オーパーツ -Ryan-
「あいつ、遅いな…」
俺は頬杖を付いて、アランが来るのを待っていた。眼前には議論の対象がある。連絡を取ろうとしても繋がらない。約束に遅れたり、連絡を怠ったりする性格ではないのに。きっと飛行機が遅延しているのだろう。
俺はオーパーツに手を伸ばし、銃声を口ずさんだ。
指が頭蓋骨を弾く。
三日前、俺は大発見を告げるべく友人に電話をした。
その発見とは、銃痕のようなものがある約15万年前のホモ・サピエンスの頭蓋骨。
考古学者である俺と同僚たちは、カリフォルニア州のコソ山脈に調査をしに行った。そこで、問題のものは発掘された。姿があらわになった時、俺達は騒然となった。15万年前のホモ・サピエンスの頭蓋骨が、アメリカで発掘されたのも驚くべきことだが、銃が発明されたのは14世紀だ。古代に銃痕のある頭蓋骨が存在するのは明らかにおかしかった。
公的には重要な歴史的資料だが、裏ではオーパーツではないかと囁かれた。
時代的に説明出来ない物品の事を〝out-of-place artifacts〟つまり、場違いな工芸品と言う。それでは長いので、世間では略してオーパーツと呼ばれている。
仕事仲間であるアランに電話でそのことを話すと、彼は批判的な意見を言いながらも、興味を押さえ切れていなかった。
俺は頭蓋骨を眺めながら呟いた。
「本物だといいよなぁー。本物だと分かって、乾杯ができたらどんなにいいことか」
アランは誰よりもオーパーツに対して熱意を注いでいたのに、クリスタルスカルの件から、彼はそれらに対して異常なまでの懐疑を持つようになってしまった。無理も無い。本物だと信じていたものが、偽造と分かってしまった。アランの絶望の深さは、大事に持っていた水晶髑髏のレプリカを、地面に投げ付けたことからも窺える。
正直言って、偽物と言えるオーパーツは多数だが、本物と断言できるものはあまり無い。オカルト染みているものばかりだ。今回の発掘品も、アランに対してはハイテンションにオーパーツだと豪語したが、簡単には信じられなかった。アトランティス大陸の伝説も口では信じていると言ったものの、本当にあるかは分からない。
「俺の方がロマンねぇなぁ。アラン、早く帰ってこないかな」
自分の呟きに、思わず苦笑いをしてしまう。夢を信じる者がいたから、自分も信じられるのかもしれない。
窓から外を眺めると、街が黄昏色に染まっていた。
職務時間はとっくに過ぎており、残っていた同僚たちは労いの言葉を掛けて帰って行った。場違いな工芸品も盗難と保管の為、俺の元から離れていった。
結果、俺だけが残されることになった。
しぃんとした部屋の中で俺は一人、本を開いて旅行帰りの友人を待つことにした。
だが、幾ら待ってもアランは現れない。
とうとう夜になってしまった。外は真っ暗だ。暫くすると警備の人が見回りに来る。見つかったら怒られてしまう。俺はとっくに読み終わった本を鞄に積めて、椅子から立ち上がり、帰宅の準備をした。
電話では三日後の朝にはサンフランシスコに着く、と言っていた。今は三日後の夜だ。空港から研究所までは三十分で行ける。どんなに混んでいても一時間もあれば着くだろう。飛行機は相当遅れをとっているらしい。
俺は携帯を確認しながら、部屋から廊下に出た。
連絡は無かった。俺はもう一度電話を掛けてみることにした。呼び出し音が鳴り続けるものの、一向に繋がる気配はない。延々と繰り返すコール音に、俺は諦めて通信を切った。まだ飛行機に乗っていて、電源を切っているらしい。
靴音が静かな通路に反響する。
空港に着いたら連絡をするようにとメールを送ってみたが、サーバー先不明という理由で返ってきた。
「おかしいなぁ…」
廊下を歩みながら俺は眉を顰めた。
