第4話 舞い降りた
おそらくこの秋という時期には、そうそう人が入りそうにはない竹やぶの中。奈美と一樹は、ひとりの少女と鉢合わせしていた。
その少女は、当然この本物の人間。彼女からしたら、さぞ一樹たちは異様な存在に見えていることだろう。
事実、少女は明らかにおびえを見せていた。だが、竹に身をそっと隠しつつ、少女は一樹たちを見て「宇宙人?」と聞いてきたのだ。
それに対して思わず「近い」と一樹は答えてしまっていた。
流れや勢いというものはたしかにある。ただ、宇宙人であるととらえられると、こちらとしても都合がいいという考えもたしかにあった。
真っ先に彼女に与えてはならないことは、一樹たちが怖い存在、危険な存在だと思われるような印象だ。ましてや、国が血眼で追っているお尋ね者であることなど、知られるわけにはいかない。
逆に言えば、化け物など危ないやつではない、という印象さえ持たせることができれば、どう解釈してもらってもいい。それに、宇宙人という存在は、どちらにでも印象を転がせられる。
思えば、一樹たちのことを「宇宙人」だと思ってもおかしくはない。一樹たちも予備知識がなかった場合、彼らをそう思っていた可能性は十分にあると思う。
特に少女はおそらく、好奇心が高い性格。ひとりで竹やぶ、森の中を探索するような子なのだから。逃げないところからも、その性格がうかがえる。
そういう子なら、こっちが冷静に行けば話が通じるかも。
「大丈夫……僕らは……友だち」
ひとまず、こっちからも返事をしてみることにした。
あと、おいこら。奈美、「なに言ってんの、こいつ」みたいな顔はしないでくれ。
「…………、…………」
残念、少女は絶句してしまった。
というより……どう反応したらいいのか、わからなくなってしまったよう。
そうなれば、こっちもどう動けばいいのか、すごく悩むことになるんだけどな……。まずは、警戒を解かせることか? いや……そもそも宇宙人相手に警戒を解くことなど、できるか普通?
いや、子供なら……。
『ぐぅぅぅぅぅ…………』
…………、……。
「……うん?」
なんか、急に変な音が聞こえてきた。その音は明らかに後ろから。少し沈黙した後に振り向くと、お腹を押さえている奈美の姿があった。
『ぐぅぅぅぅぅ……』
「……あっ」
一樹の腹からも似たような音が聞こえてくる。……もう、なんか気まずかった。
「……えへへ……、お腹……すいたね」
「……」
いやまぁ、そうなんだけどさ。実際、施設を飛び出してからまともに食事もしていないし。空腹で倒れそうなのは……間違いないないんだけどさ……。
いや、腹は減ったよ、ちくしょう!
ここで、ハッと思いだして、ちらっと少女のほうに顔を向けてみた。
あ、やばい。少女の表情が、警戒していたものから、あきれてポカーンとしたものに変化していた。
「……え……えへへ……」
奈美が自分の頭とお腹を撫でつつ少女に中途半端な笑みを見せる。いや、たしかに、警戒心は結構取れたけども。
なんてことをやっていると、少女がまた、恐る恐る口を開いた。
「あの……お腹……すいたの?」
少女が自分のお腹を触りつつ、一樹たちにジェスチャー混じりに聞いてくる。少し驚きながらも、一樹がフンフンとうなずく。
すると、少女は急に声をあげた。
「ちょ、……ちょっと待ってて! なんか持ってくる!」
「「ふぇ!?」」
一樹たちが驚くより先、少女は背を見せて走り去っていく。あまりの決断の速さに、一樹たちが動くタイミングは一切なかった。
まさか……なんか食べ物恵んでくれるのか? 化け物の一樹たちに? ……宇宙人に? 子犬でも子猫でもないのに?
「「天使かよ……」」
青い皮膚の少女に対して、ふたり同時に同じ感想を抱いていた。
しばらくして、一樹は息を吐くようにそっと言葉を漏らした。
「すごく純粋な子だったね……」
奈美もしっかりとうなずく。
「宇宙人であることを素直に隠すことなくはっきりと認める子もすごく純粋だよね」
「……いや、それは……丸く収めるための手段だから……ね」
でも、騙して申し訳ない、と思ってしまうほどにはすてきな子だったと思う。
「といっても、僕らの正体をあの子に教えるわけにはいかないよ。それこそ、あの子にいらない恐怖を与えかねないし」
「要は、それがあたしたちに取って都合がいいことってことだよね」
「……純粋な心がなくて悪かったね」
一樹たち六人の中で、純粋と言えばやはり綺星か。……ただ、この異常な環境の中でその感情や性格は、曲がった方向へと急速な成長が遂げている。
そして、それは六人みんなに言えること。
少なくとも、今の一樹たちは生き残るために盗みをよし、としている時点で……純粋さはない。
それは、あの子と一樹たちの間にある決定的な差だろう。
「あ、……本当に戻ってきてくれた」
真っ先に少女に反応したのは奈美だった。再び竹やぶの中を入ってくる少女を奈美が指さす。
その少女の手にはなにやら袋が抱え込まれていた。
「お、……お待たせ」
急いできたのだろう、結構息が切れている。ただ、時間にして十数分程度。おそらく、家が近くにあって、そこから持ってきてくれたわけか……。
ただ、だからと言ってすぐに飛びつけるほど、一樹たちは純粋ではなかった。警戒、というか申し訳なさ、というか……いろいろな感情が動きを阻害。
奈美も同じように突っ立ったまま動けないでいる。
すると、少女は一樹たちに動きで警戒されていると思ったのか、袋から中身を取り出した。
少女が袋をひっくり返すと、中からいくつか、パンらしきものが地面に落ちた。
パンも袋に包まれているため、直接土がつくわけではない。だけど、少女は慌てたようにパンを拾い上げ出す。
そして、持っていた袋を下に敷いて、パンを上に乗せた。
そうやって、セッティングを終えると少女はそっと、後ろに下がる。
「……ど、……どうぞ……」
まさに恐る恐る、と言った感じ。それだけ言うと、少女はそのまま走り去っていった。
そんな少女の後ろ姿を見つつ、思う。
「「……天使だった」」