17.悪魔令嬢は、町へ行く
ブックマークと誤字訂正ありがとうございます。
「イチイ、早くしなさい」
「そう慌てても店は開かないぞ」
私はいつものような重いドレスでなくて軽くて薄っぺらな平民のワンピースを着ている。ワンピースと言っても前世のようなものでなくて花柄が可愛らしいファンタジーの中だけでしか見れないようなものだ。ちなみにイチイは作業服を着ている。途中まで馬に乗り町の近くまで来ると降りて歩く。途中の草むらで何かが動いた気がしたが気のせいだろう
「久しぶりですわ!季節のバザール」
「冬だから薬草はいつもよりも多いぞ。春夏秋に収穫された薬草やキノコがちょうど加工が終わる時期だからな」
今日来たのは、少し大きめな町。クロッカス侯爵家から少し離れたどちらかというとカミモル侯爵家に近い場所だったりする。そこで開かれる平民が行うお祭りに参加するのが目的だ。春夏秋冬それぞれの季節が訪れたことを祝う。バザール自体は前世でインドや中東諸国の活気ある市場のことを指すが、なにせここは乙女ゲームの世界。何でもありだ
色々な人がござの上に商品を置いて活気ある声をかけている。もちろん地面には雪が積もりかなり寒い。イチイのいうように薬草なども多くみられる。バザールの品は季節によって変わり春は冬家にこもって作った伝統工芸品、夏は生の薬草や野菜、秋は果実や木の実というような感じ
「イチイ、いつもの店はどこですの?」
「こっちだ」
イチイの後を追うが人並みにもまれて流されそうになる。気づいてくれたのか手を差し伸べてくれた
「遅いのよ」
「悪かったな。ちっさくて見失うかと思ったぜ」
ぐっと腕を引っ張られてイチイと密着するような状態になる。なるほどこれならはぐれにくくてよいかもしれない
「さて、ばあさん久しぶり」
「おやまぁ、イチイ今年も彼女を連れてきたのかい?」
「残念ながら違う。まあ大切な子ではあるがな」
毎年会うこのおばあさんは、イチイが学生時代に出会った人で信頼できる品質の薬草を売ってくれる人だ。私も何回かあってるのだが毎回こんな会話をしている気がする。
「薬草好きのお嬢さん。これが何か当てたら割引するよ」
そして、挨拶が終わったらおばあさんのクイズ大会が始まる
「これは、一見ゆり根のように見えますがクラシアルクの根かしらね」
クラシアルクはこの世界にしかない花で、その鱗茎はゆり根に似ているのだが一回り大きく若干赤みがかっている。精神安定に役立ったり、便秘解消に使われる
「正解じゃ。腕を上げたね」
「お父様やイチイに比べたらまだまだよ。もちろんおばあさんにもね」
「うれしいことを言ってくれるわい」
おばあさんと楽しみながらの買い物は終わった。50問中10問間違えてしまった私の知識はまだまだだろう。けれど、間違えたものはしっかりと覚えた。おばあさんにまたねと言って別れる
「今日は連れてきてくれたこと感謝するわ。とても良いプレゼントよ」
「喜んでもらえて何よりだ」
雪道で息を弾ませて約束の場所へと向かう。早く帰らないと日が暮れてしまうが、雪のせいで思うようには進めない。イチイがちらちらとこちらを見てくるのも気になった
「アザミーナ様、これ」
「えっと…何かしら?」
受け取ったのは小さな小包だった。開けていいかと尋ねるとイチイがいいと言ったので丁寧に開けていく。中身を見た瞬間私の目はとても大きく見開かれていただろう。そこにはあの時切られたポシェットがあった。いや、切られてしまったのよりも一回り大きい
「いつの間に、なぜ知っているのよ」
「侍女のうわさ話からだ。それに俺だって元気がなかったら気づくぞ」
あのポシェットは薬草を管理したり、瓶を衝撃から守る魔法がかかっていた。形は戻せてもその魔法まで戻すことはできなかったのだ。そして、そのポシェットはイチイが作ってくれたものでもあった。本人に私が壊したわけではないにしろ、言い出しにくくて後回しにしていたのだ
「嫌だったか?」
「全くそんなことないわ…でも、嬉しすぎてうまい言葉が見つからなくて」
言葉の途中でほろりと涙がこぼれ落ちた。イチイは仕方ないというように苦笑すると頭をやさしくなでてくれた
「言葉にしなくてもうれしいということは伝わってきたぞ」
「ありがとう…」
プライドのかけらもない感謝の言葉は口から滑り落ちていた。自分で意識的に出した言葉ではないのに、しっかりとした重みがあった。ありがとうなんて心から言ったのは前世以来かもしれない。少し立ち止まってポシェットを抱きしめている間にも雪は積もっていった
ありがとうございました。明日は日曜日なので8時と20時に合わせて二本投稿します




