第6話 お礼と自己紹介
少し、目が覚め始めた。瞼越しでも光を感じているため、とっくに日は上っているということだろう。
にしても……なぜだろう。……すごく視線を感じるんだが……。
「…………」
いや、本当に感じるんだけど……。
もう、その視線に気を取られてそっと、目を開けて見た。
「ひっ!?」
それと同時、驚く声と一緒に視界の端にあったなにかが一気に引っ込んだ。
「……うん?」
しばらく、寝そべったまま空を見上げる。
かなり天気はよさそうな感じはした。だけど、竹やぶで空がおおわれていて、隙間から来る木漏れ日が大半。……竹やぶ……?
そうだ、少しだけ睡眠をとって夜の村を探索しようと思っていたんだ。……だけど、気が付けばすっかり一晩寝てしまっていたわけだ。
いや、まぁ、体力はとっくに限界を突破していたのだから、……無理もないか……。
死んだように眠りこけたんだろう。
ふと、となりを見ると、本当に静かに寝息を立ててまだ眠り続ける奈美の姿が目に入ってきた。
……本当にぐっっっっすり眠っている。
その様子につられて、一樹ももうひと眠りしてやろうかという欲望に駆られてしまう。
だけど、その前に一度周りを確認しておこうと、上半身を少しだけ浮かせた。
「……あっ」
その瞬間、ほっそい竹にしがみつきながらこっちを見ている少女の姿はやっと目に入った。
「……さっきの……いや、……昨晩の……」
パンを一樹たちに渡してくれたあの天使の子だ。まだ恐れは消えていないようだが、やはり目が合っても逃げる様子はない。
そうか、感じていた視線はこの子のだったんだ。
「……え……っと」
どうしようか迷ったが、昨日話していた通りのことをしてみるとした。
ひとまず、このままの寝転がった姿勢では大変失礼だと思うので、完全に体を起こす。そして、正座に足を整えると、深々とお辞儀をした。
「パン、ありがとうございました」
感謝だよ。感謝は伝えないとね。
しばらく頭を避け続けた後、またゆっくりと顔を上げる。一応、精いっぱいの感謝を伝えたつもりだったが、少女はポカンと口を開けただけだった。
……あれ? 感情が伝わらなかった? ……かしこまりすぎたかな……。
自分の姿勢を見てちょっとそんなことを思ってしまう。
「……ん? なに……どしたの?」
一樹の声などで目を覚ましたのだろう。奈美がまだ眠たいと言わんばかりにアクビをしながら体を起こしだした。
寝ぼけた顔で一樹を一瞥。その後。一樹の後ろにいる人物に視線がうつったらしく、目に見えて表情が覚醒していった。
「あの子!! また来てくれたの!? ありがとう!!」
とびっきりの笑顔で立ち上がる奈美が少女のほうへ向かって飛び出した。
だけど、それと同じ距離だけ少女が遠ざかる。
「おっと……ごめん……ね?」
すぐに自分の失態に気づいたらしく、ゆっくり巻き戻すように足を後ろに戻していく。だけど、少女は離れたままだった。
……うん、少しばかり恐怖心を与えてしまったな。
問題は、一樹の静かな土下座と、奈美の豪快な感謝、どっちがまだ少女にとってマシだったかだ。……いや、そこじゃないか。
ひとまず、奈美に任せるべきできではないと思い、率先して動く。
「パン……本当にありがとうございます。助かりました」
パンが入っていた袋を持って少女のほうへゆっくりと近づいていく。少女は逃げる様子はなかったが、怯えは隠せていない。
このまま手渡しは無理だと思ったので、昨日少女がやったように袋を地面に置いて、そっと離れた。
「本当においしかったよ。ありがとね」
奈美が付け足すように言う。さっきと違い、静かに優しい口調だ。
少女はまだしばらく、動かなかったが、やがてゆっくりと前に踏み出し、袋を手に取った。そして、小さめに口を動かした。
「……ど……どういたし……まして」
言葉を返してくれた……。おどろいたな……。
本当に肝っ玉が据わっている。……いや、奈美と同じようにお人よし、ってところなんだろうか。
うちのお人よしがまた少女に声をかける。
「あの……あたしは……奈美。……三好奈美。君は?」
そんな奈美の自己紹介を聞いた少女がはっきりと目を見開いた。
「……な……奈美? ……宇宙人……じゃ」
「うん? ……あぁ……あぁ……」
……。
「いや、こっちに顔を向けられても困るよ」
少女の疑問は素晴らしいくらいにまっとうなものだ。宇宙人が同じ言語を話すならまだしも、その言語の名前なんてはずがない。
だからと言って、宇宙人っぽい名前をとっさに思いつけるほど、いいネーミングセンスは持っていない。
……なので……
「僕は東一樹です。よろしくお願いします。もしよかったら、お名前を教えていただけますか?」
もう、あきらめて割り切っちゃおうの精神で挑むことにした。
や
少しだけ腰を折って手のひらを向ける。知っている限り、やわからく丁寧に聞いてみた。
少女の反応に関しては、それはもう望み通りだった。より一層ポカンとして受け取っていたはずの袋を地面にポトリと落とす。
ここまで良い反応されたら、仕掛け人としてすごくうれしくなる。
ちなみに、となりの奈美もポカンとしている。が……、そこは一応、お前がやり始めたことだぞ、と思いっきりにらんでおく。
さて、宇宙人と思しき奴が、マジで流暢な言葉を使ってきたことに対して、少女はどう対応するのだろうか。
実験を見届けよう。
少女はまだ硬直したままだ。全身を固めて息をしているのが疑いたくなるほど。ただ、表情が、恐怖より、驚きものもが大きく占めるようになっていくのが分かった。
そんな少女は開いていた口をゆっくり閉じると、ボソッと名前を口にした。
「……アリサ……渡良瀬アリサ……」