、このことを話した感じもなかった。
この子はあってからずっと、一樹たちのことを秘密にしてくれている。
そして、会ってから数日たった日の夕方。いつものように、アリサはパンを持ってきてくれた。
ただし、今日のアリサの手にはパンが入った袋以外に持っているものがあった。
「はい。新聞持ってきたよ。これでいいの? 昨日から三日前文だけど」
そう言って、アリサは奈美に紙束を手渡ししてきた。
「あ、本当にありがとう。すっごく助かる!」
奈美が笑顔を振りまき、飛びつくように受け取る。
前はこんな奈美の行動にびっくりしてあとずさったアリサだったが、今は真正面から渡している。
ちなみに、新聞は昨日、奈美がアリサに直接お願いしたものだ。一樹たちが情報を得るのに最適な媒体がこれで手に入ったことになる。
「新聞で……なにするの?」
アリサがすごく純粋に疑問を出してくる。
「いやぁ、まぁ……いろいろ知りたいな、って」
奈美は少し焦りつつ、漠然とした答えを出すだけ。まぁ、実際に事実だが。
少し話を切り替えるのも含めて、一樹が逆に質問をしてみた。
「ところで、アリサさんは新聞読む?」
「……え? ……あぁ……いやぁ……」
アリサは少し目をそらしてそっぽを向いた。読まないらしい。
「ニュースは?」
「……」
見ないらしい。
もし見たり読んだりしていたら、最新の情報を聞き出せたかもしれないが、まぁいい。それに、むしろ読まれていないメリットもある。
一樹たちにまつわる情報がアリサの耳に入っていないということだ。
「ごめん」
「いや、全然! 気にしないでよ」
アリサが謝りだしたので、慌てて首を振って否定した。
少なくとも、アリサが謝るような話は一切ない。むしろ、アリサにすべてを頼み切っている状態だ。
「アリサちゃん。こっちこそゴメンだよ」
奈美も一樹と同じ思いらしく、新聞を整えつつ口を開く。
「君に頼りっきりだもん。本当に何でもかんでも……。たぶん、あたしたちのこと、まだ怖いって思ってるだろうし」
今度はアリサが首をブンブンと横に振った。
「大丈夫だよ。奈美ちゃんも一樹くんも、いい人だっていうのはわかってるもん。むしろ、わたしが好きでやっていることだし」
……天使だ。
にしても、……良い人か……。一応、分類的には人殺し、殺人獣なんだけどな……。比喩でもなく、実際にやってしまっているレベルで。
「……ただ……」
「「うん?」」
明るい口調だったアリサの声のトーンが少し下がる。その変化に思わず、ふたり同時に顔を近づけた。
それに恐れるような感じはない。ただ、顔はうつむかせる。
「……その……お母さんが……」
「……お母さん?」
はっきりと言わないアリサに寄り添おうとする奈美。
だけど、アリサがその奈美に答えることはなかった。ただ、顔をうつむかせたまま、向こうへ走り去っていく。山を下りたアリサの姿はすぐに見えなくなる。
「まだやっぱ、怖いよな……」
そんなアリサに思わず同情してしまった。当然だ、もう見た目からして全然違う化け物と対等に話すなど、無理がある。
「……たぶん、そういうことじゃない……」
奈美がアリサが走り去っていった方向を見ながらつぶやいた。
「どういう意味?」
聞くが奈美は答えようとはしない。
代わりに奈美は、新聞を握り締めたまま、別の言葉を吐く。
「ねぇ一樹くん。アリサちゃんに会うのは明日を最後にしようよ。明日、お別れとお礼を言って、そのまま『さよなら』しよう」
「……、……だね」
今度は奈美の意図がわかった。それに、同意もする。
「今の僕らは……アリサさんのやさしさに付け込んで、利用しているだけだよな……。都合よくパシリにしてしまってた」
「それもあるし……。これ以上、あたしたちと関わりを持つと……あの子を巻き込んでしまうことになるかも……。
それだけは……何がなんでもさけないと」
「……だね」