若干の不安が心に芽生える。本当に電源を切っているだけだろうか。その問題だけなら、メールが送られないことは無い筈だ。電波も原因では無いと思う。
俺は首を傾げつつ、研究所を出た。生ぬるい風が西から吹き抜ける。明るさに慣れた眼では、外はぼんやりとした輪郭しか移らなかった。俺は腰ポケットから車の鍵を取り出し、車のロックを開けた。
その矢先、携帯が鳴った。
メール受信の音楽だ。期待して確認してみると、別の者からだった。俺は盛大に溜息を漏らし、文面だけ読んでメール画面を切った。そのまま乱暴に携帯をしまおうとした時、俺の目に飛び込んで来た情報があった。
『飛行機、失踪か?』
アプリの新着ニュース。無機質な字がテロップしている。俺はその記事をクリックし、食い入るように読んだ。
『9月3日、7時05分にシンガポールから出発をした、サンフランシスコ着の飛行機の連絡が取れなくなった。直前には、ハイジャックにあったという機長の言葉が残されていた。犯人はベーカーズフィールドへ行くよう要求していたとのことだが、大きな振動と人々の叫び声を最後に、機内からの連絡が途絶えた。乗客の安否は知れない。現在、飛行機の行方を追っている』
飛び込んで来た文字の羅列。猛烈な不安が体を取り巻く。
俺は、呆然とその場に立ち尽くした。
失踪した飛行機にアランが乗っていたことは、同僚達に瞬く間に広まった。夜の速報ニュースで乗客の名が挙げられた。その中に、彼の名前があったのだ。
行方不明者は従業員も含め206名。ニュースも新聞も職場も、飛行機失踪の話題で持ち切りだった。連絡が途絶えた付近を、警察が重点的に捜索しているものの、何の手掛かりも見つからないようだった。墜落音を聞いた者もいない。目撃情報もない。機体の欠片も海上に浮かんでいない。航空交通管制に至っては、突然レーダーから消えたと言うのだ。
無線に残された乗客の悲鳴を最後に、飛行機は忽然と行方を晦ましてしまった。勿論、アランとの連絡は繋がらない。携帯は無言のコール音を繰り返すばかりだ。
彼は航空機諸共、行方不明になってしまった。
時間だけが過ぎて行き、あれから五日が経った。
それでも、飛行機の破片すら発見されず、乗客達の行方も知れないままだった。
メディアは相変わらず色々な考察を並べ立てているが、乗客の安否については触れなくなった。職場には絶望的な空気が流れた。日に数回は必ず上げられた話題も、研究が進むにつれて消えていき、遂にはアランの仕事机だけが、ぽっかりと残された。
だが、俺は忘れなかった。インターネットや新聞、あらゆるメディアを利用して、情報を掻き集めた。
「消えるなんて、ある筈が無い」
飛行機が墜落したことが明確になれば、納得する。友の死だって受け入れられる。失踪、不明という曖昧さは許し難かった。心に漂う霞を、明確にしなければ気が済まなかった。
新聞紙上では様々な議論が成されていた。
メタンハイドレード説、マイクロバースト説。果てには宇宙人説までが取り出されている。
メタンハイドレードは地中に埋まっているメタンが噴出することによって発生し、飛行機がメタンを吸い込んで、出力低下を起こしてしまい、浮力を無くして墜落してしまう現象だ。それが原因で墜落したケースはある。だが、残骸が残る筈だし、その場のメタンが貴重な資源になっている筈である。墜落したポイントにメタンが多いという証拠もない。
今回の件では、有り得ないと言えるだろう。
マイクロバーストは、冷気の塊が地上に落ちた時、極端に強い風を引き起こす現象である。その風に煽られた飛行機は方向性を見失い、墜落する。こちらも飛行機の残骸が残っている筈だし、この現象は低空しか発生しない。あの時は高度41000フィートを飛行していた。最高に近い高度だ。マイクロバーストの影響なんて、受けない位置にいたのだ。
