第6話 静まり返った町へ
壁を越えて、森の中を歩き続ける一同。時は流れ日も傾き始めたころ、少し先に町が見えるようになってきていた。
車が来た方角を進んできた結果だ。
と言っても、まさかここでいきなり町に潜入する無謀な行為などするはずもない。一旦、引いて森の奥へと引き返した。
落ち着いたところで、奈美が地図を広げて確認する。
「……一応、ここが地図に載っていた人里みたいだね」
町とは言っても田舎町といった雰囲気と規模か。あの実験場からも結構離れた場所になる。
……まぁ、あの大きさゆえ、どうやっても見えはするが。
「じゃ、ひとまず。まだ、日は上っているし……もう日が暮れるまでは静かに待っているとするか」
しばらく、町のほうから車など、生活音が少しばかり届いていた。だけど、日が地平線にしずみ、暗くなると、その音も静かになり始めた。
さすがに暗くなってすぐはまだ、完全に静かになるわけではなかった。だが、ある時間帯を超えると急にシンと静まり返るようになっていた。
まずは奈美と文音が少し町のほうに近づき様子を確認。戻ってくると、ふたりは「いける」というように深く静かにうなずいた。
みんなで集まり、町に降りる覚悟を決める。一樹も大きく深呼吸して気持ちを整えた。
腰につけられたウエストポーチにそっと手をかける。
「待って。ひとつだけ、みんな、約束してくれる?」
暗がりの中、小さな声で奈美が手を上げる。
「だれも殺さないで……。もしだれかに見つかっても、……殺すんじゃなくて、逃げることを優先して」
奈美の話に一樹ははっきりとうなずいて見せた。
「それは僕も賛成する。力はあっても使っちゃ……やつらの思うつぼ。それに、人の死は……人の注目を集めてしまうし」
「一樹くん。ありがとう。でも、理屈なんかじゃなく、ただ殺すのはだめ。それだけは本当に守って」
声を殺しつつ、でも訴えかけるように言う奈美。そんなところに、文音が冷たい声で言ってきた。
「……基本的には守ろう。だが、敵意を向けてくる相手に対しては、容赦なく力をふるうぞ。逃げられないならなおさらだ。
武装してようが、一般人だろうが、敵意を向けられたら爪を伸ばす」
「俺も柳生に同意だ。自分の命が最優先だからな。黙って捕まる、殺されるぐらいなら抵抗してやる。それぐらいの権利は持ってもいいだろう」
響輝も続けた言葉に少し疑問が出て、声を漏らす。
「……僕らに自衛権って……あるの?」
「……それこそ、理屈じゃねえから」
……その会話をあとにしばらく沈黙ができたが、それを割るように奈美が少しだけ声の音量を上げる。
「わかった。最終手段なら、認める。……そうだよね。とにかく、次に日が昇る時には……ここにもう一度、集合しよう。
約束だからね」
六人、みんなで顔を合わせるとみんな一緒にうなずいた。話はこれで、一旦整ったということになった。
あとは、それぞれ三手に分かれて町へと侵入する。六人がゾロゾロ街中をうろつけばそれだけで目立ちかねない。だけど、単独行動も悪手。
ということで、バディ制で挑むことになる。
みんなと分かれて、一樹は相方の奈美とともに、町に向かって歩み始めた。顔を隠すべくフードを深くかぶりつつ、道の端を歩いていく。
しばらくは畑や田んぼが続く。その先には民家が立ち並んでいるのが見えてきていた。
「……一樹くん。少しでも人影が見えたら伏せるなり、隠れるなりしてね。あたしも見えたらそうするから。逆にあたしが動いたら、一樹くんもすぐに隠れて」
「了解」
そのまま、民家の近くまで到達した。会話はとにかくせずにあたりを見渡した。
明かりがついている家はほとんどない。みんな、寝静まっているということだろう。なら、ある程度の音なら気に止めるような人たちもいないだろう。
なら、ここで警戒すべきは飼い犬にほえられるといったことか。……民家に足を踏み入れるのは、ぜったい避けるべきことだろう。
少し歩いた先、奈美がふと足を止めた。
そこには掲示板らしきものが立っている。張られている紙や板の状態を見る限り、もうほとんど使われていないみたい。
ただ数枚、明らかについ最近張られたらしい、綺麗な紙もそこにはあった。遠くにある街頭の明かりを頼りにその内容を見る。
すると、それはまず間違いなく今朝張られたものであると確信した。
「……これ、あたしたちのことだよね? ……これは……新聞かな? 一応、それなりには取り上げられているみたいだね」
新聞には、おそらくこのあたりの地名と、猛獣による注意勧告。それなりの大きさで絵とともに記事にされている。ただ、これは白黒なのでわかりづらいが。
それは隣に離れたカラー記事参照ということか。
内容としては、狂暴なサルらしき生き物の目的情報となっている。その姿から突然変異か、それとも新種か、なんてあおりまで。
……このあおり方だと、それなりの注目は寄せているのかもしれないな。ただの注意勧告に留まれば知れただろうが、……新種と言うあおりは……。
いや、この文面を見る限りも、新種の線は限りなく低いという扱いだ。でも、そのロマンは、間違いなく一部の人を駆り立てる。
ましてや、近くに住んでいる人たちは。
「一樹」
気が付けば奈美が肩を叩いてきて、先に角を曲がって身を隠し始めていた。少し夢中になりかけていた一樹も、慌てて隠れる。
ちょうど、道の向こう側から、おそらく酔っ払ったのであろう人がこちらに受かって歩いてきていた。ここでずっと居てたら見つかる恐れもあるので、黙ってその場を離れた。
とにかく、情報と食料を求めて……、町を歩き続ける。