第2話 人
森の中を進んでいくと、一樹の視界に入ったもの。それは一言に言えばゴミ山だった。
明らかに自然のものではない。土や木々で埋め尽くされる森の中では、その存在はあまりに不自然。
乱雑に、秩序などという言葉と一緒に様々なものが捨てられている。
「一樹くん、どうかしたの? ……なにこれ」
後ろから顔をのぞかせる奈美。そして、目の前の惨状を見てあからさまに表情をこわばらせる。
あんまり居続けたい場所ではない。早くみんなの元へと戻ろうと後ろを振り向く。だが、すでにみんなこちらに向かって移動してきていた。
一樹が戻るか、こっちで待つか。少し考えこもうとしたが、その時、ふと耳になにか音が入ってきた。
とっさきに姿勢を低くして体を縮こまらせる。
「なに? どうしたの?」
奈美も一樹につられるようしゃがみつつ聞いてくる。
だけど、一樹は奈美に向かって「しっ」と人差し指を立てると、奥の草むらへと隠れるように入っていく。
他のみんなにも黙らせて、姿勢を低くさせ静かにしてもらう。
それから、しばらくすると、一樹の耳に入ってきた音がはっきりとしたものへ変わっていった。
遠くから大きなものが近づいてくる。車だった。トラック、音の正体で間違いないのだろう。
一樹たち全員、息を殺して、近づいてくるトラックに視線を送る。早く過ぎ去ることを願ったが、それがかなうことはなかった。
トラックはちょうど、ゴミ山の前に停止。一樹たちのなかで少しざわつきが出たが、文音と奈美がみんなを沈め、息をよりひそめる。
そんなことをしていると、トラックの席から人がふたり降りてきた。そして、その姿を見て、全身が凍り付くような感覚を覚えてしまった。
……わかりきっていたはずだが、受け入れられない。
雰囲気からして、若者と中年の男性ふたりといった感じか。作業服のようなものを来たその人たちは至極普通だと言える……はず。
だけど、一樹の目には……どうあがいても奇妙なものにしか見えない。
青い肌に赤い髪。一樹たちと根本的に違うその姿は……どちらかと言えば、一樹たちがずっと戦ってきた化け物に近いものを感じる。
「さっさと下ろすぞ。手伝え」
「はいっす」
ふたりは、トラックの荷台から大きな物体を次々にゴミ山に重ねて降ろしていく。その動き自体は人と表現して差し支えない。
思考し言葉を使い、生きる者たち。
なのに、……化け物の亜種のようにしか見えないのだ。
同時に激しく実感させられる。
あの人たちが普通なのであり……一樹たちが異端なのだと。
ふと、一樹の足元に看板が転がっているのに気が付いた。
書かれている文字は「不法投棄厳禁」。あろうことか、この看板自体が折られてゴミの中に埋もれかけている。
「よし、完了だな。おい、さっさと乗れ! 行くぞ」
「うっす」
若者のほうが、最後の荷物を下ろすと同時、駆け寄るようにトラックの荷台へ飛び乗る。すると、トラックはエンジンを吹かせて、そのまま走りさっていった。
別にこれが人間を初めて見た、というわけではない。サラという人物とははっきりと目の前で見てきたし、武装した人たちの顔を見た。
そして、この世界の本当の人間はどちらなのか、突き付けられてきた。
だけど、こうして……実際に生活を営んでいる姿を見るのは……今までと違い、衝撃がすさまじい。
言い逃れできないトドメを刺された気分だ。
「……行ったか?」
響輝が顔をのぞかせながらゆっくり、草むらから出て行く。そのまま周りを見て問題ないことを確認できたのだろう。
みんなに合図を送ってくれる。
それによって、全員そっと奥から出て行き、ゴミ山の近くに集合した。
「……これ……なに? ゴミ?」
綺星は鼻を摘まみながら足元に転がっている物体を蹴る。
「ゴミだね」
一樹がシンプルに返してざっと山を見渡した。
「冷蔵庫、テレビ……。うん、捨てようにも捨てられないものが、ドンと捨てられているみたい。
綺星ちゃんの蹴っているのは……、……パソコン? ……かな」
四角い箱に画面……。はっきりと自身を持ってその正体を当てられない。
「……これって、ええん?」
「ダメだろうな」
喜巳花の疑問に対して、文音がさっきの看板を拾い上げつつ言う。ガッツリ、厳禁と書かれているのだから、ダメに決まっている。
文音はその看板を、トラックが通っていた道のほうから見える場所に置く。そして、ため息をつきながらみんなと向き合ってきた。
「……ま、……あれが本当の人間なのだろうな。……こんなリアリティある現場を見せつけられたら……さすがに認めるしかない」
そんな文音のセリフと同時、お互いに顔を見合わせる。白とも黄色とも形容しがたい、色……ペールオレンジの肌に黒い髪。一樹たちからすれば、あまりに自然で、違和感のない姿同士。
だけど、この感覚は……この間柄でしか通用しない。
「……この姿のまま、人里に入るのは……まず無理だね」
そういう奈美の視線は、ゴミ山のほうに向けられていた。