だから、これも有り得ない。
宇宙人説はその名の通り、地球外生命体が何らかの手段や目的で飛行機を消失させた。というものだ。オーパーツにおいての宇宙人説を信じているアランには申し訳ないが、俺は全く信じていなかった。
紙面を賑わせている説は、どれも信じられないものばかり。ただ人々の興味の、恰好の対象になっているだけであった。
「アラン、一体何に巻き込まれちまったんだよ…」
俺は、こう呟くことしかできなかった。
アランがいない間にも、オーパーツの調査は進んでいった。
二回目の炭素年代測定では、またも同じ年代を弾き出した。即ち約15万年前。この者が生きていた時代は、太古で間違いがないようだ。この発見でホモ・サピエンスが進出した歴史が変わるかもしれない。
問題は頭に穿たれた、謎の痕だ。
その痕を調査し、銃痕ということが確定をすれば、剥片石器を使っていた時代に銃が存在をしていたという、物凄い発見になる。この事実は、アトランティス大陸の存在を裏付ける証拠とも成りうる。
俺達は頭蓋骨について分かったことを共有し、纏めることにした。学者たちは一つの会議室に集まった。プロジェクターには、頭蓋骨の正面が投影されている。同僚が指差し棒を使って、解説を始めた。
「頭部の痕以外には、目立った外傷はありません。こめかみ辺りに、右から左に何かが貫通した痕があります。損傷が激しく完全には特定できかねませんが、銃弾という可能性はかなり高いです。損傷度合いを見ると、弾のタイプとしては拳銃型が一番近いです。しかし、高熱になった石が飛来してきて、直撃をしたという可能性も捨てきれません」
画面が側面に変わる。俺は損傷部分を眺めた。右は小さい穴、左は強い衝撃を受けたように大きく破損している。銃弾そっくりな石が拳銃そっくりに飛んできて、丁度頭蓋骨側部に当たった。そんな偶然と、有り得ない筈の銃弾を受けたのでは、どちらが有り得るのだろうか。古代には、銃が発明されている程文明が発達していたのだろうか。
俺がそうこう考えていると、次の話題に移った。
「それでは、これが頭蓋骨復元図の結果です」
眼前のプロジェクターに男性の正面画が映し出された。CGで描かれており、写真と見間違う程リアルだった。肌の色は白人に近いが、焼けた感じに描かれている。面長で鼻梁が高く、頬骨は少し突き出ている。眼窩は少し窪んでおり、彫りの深い顔をしている。茶色がかった黒髪で、切れ長の瞳は薄茶。髪型は古代の人間らしく、ぼさぼさに表現されていた。無精髭もご丁寧に描かれている。
「年齢は20~40代。180㎝前後。モンゴロイドとコーカソイドの混血、メスティーソ。この時代の人間にしては脳が発達しており、顎の骨格が細いように思われます。色彩は人種を考慮して、想像で付けさせてもらいました」
復元図の資料が配布される。正面の他にも、横顔と背部も描かれている。横顔には、銃痕のあった場所も記されていた。俺は手に取って、図を眺めた。
ふいに違和感を覚えた。
俺は眉をひそめて、顔を近付けた。何処かで見たことがある気がしてならない。デジャ・ヴュ感というやつだ。
「お前、何やっているんだよ」
資料を睨み付けて、近付けたり遠ざけたりしていたら、隣の同僚に不審がられてしまった。俺は古代人を指差し、小声で聞いてみた。
「この顔、何処かで見た気がするんだけど」
「資料の見過ぎじゃないのか? 資料に出てくる古代人って、大体こんな感じだろ」
「そうかなぁ…」
同僚の言ったとおり、俺は気のせいで片付けることにした。確かに資料を開けば多くの想像図が載せられているし、紀元前の知り合いなんていない。モニターには、まだ古代人の顔が大きく表示されている。
これから学者たちで議論が交わされる。
