第1話 森の中
壁の中の世界、学校という建物の中はありえないほどに狭い。だけど、一歩外に出ることができれば、一気に世界が広くなる。
しかし、その広い世界に……果たして化け物の居場所は……あるのだろうか。
「……じゃぁ、これで……お別れだね」
手だけで掘った地面の穴に、眠っているライトが埋められている。そして、奈美が最後に、そのライトの顔へと土をそっとかぶせていった。
全員一緒になって残りの土をかぶせる。
壁の上に立っていた一樹たちは、周りにあった木々に飛び移りながら、地面にまで降り立っていた。一樹たちの体はずっと頑丈であるらしく、ケガもなく無事に降りることに成功している。
そして、奈美が望んでいた通り、和田ライトの亡骸をみんなで埋葬。埋め終わると、みんなしばらく、沈黙している時間が過ぎた。
一樹がまだ目を閉じ、じっとしているなか、文音の声が耳に入ってきた。
「あまり、ここでのんびりと過ごしている時間はないだろう。ひとまず、地図にあった小さな人里を目指して進んでみよう。
奈美、方向はわかるか?」
目を開けて隣にいる奈美に目を向ける。
奈美は「ちょっと待ってね」なんて言いながら、ウエストポーチから地図を取り出した。
この地図は、施設の地下から奈美が引っ張りだしてきたもの。このあたりの航空写真らしく、一樹たちの今後の道しるべとなる貴重な一枚だ。
「……う~ん……」
地図と周りを照らし合わせながら、しばらく首をひねる。
「……周り木ばっかり……。壁の上に立っている時に、方角だけでもしっかり、確認しておくべきだったね……。しくじったかも」
そんな風に言ってはため息をはく奈美。冒険のしょっぱなからつまずいているのだが、……さてさて。
「……うん? でも、大体……あっちらへんやろ? 知らんけど」
喜巳花が漠然とした肝心に方角を指さして、その後、奈美から地図を奪い取る。
「うちらが屋上から壁に向かって飛んだ方向から考えたらええやん。ま、どれくらいの距離あんのかはホンマに知らんけど」
かなり適当な雰囲気があったが、喜巳花は自信ありげに「しゅっぱーっつ!」なんて言って、腕を振り上げながら森の中を進んでいく。
学校の中では方角のことなどまるで意識したことがなかった。校内地図が頭の中にあれば、そんな概念は必要なかったからだ。
ゆえに、自分の方向感覚がどれくらいのレベルなのか、検討もつかない。
その点、この喜巳花は……それなりに自身の方向感覚に自身があるのだろう。そんな喜巳花に引っ張られるように、一同は進み始めた。
足を進めながら、ずっと懸念していることを口にする。
「……ところで……、僕らって、本当に人里に近づいて大丈夫なのかな? まだ、不安しかないんだけど……」
まだ一樹の頭の中ではこの世界のことをまるでイメージできていない。
いや……、イメージはあるが……、それはあくまで一樹たちが普通の人間としたうえでの、ふわっとしたものだけ。
自分の立場がどういうものなのか……。そして、これから先のことなど、……まるで想像できやしない。
すると、となりで頭の後ろで手を組んでいる響輝がぶっきらぼうに答えた。
「……この中に不安じゃないやつなど、いないんじゃねえか。……たぶん」
最後、心なしか、先導する喜巳花に視線が向けられた気がする。
「ただ、だからと言って、人里から離れて山奥で、じっとひきこもっているわけにもいかねえだろ……」
「……正直に言えば……、その山奥でひきこもるって選択肢が、僕の中では割と打倒なもの思えているんだけど」
「……うぅ……あたし……無理……」
後ろから明らかに拒否するって声を綺星が漏らす。
「それが大きな選択肢のひとつであることには変わらないだろう。だけど……それは、他に選ぶことがなくなった時に選ぶ……最後の手段だ」
文音が指を一本立てながら振り向く。
「なにしろ、わたしたちが持っている知識はあまりにも少ない。少なくとも、わたしたちにサバイバルで生き抜くすべがあるとは思えない。
ある程度の知識はあっても、それはあの実験場で、実験を円滑に進めるため与えられたもの。しかも、都合よく捻じ曲げられた情報だ」
文音の話に深くうなずき納得する。
「……僕らの持っている知識が、真実である保障は……どこにもないんだもんね……。この目で見て確かめないと……、なにが本当でなにがウソか、判断する材料すらない……ってことか」
本当に考えれば恐ろしい話だ。
しょせん、一樹たちは人の手によって作られたもの。それは、記憶もしかりで……知識もまたしかり。
一樹たちが持っている知識は人によって作為的に与えられたもの。自身の経験は一切といっていいレベルで入っていない。
……そうか、こっそり人から隠れて生きるにしても、その生きるためのすべを、まずは身につけなければならない。
……少なくとも、森の中に缶詰が埋まっていることだけはないだろう。
そんな話をしていると、ふと喜巳花が振り返ってきた。
「なぁ、……うちら、ちゃんとまっすぐ進んでる?」
「「……え?」」
「いや、だって……。ほら、目標にできる目印もないし、曲がってても絶対、わらかんで。森ん中やし、なおさら」
さも、当然とばかりに天に向かって指を振る喜巳花。あまりに平然と言ってきたので、ポカンとするしかなかった。
「いや、だれだよ! 自ら進んで先頭を歩いていたやつ!!」
怒り混じりに全力で突っ込む響輝。
「え?」
あろうことか、後ろを振りかえる喜巳花。
「いや、お前だよ、お前!」
ボケをかます喜巳花に必死に対応する響輝。
そんなふたりをよそにして、今できることをするとしよう。……と言っても、辺りを見渡すだけなんだが……。
「……うん?」
ふと、視界に明らかに自然物でないものが入ってきた。
「一樹くん? どうかしたの?」
後ろから質問してくる奈美を置いて、足をそちらに向けて進めていく。足場の悪い地面に踏ん張りを利かせて歩く。
すると、その視界に入ってきたものが、はっきりと確認できる位置までこれた。そして、それは……一言に言って……。
「……ゴミ山?」