第7話 調達
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夜、静まり返った町の中を文音と綺星は息をひそめつつ歩いていた。不自然に足音を立てないように歩けば逆に目立つ恐れがある。
とにかく、自然に……当たり前のように進む。
田舎町と言っても道はしっかりと塗装されているし、人の手がしっかりとかかっている。逆に言えば、今でもなお普通に人が住んでいるところを、人ではない文音たちが歩いていることにはなるが。
「本当にだれもいないね……。すごく静か」
文音の後ろをついて歩く綺星がそっと声をかけてきた。
「……だからと言って、それで助かるわけではないけどな。今のところ、食料を確保できる場所としたら……畑のものを盗むぐらいか」
町が静かであっても、肝心の食料が手に入らないのならば、まったく意味がない。店らしき建物はあっても、基本的に締められていて商品に手をかけることはできない。
そんなことを思いながらふと近くにあった木に視線が止まる。それは民家の庭に生えているもの。すなわち完全にその個人のもの。
そして……柿が実っている。
「……」
あたりを見渡し人がいないことを確かめると、一瞬だけ力を解放。変身した姿で柿の木に向かって跳躍する。そのまま実を三つとって、静かに降りた。
なにか言いたげな顔をした綺星の口を手で封じ込めつつ、さっさとその場を去る。しばらく歩いた後、取った柿を綺星に預けた。
「……これって……泥棒じゃ……」
「盗む以外の方法で食料を手に入れるすべはない。きれいごとを言うなら、ひとりで交番にたずねたらどうだ?」
そう言い切ると綺星は目を一度まんまるに見開いた後、黙って柿を抱え込んだ。
そんな綺星にゴミ山からあさっていた軽い布を渡す。柿をそれでくるむように指示したあと、辺りを見渡した。
静かだ、そう思っていたのだが、ふと耳に音が入ってきた。近くではない、少し離れたところ……いや、壁越し……?
少し意識して耳を傾けると、それはニュースの音声らしきものであることを理解できた。
単純に考えればテレビの音か。だけど、この時間帯にニュースをやっているものなのか? ……いや、録画? ……ニュースを録画するか?
……ほかにもニュースの見方はあるのか……。
とにかく、もう少し耳を傾けてみることにした。
情報を収集するうえでニュースは最適。それに、もし文音たちのことが報道されていたら、今後を考えるのにいい参考になりうる。
しかし、流れてくるニュースは、どう考えても文音たちのことを扱うものではなかった。
うっすらと聞こえてくる単語は「宗教」だの「テロ」だの、「紛争」だの。文音たちのことをテロ組織として報道しているとは思えない。
しばらくニュースを聞き続けたが、文音たちの話が出てくることはなさそうだった。どうやら、偏ったニュースを見ているらしい。
綺星に対して適当に手招きの指示を送ると、ゆっくりとその場を離れた。
テロ、紛争……。対して、文音は動物兵器……。まぁ、そういう物騒な世界だから、文音たちが作られたのだろう。
そんなことを考え、なんとも言えない心境に陥ってしまっていた。
***
響輝と喜巳花はお互いに静かに、とジェスチャーで合図を送りながらひとつの民家に忍び込もうとしていた。
選んだ民家はそれなりの庭を兼ね備えたところ。電気はまったくついておらず、音もない。寝静まっていることだろう。
そして、庭を進んでいき、目的の前までたどり着いた。
それは、倉庫……いや、蔵と言うべき建物か。夜の静かな庭にドンとたたずんでいる。
簡単に盗めるものと言ったら、畑の食材とかだろう。だけど、果たしてそんなものを食いたいかと言えば、ぜったいにノーだ。
できるのならば、それなりのものを食べたい。それは喜巳花と意見が一致していた。となれば、目指すべき場所はこういう蔵や倉庫だった。
こういうところなら、非常時のたくわえや、一年を通して保管する食材などが眠っているかもしれない。
静かにあされば、そうそう気づかれまい。
まず第一関門、扉を開ける。間違いなく、ここが一番大きな音が出る場所だ。少しでも家の中から音がしたら逃げられる準備をしつつ、響輝が扉に手をかけた。
少しずつ扉を開いていく。動かすたびに少しずつ音がなる。あんまり、この時間が続けば気づかれやすくなるので、あとは一気に開けた。
かろうじて響輝たちが入れるほどに開いた扉に体を入りこませた。
「高森、見張ってろよ」
「了解」
小声でやり取りをしつつ、響輝は倉庫の奥へと入っていく。明かりはほとんどないため、手探りになる。合わせて音を立てないようにというのは難しい。
食料らしきものを探し当てるのに、かなりの手間を有した。
だけど、おそらく缶詰らしきものが入った段ボールを見つけることができた。これをごっそり持っていえば、しばらく耐え忍ぶことができそう。
「高森」
運ぶのを手伝ってもらうため、外で待っている喜巳花に声をかけようと振り向く。
だけど、その瞬間、響輝の視界には妙な光景が映った。
それは、人ひとり入れるほど開いた扉の隙間から見えた光景。見張りをしていた喜巳花の体がふっと、静かに倒れていくさまだった。