頭蓋骨を巡って、様々な説が挙げられるだろう。だが、俺は話し合いでは謎は解けないと、漠然と思っていた。
俺は夕食のハンバーガーを食べながら、パソコンを操作していた。検索欄には、『機長の言葉』『飛行機失踪』『サンフランシスコ』とある。
ニュースが更新されていた。直ぐにアクセスする。眉をしかめて、俺はディスプレイを見た。
機長の言葉としては、まずハイジャック犯の容貌、拳銃の形、要求を詳しく伝えている。危機的状況なのに、凄い対応力だ。次に銃声が響くが、脅しの為で、怪我人はいないようだ。それから少しして、旅客機に変化が訪れた。機長は、飛行機に多数の雲が取り巻いていると言っていたそうだ。それから人々の悲鳴が上がり、無線が繋がらなくなって、飛行機は肉眼からもレーダーからも姿を消した。
「雲が取り巻いた…。なんだそりゃ」
益々よく分からなくなった。
俺は首を傾げながら、次の記事を読んだ。
犯人の名前はイーサン=ブラウン。カリフォルニア州のベーカーズフィールド出身。搭乗者リストを洗ったところ、特徴と一致したらしい。
犯人は執拗にベーカーズフィールドに行くように要求していた。彼が海外にいた時に病気を患っていた父親が危篤状態になり、彼の母親が直ぐに戻るよう連絡していたそうだ。
シンガポールから直接ベーカーズフィールドに行ける便は無い。どうやら犯人は、乗り換えをする時間が耐えられなかったようだ。
「それで、飛行機ジャックか。考えられないな。普通に乗り換えをした方が早いと思うし、いい迷惑だよ」
俺はハンバーガーを一口食べて、文面を読み進めた。所持していた銃は、規制の緩いフィリピンで購入したようだ。彼は相当のガンマニアらしく、闇市で手に入れ、シンガポールを北上して、マレーシアに行こうとしていた。他の国でも購入しようと考えていたみたいだが、彼がシンガポールにいた時に、父の危篤の連絡があったようだ。
「規制の厳しいシンガポールで、よく銃が見つからずに単独でハイジャックできたな。何処にでも穴はあるということか。って、感心している場合じゃないな、俺」
アランの乗った飛行機をハイジャックするとは、許し難い行為だった。あと、機長の言葉から推測をすると、銃の型はM1911らしい。
「これって、ポピュラーな拳銃だよな」
俺はその型を検索欄に打ち込み、調べてみることにした。やはり、アメリカではかなり有名な部類に入るピストルだ。一般の者が想像する拳銃とさほど変わらない。装身は細く、灰色をしている。グリップは焦げ茶色。フィリピンではこの拳銃が簡単に、しかも安く手に入れられるようだ。
俺はパンと肉を口いっぱいに頬張りながら、首を捻った。
「まっさか、この銃が原因なわけがないか」
人に対する殺傷威力は充分にあるが、飛行機相手には力不足のような気がしてならない。大目に見てみて、拳銃一丁でも弾の限り操縦室に撃てば、機械は飛行機能を無くすかもしれない。だが、多数の射撃音が録音されているはずだし、他の者が黙って見ているとも思えない。操縦不能になっても、墜落するまでに猶予はある。墜落してしまったとしても、記録と破片が残るはずである。そもそも、犯人の目的は早くベーカーズフィールドへ行くこと。墜落してしまっては元も子もない。銃が原因だとは到底思えない。
俺は検索する方面を変えることにした。
検索欄に『消滅事件』と入力する。
過去に起こった事件を調べることにしたのだ。想像していたより多く引っかかった。今回の飛行機消滅事件の記事が多かったが、少し時期を遡るとバミューダ・トライアングルという単語が多く出てきた。俺はポテトを摘み、呟いた。
「あれか? 魔の三角領域とかいうのか?」
詳しくは無いが、概要は知っていた。フロリダ半島とプエルトリコ、バミューダ諸島を結んだ三角形の海域。そこに入り込んだ船や飛行機が、忽然と姿を消してしまうという伝説がある。百を超える船や飛行機、千人以上の人間が何の前触れもなく消えると、記事には書かれていた。
