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人とゆかいな化け物たち  作者: 亥BAR
第三部 第1章
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第9話 逃走の選択肢

 日が昇り約束の時間がきても響輝と喜巳花のふたりが戻ってくる気配がなかった。そんな中で、さらに武装した集団が森の中へと進んできていた。


 しかも、奈美たちの会話が向こうに届いていたらしい、確実に森の中をこちらに向かって進行してきていた。


「考えている時間はない。逃げるぞ」

 文音が小声でみんなにそう言う。一樹含めた三人、文音に顔を合わせて首を振る。


 文音と綺星が持っていた、拝借した果物を包み込んだ袋がふたつ床に転がっている。


 奈美と一樹がとっていたバラの果物はもう放置を選択。文音と奈美が袋を抱え、全員素早く森の中を駆け出した。


 基本的な身体能力は一樹たちのほうが上だ。森の中を駆け抜けていくスピード自体はこちらに分があると思っている。


 だが、どれだけ駆け抜けようが、後ろから迫ってきている武装集団との距離が縮まっているようには思えなかった。


 基本的にやつらの姿が見えるわけではないが、その気配はたしかにある。いまなお、一樹たちの位置を把握しているように思える。


「……はぁ……はぁ……、キリがないよ」

 すでに奈美の息が切れ始めている。いくら奈美たちの身体能力があろうが、体力が永久に続くわけではない。ましてや、徹夜で疲労がたまっている状態では……。


「向こうは組織的に動いているからかも……。適当に逃げているだけだと……」

 相手は訓練された連中。このままでは追い込まれて終わり。


 ならば、どうしよう。そう思ったとき、ふと耳にある音が聞こえてきた。

「……待って。……これ……川が……」


 音のするほうへと向かって少し駆けていく。

みんなも付いてくる中、やがて、急な坂があるところにまで出てくるようになった。


 かなりきつい角度の坂。手をついて降りるのが精いっぱい。……いや、それでも足を滑らせれば谷に向かって真っ逆さま。


 そして、その下には川があるのだが、それがなかなかに大きく流れも激しいものになっていた。


「……まさか、飛び込めって言うつもり?」

 奈美が驚いたように口にする。綺星も嫌だと、はっきり首を横にふる。


 だが、文音は腕を組みつつ谷の底にある川をのぞきこむ。

「一か八かだろう。……こうなれば、もっとも可能性がある選択だとも思えるしな」


 実際にその通りだ。

 この川が浅いものであったら、できたことはせいぜい水分補給程度だっただろう。だが、この深さなら川の流れに身を任せてここから逃げることができる。


 もちろん、人は川から逃げたことはすぐ突き止めるだろう。そうなれば、行きつく先も想定されてしまう。だが、この状況で逃げ出すなら、この方法がもっともスピードを出せる。


「奈美ちゃん、ちょっと」

 奈美が背負っている袋からリンゴを四つ取り出す。それをみんなに一個ずつ、投げるように渡した。


「こんなの背負ってたら絶対におぼれる。これだけかじったら、ほかはもうあきらめて捨てよう」


 そう言って一樹が真っ先にリンゴをかじった。

 久しぶりに口に食べものを含んだんだ。本来なら感激ものだし、口のなかに一気に幸せが広がる。


 だけど、それに対して鑑賞にひたるような時間はない。


「仕方ない。……あたしは一樹の意見に賛成だ。覚悟を決めよう」

 この中でもっとも冷静でさっぱりした性格の文音。もう、決めたと肩に背負っていた袋を少し離れた向こうに捨て去った。

 そして、手に持っているリンゴだけを少しかじり取る。


「川の周りは町が作られやすい。どこかにはたどり着けるはず、……ひとまずは……逃げるしかない。

 時間もないからな。先に行くぞ」


 そう言うとビックリするくらい、躊躇することなく飛んで、川の中へと飛び込んでしまった。もう、その行動は、戸惑うのであろう奈美を待っている余裕はない、と言わんばかりだった。


 事実、奈美はあからさまに、川に飛び込むのを嫌がり、坂から遠ざかろうとしている。


 ……やっぱり、そう簡単に決意できるようなものではないか……。しかも、そんな奈美を見ていると、こっちだって提案者でありつつも、勇気が薄れて行ってしまう。


 ……というより、奈美の態度を見て冷静さが戻ってきて、この行動がどれほどのリスクがあるのかを思い知りかけている。


 とにかく、奈美のもとへ行こうとしたが、それより先に、ふと視界から綺星が消えた。


 気が付けば、坂をすべるように降り始めていたのだ。


「綺星ちゃん」

 奈美が叫ぶがすでに遅い。綺星は勢いよく川の中に沈んでいく。しばらくすると、下流のほうから顔をだす綺星の姿が目に入った。


「……文音に続いたか……」

 基本的に綺星は奈美と同等かそれ以上に文音を信頼していた。……文音が飛び込んだから、という理由でついて行ったのか。


 一方で取り残されたふたり。奈美は川を上から見つめていたが、まだ飛び込もうとする動きにはなっていない。


 もう、川に飛び込む選択肢は取れない。そう踏み、次の策を考える。

「……隠れよう……。森の中だ。いくらでも隠れる場所はある。……とにかく身を潜めて、人が過ぎ去るのを待つしかない」


 たぶん、本気で隠れたら、そう簡単には見つからないはず。森の中すべてを探索するには……相当な時間を有するはず。


 それに、川にふたりが飛び込んでいるから、そっちに人の意識が向けられるかも。いうなれば、おとりという形で……うまくいくかも。


「……そうだ。木に登ろう。葉っぱで生い茂っているところをうまく選べば、……そこらにいるよりも可能性がある。

 見つかっても、木々を移って逃げられる可能性もあるし」


 今度は、奈美も賛成してくれた。もう、抱えている荷物はそこらへんに放り出すと、手ごろな木へと登っていた。

 あとは、……運に任せるほかない。


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