第4話 頑固じじい
山奥にある一軒家。少し離れた草むらに息をひそめて様子を伺い続ける一樹たち。一方で、スーツを着た人物(話からして役所の人)、警官、そしてこの家の主の三人が会話している。
警官は一枚の紙を老人に見せて、辺りに不審な生物がいると警告をしだしたところだ。
「細心の注意をお願いします」
右手を上げて敬礼のポーズをとる警官。対して老人は不機嫌さをより一層高める。乱暴に警官の提示した紙を奪い取ると一気にくしゃくしゃに丸めてしまう。
「ふん。ふざけるにもほどがある。こんな見た目の生き物が実際にいるわけないだろうが! 国は漫画と現実の区別もつかんのか!
そう言えば、今朝の新聞で、似たようなことが書いてあったな。まさか、それに便乗して話をでっち上げているんじゃないだろうな?
そんなのにわしがだまされて、出ていくとでも思ったか。バカにするな!」
役所の人に向けて投げられた、丸め込まれた紙。スーツの肩に当たるとあさっての方向へ、草むらに吸い込まれていく。
役所の人はそれを気に止める感じもなく、言葉を返した。
「これは決して冗談なのではありません。今、この山は危険な状態になっているということは、間違いなく事実です。本当に気を付けていただきたい。
そして、できるのなら、すぐにでも、ここはら離れる決断を」
だが、役所の人物がセリフを言い切るより先、老人は叫ぶ。
「ほら来た! やっぱそうだ! そうやって、わしをここから追い出そうとする。ダムを造るわけでもあるまいし」
そう言うと、老人は腕を斜め上に伸ばした。その先に見えるのは巨大な壁。ちょうど、一樹たちが入っていた学校を取り囲む壁だ。
あの高さゆえに、この森の中でもそれははっきりと見える。
「どうせ、アレが関係しているんだろう!? なにをしているかは知らんが、詳細は伏せられているあたり、ロクなことじゃなんだろうな」
……そうか……。一樹たちのことは公になっているわけではないのか……。この感じだと、一樹たちの脱出は把握されているが、世間にはぼかすようにしか報道されていない。
合わせて、このあたりに住む人には立ち退きを要求していたわけだ。なら、この老人はさしずめ、その立ち退きを頑なに拒否し続ける頑固おやじ。
化け物……動物兵器を生み出すという実験だ。情報が漏れないため、また今の一樹たちのように逃げ出した時のため、立ち退きを求められていたといったところか。
「もういいだろ? わししゃ、冗談に付き合うようなつもりもない。考えてきた立ち退きの言い訳は言い終えたんだろう? 気が済んだなら、帰ってくれ」
もう話は終わりだと言わんばかりに、両手を振ると、ひとり家の中に入ろうとする。
ため息をつき肩を落とす役所の人。警官は老人を止めようと一歩前に進む。立ち退かせたいという思いと、マジでここが危険であることを伝えたい、という思い。どちらも本気であるはずだが、老人は信じる気などサラサラないよう。
……ま、でも当然だろう。なにも知らない上で、この話を信じるやつはそうそういるまい。
そんな風な感想を抱いた直後だった。
ふと、警官がクルリと体を一樹たちが隠れる草むらに回してくる。なにかを感じたように腰につけられた銃をこちらに向けて構えてきた。
「……なにをしてる?」
気になったのか、足を止めて聞く老人。
「いや……なにか、気配を感じたもので……」
その警官の声が耳に入り、同時に全身に冷たいものが走った。その衝撃が近くにある草木にまで伝わり、より大きな気配が生まれてしまう。
奈美が無言で人差し指を口に当てる。とにかく黙れ、という合図。一応、体が見えていることはないはずだが……。どうだろう……。
だが、老人は警官を鼻で笑う。
「はっ、そりゃ気配ぐらい感じるだろう。森の中だぞ? たぬきか、イノシシか、シカか。珍しくもねぇ」
銃を構える警官の手をあざ笑いながら下ろす老人。
「なんなら、わしがその謎の生き物とやら、とっ捕まえてきてやろうか? 役所につきだしゃぁ、報酬でももらえんのかね?
なら、罠でも仕掛けてやる。安心して帰れ」
しっし、と乱暴にふたりを追い払おうとする老人に、ふたりはこれ以上、食い下がろうとする感じはなかった。もう、あきらめるように乗ってきた車に向かって歩き始める。
「本当に気を付けてくださいよ。なにか、不審なものを見かければ、すぐ知らせてくださいね」
最後に、と役所の人が老人に声をかけるが、老人はすでに家の中に入り、その玄関の戸を閉め始めているところだった。
しばらく、警官と役所の人は顔を見合わせてはいたが、やがて車のエンジンを拭かせると、そのまま走り去っていった。