しかし、それは間違いであることを俺は知っていた。オーパーツと同じで捏造を繰り返し、話しが膨らんで行ってしまったのだ。名前だけが有名になりすぎて、違う事件でさえその傘下に入ってしまった。実際にはそう多くの事件は起きていない。三角領域の噂はオカルトの域を出ていないし、俺は眉唾物だと思っていた。
それに、アランの搭乗していた飛行機はその付近ではあったものの、三角形の中には入っていない。これは調べる必要は無いと判断し、俺は違う記事を探すことにした。次に目に付いたのは、とある事件についての書き込みだった。
「サンチアゴ航空513便事件…」
聞いたことがあった。俺は記憶を掘り起こしながら、記述を読み進めた。
「これって確か、偽造だったよな」
1989年、ブラジルの空港に一機の旅客機が着陸をした。機内を調べてみると、92名全員が白骨死体となって発見された。後に調べてみると、1954年に行方不明となっていた飛行機だった。という筋書きだが、これは架空の話しだ。
サンチアゴ航空というのも存在しないし、当時は自動操縦というのが無かった為、白骨化していたなら着陸なんてできる筈がない。真実としては、バラエティ番組が真っ赤な嘘を、さもあったかのように取り上げたのだ。ジョークのつもりだが、信じてしまう人もいた。捏造や虚構は、真実を埋もれさせてしまう。迷惑な話だった。
「消滅なんてある訳が無いのかな。やっぱり何処かに墜落をしているんだな」
そう納得をしようとしたが、俺の手は尚も消滅事件について調べを進めようとしていた。
「ダメだ、良い記事が無い」
引っかかるものは、オカルトまがいの内容のものばかりだ。知りたいのは、現実にあった消失事件だ。
根気強く調べていると、とある単語が俺の目に入った。
フィラデルフィア実験。細かい記述はなかった。聞いたことはあったけれど、詳しくは知らない。この単語がどうにも引っかかり、俺は検索してみることにした。
〝フィラデルフィア実験〟と打ち込んでみる。
「なんだこれ…?」
俺は、思わず目をむいてしまった。
1943年の第二次世界大戦中、アメリカのフィラデルフィアで秘密裏に行われた実験があった。それは、変圧器を使って船の磁気を無くすことによって、レーダーに対して不可視にするという内容だった。それは人を乗せた駆逐艦で行われた。結果は船が肉眼では見えなくなり、大成功したかに思えた。しかし、不可思議な現象が起こった。
船周囲から緑の煙が湧き、駆逐艦は完全に姿を消したのだ。
その船はどこへ行ってしまったかというと、その場から2500キロほど離れたノーフォークで発見された。
空間を飛び越えて帰ってきた船だったが、乗船者たちは悲惨なことになっていた。身体が船の一部に埋まったり、溶け込んだり、燃え上がったり、逆に凍結をしたりした。透明になった者もいた。生き残った者もいたが、殆どの者が精神に異常をきたしていた。死者16名、発狂者6名と多大な惨劇になってしまった。
記事を読み終わったとき、俺の背筋に嫌な汗が伝った。緑の煙のようなものが取り巻いた、というところに引っ掛かりを覚える。機長も灰色の雲が覆ったと言っていた。アランの乗った飛行機は、何かの拍子に空間を飛んでしまったのだろうか。何処か遠い土地に飛んでしまったのだろうか。そして、このような惨事に…。
そこまで考えて、俺は自分の考えに笑ってしまった。
傍らにあったコーラを喉に流し込む。
「はは、そんなことがある訳ねぇよな…」
空想を現実に当てはめるなんてどうかしていた。実験にしたって、実際にあったかどうかも分からない。記事には都市伝説と書いてあることだし、これもサンチアゴ航空事件と同じように、絵空事でしか無いように感じる。
