第3話 ファーストコンタクト
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森の中を……、正しくは木々を飛び渡り逃走を図った一樹と奈美。うまく武装した人たちを巻くことに成功できていた。
やはり、地面を駆け抜けなかったのが功を奏したか。
そして、あてもなく進んでくだけではあったが、その先で……ひとつの集落とぶつかることになった。
ひしめくように広がっている竹やぶの中、奈美が顔を少しだけ集落のほうへとのぞかせる。
「……人里だね……。さっきのところより、ずっと小さいと思うけど」
「村っていう表現のほうが正しいだろうね」
竹やぶの中から数軒の民家を見えている。どれも、それなりの大きさを持っている。少なくとも、さっきの町にあった民家の平均は大きく上回る規模ばかり。
少し先に目を向けると、そこは山ばかり。ざっと見たところ、十に満たない数の民家が比較的集まっている村の一集落といった感じ。
「……一樹くん」
この集落の規模を分析していると、となりから奈美がボソッと声をかけてきた。
まだ太陽も出ているし、不必要に声を上げないようにしようと、首だけ奈美のほうに向ける。
すると、奈美は真剣な表情でこういう。
「どうしたい?」
……奈美の口からは何度か聞いた話だ。……口癖なんかじゃと思うぐらいには。それでいていつも、その返事が難しいタイミングなのがまたなんとも……。
「……相変わらず、ずいぶん漠然とした質問をするよね。判断を僕に投げやりするつもり?」
「……」
奈美は返事をしなかった。ただ、無言で集落のほうに視線を送るだけ。
……その目は……、どうしたらいいのか、わからない、という思い? いや、……。
「奈美ちゃんは……一応、町よりこういう集落に行くべきだ、って話てたよね?」
視線は前を向いたまま、こちらに移ることもなくうなずく。
「うん……、やっぱり人が少ないところのほうが……いろいろとね。たぶん、動きやすいとは思ってる」
基本的に奈美はそういう性格だ。あの六人でまとまったから町に向かっただけで、奈美は村に行くべきだと言っていた。
なら、ここで迷うことはない。
はずだが、……いまの奈美はそうじゃない。
「響輝くんたちや、文音ちゃんたちを助けたいっていう思いもあるわけだ」
奈美は一樹の推測に対して大きく首を縦に振った。それもまた、奈美の性格なら、筆頭の選択肢なのだろう。
奈美としては……どうしても譲れないというわけだ。
しかし、それを奈美自ら直接口にはしていない。本来の奈美なら、まずここで間違いなくはっきり「助けよう」と申し出たはず。
しかし、現状こうして、立ち止まっている。
……すなわち……、奈美も実質どうするべきか、わかっているんだ。……なら、一樹が後押しする言葉を添えればいい。
「……はっきりいうよ。……僕たちが助けるのは……いや、合流することさえ、今の僕たちじゃできないよ。……だって、なんの手掛かりもないんだもの。
それこそ、僕らが無駄な犠牲と変わり果てるかも」
文音たちが下流のほうに流されたのはわかっている。
が、どこに着いたかなんて知らないし、そもそもその近くには武装した人たちがうようよいるのは間違いない。
そして響輝たちは、文字どおりなんの情報もない。せいぜいあるとすれば、奴らに捕まったかもしれない、という最悪の可能性だけ。
「どちらにしても、今の僕たちには情報が必要だ。それが無ければ、動くに動けないよ。だったら……この村で……」
……具体的にどうするか、までは想定できていない。だけど、現状、この村でなんとかしていくしかない。それだけは、もう間違いない。
ただ、先の言葉が続かず、どうしようか口を持て余してしまう。そんな一樹の口を閉じさせるように、そっと奈美が手を伸ばしてきた。
「だよね。ありがとう一樹くん。あたしの思いをくみ取ってくれて」
そう言うと、奈美は少し立ち上がる。
「大丈夫、……みんなもきっと無事だよ。それに、……とにかくあたしたちも無事でいないといけないし。
日が暮れたら……今度はこの集落を少し探索してみよう」
「そうだね」
村となれば、畑も果物の木も豊富にあることだろう。少しぐらいくすねても……。いや、よくはないけど……。まぁ……うん。
とにかく、なんとかしよう。
ということで、ひとまず竹やぶの奥に戻って日が暮れるまでやり過ごそうと、立ち上がったその時だった。
「だ……だれ……?」
その声は奈美のものでも一樹のものでもなかった。そして、知っているほか四人も声でもない。会話に集中しすぎて、その存在にまるで気づけなかった。
ふたり、同時にピタリと動きを止めて固まる。どうすればいいのか、サッパリわからない。
……いま……一樹と奈美の姿を確実に目でとらえている人物がいる。少し薄めの青い肌に濃い赤色の髪。一樹たちとは違う、本物の人間。
背丈は……一樹より一回り小さい程度。……子供だ。黒赤いその髪が腰あたりにまで綺麗に伸ばしている。雰囲気からして、女の子。
「……おサルさん?」
女の子は少し声を震わしながらも続ける。
その子の手には折れて枯れた竹。……散歩か……。いや、竹やぶの中なのだから、森探索というほうが正しいか。
目には恐怖らしきものはあった。明らかに、異質な姿をしている一樹たちを見て、動揺している。
……当然一樹自身も動揺はしている。だが、逃げるタイミングも失った今、下手に動けば、女の子に刺激を与えるだけ。ただ、動かないことだけが、唯一できること。
しかし、女の子は随分と年齢に似合わない肝っ玉も持っているようだった。体を隠しきれるはずもない竹に身を寄せつつも、一樹たちを見続けて言える。
そして……さらに一言。
「……もしかして……宇宙人?」
……、…………。……………………。
「それに近いです」
思わず答えちゃった。