俺はパソコンの電源を切り、ベッドに身体を預けた。傍らに無造作に置いてあった携帯を手に取る。返信は無い。
「なぁ、アラン。どこに消えちまったんだよ…」
銃創を持った古代人のオーパーツにせよ、飛行機消滅事件にせよ、人間の知の及ばぬところに、真実は雲隠れをしてしまう。
世界は、謎に満ちていた。
俺は愛用の車を走らせていた。
目的地は頭蓋骨の発掘現場、コソ山脈。何か証拠となるものを探す為だ。関連性のあるものが発掘されれば、新たな手がかりになるはずだ。
俺は運転をしながら、助手席に無造作に置いてある紙切れを横目で見た。オーパーツの復元図のコピーだ。視界の端に古代人の顔が映る。その時、何かが閃いた。
俺はもう一度眺めた。
昨日の違和感の理由が分かった。
復元図の顔が、アランに似ていたのだ。少し頬骨の張った、面長で彫りの深い顔。横顔の鼻梁と顎の出方。確か、アランはラテン系とネイティブアメリカン系の血を引いている。年齢は35。身長は180中盤。
そこまで考え、俺は片頬を上げて深く息を付いた。錯綜している。昨日遅くまで調べていたので、意識し過ぎている。そんなこと有り得る訳がないのに。
俺は復元図を裏返して、運転に集中することにした。
起伏のある道を超え、二時間程で俺達はオーパーツが発掘された地点に着いた。所々に穴が開いて、茶色い地層がむき出しになっている。
準備に取り掛かり、早速作業が開始された。
此処は頭蓋骨と同じ地層なので、発掘されるものは、ほぼ同年代と思って良いだろう。
考古学者は映画界では華々しい冒険を繰り広げるが、実際には地道なもので、エリアを決めてひたすら掘り続ける。一日行っても、何も収穫が無い日も多々ある。
本当に歴史や発掘が好きではないと、行えない仕事だ。
チームで時間や場所などの話し合いをして、俺達は仕事に取り掛かった。釘を打って、道具を使って掘り進めていく。
「剥片石器のようなものがあったぞ」
暫くして、仲間から声が上がった。その声に数人の同僚はその場へ行き、話し合いを始めた。俺はそれに参加せず、ひたすら地層を掘り広げていた。
あっという間に休憩時間が過ぎて、昼も傾きかかってきた。幾ら作業を続けても一向に何も出てこない。今日の収穫は剥片石器ぐらいだろうと予想された。
それは、半ば予想していたことだった。
銃創を持った頭蓋骨が出てきただけでも奇跡なのだ。関連するものが出土される二重の奇跡など、起こる筈がない。
俺が半ば諦めかけながら地層を一掻きした時、土の奥で何かが煌めいた。
心臓が早鐘を打つ。透明な、何か宝石かガラスのようだ。硬い地層に埋もれるそれを、慎重に取り出していく。遂に、俺はそれを発掘した。正体を見て、言葉を無くしてしまった。
卵程の大きさの、水晶性の頭蓋骨。
クリスタルスカルだった。
此処は15万年前程の地層だ。当然水晶を加工できる技術を有している筈がない。それでも、凹凸は見事な髑髏の形に形成されていた。俺は呆然とそれを眺めた。
「何か見つかったのか?」
「…いや、何も」
遠くから掛けられた同僚の言葉にそう返し、俺はそれを布で磨いた。少し拭いただけで思った以上に輝き、陽の光に髑髏はきらりと煌めいた。すると、特徴的な箇所を見つけた。
心臓が止まりそうだった。
俺は、このクリスタルスカルを知っていたのだ。
信じられない思いで、スカルの横頬から顎に掛けて、指でなぞってみた。滑らかな質感から凹みの手触りに変わる。
顎が欠けている。
まだ鮮明に残る記憶。そのようなものを所持しているのは、彼しかいなかった。
掌に収まるほどの水晶髑髏。イギリスで購入したと、嬉しそうに話していた顔が浮かぶ。彼の研究意欲の象徴のように、常に持ち歩いていた。しかし、ヘッジス・スカルが後に加工された物だと判明して絶望し、激情のままに地面に投げ付けた。その時に顎は欠け、二度と元には戻らなくなった。
それから彼は夢に対して懐疑的になってしまったが、夢の残骸を捨てることができないでいた。一人で座っていた時に、ひっそりと眺めていたことも俺は知っていた。
背筋に強い悪寒が走る。
目の前にあるのは、アランの持っていた水晶髑髏だった。
たまたま同じ箇所が欠けたのだろうか。
いや、それにしても似すぎていた。傷の深さも、向きも。そもそも発掘されたのは、古代の地層だ。転がっていた訳ではない。スカルの持ち主は飛行機で、行方不明になっている。
これは、一体どういうことだろうか。
俺が有り得ない事態に必死に思案を巡らせていると、背後の同僚たちが、話を始めた。
「おい、これって鉄じゃないのか?」
「まさか」
「うーん、よく分からないな。鉄鉱石じゃないのか?」
「人工鉄が作られたのは紀元前2000年くらいだぜ? 新人類が現れ始めた時代にあるわけがないだろ」
「ははは、そうだよな。一応掘ってみようか」
俺は振り返って目を細めた。同僚たちの手前、破片のようなものが地面から出ている。確かに石にも見えるが、腐食した人工鉄のようにも見えた。掌の中の髑髏が、重くなったように感じた。
突然、ある説が俺の中で閃いた。俺は水晶を握り締め、無言で立ち上がった。
「どうしたんだよ?」
怪訝そうに話し掛ける同僚を無視して、踵を返す。早足でその場を去ろうとしたところで、再び呼び止められた。
「おい、どうしたって言っているだろ」
「用事を思い出した。研究所に戻るわ、俺」
投げやりに言葉を返して、俺はそのまま現場から退出し、車に乗った。背中に注がれる奇異そうな眼差しなんて、全く気にしなかった。
俺は車を走らせた。
運転をしながら助手席にある復元図を持ち、まじまじと見詰めた。やはり似ていた、数十日前に会った友人に。
次に、握ったままになっているクリスタルスカルを眺めた。何度見ても、顎部分が欠けている。
銃創のある頭蓋骨と水晶髑髏、そして鉄の破片。それらは同じ地層から出土された。古代の時代から。
「馬鹿な、有り得ないだろ…!」
俺は自らの考えに、思わず否定の言葉が出た。
以前調べた記事が、脳裏に駆け巡る。
上空で失踪した飛行機。レーダーから姿を消す。悲鳴を最後に、途中で途切れた機長の無線。旅客機を包む灰色の雲。飛行機のハイジャック。犯人はハンドガンを所有していた。現代で作られた拳銃。フィラデルフィア実験。空間移動。墜落した飛行機。散らばる鉄の欠片。
今までに得た知識が、脳裏に次々と駆け巡る。
話しが飛躍しすぎて、理性が追いついていない。双方の思いがまだ衝突している。学者の知識がそれを否定しようとしている。だが、論理のパズルピースは確実にはまっていた。
俺は喘ぐように、言葉を漏らした。
「嘘だろ! こんな事あってたまるか!」
もし、飛行機が空間だけではなく、時空さえも飛び越えて行ってしまったとしたら。もし、アランの乗った飛行機が、タイムトラベルを起こしてしまったとしたら。飛行機が15万年前の土地に墜落し、何らかの理由で彼がその弾丸を頭部に受けたとしたら。
自分でも突拍子もない説だとは理解している。
インターネットにさえ、そんな記述は無かった。
有り得ないという考えが思考を埋め尽くしつつも、頭の隅で確信していた。手に握られたままの水晶髑髏が、それを証明していた。
行方不明になった友人の居場所を。
延々と思える移動の末、目的地に着いた。
俺は転がり出るように車から降り、持ち主の元へ走った。
銃痕がある15万年前の頭蓋骨。傍らに、クリスタルスカルを置く。それは灯りに反射して鈍く光る。
俺は、オーパーツにそっと話しかけた。
「アラン…お前だったのか…」