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オーパーツ  作者: 扉園
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オーパーツ -Alan-

 光が反射して煌めいている。

 私は水晶を眺めていた。それは卵程の大きさで、人間の頭蓋骨の形状をしていた。透明な水晶の髑髏は背景の色に同化しつつも存在を誇示し、私が見る角度を変えると、それは色を変化させる。眼窩は虹色に輝き、複雑な色彩を生み出している。光を全て吸い取ってしまったかのような、美しいプリズム。

 七色に惹き付けられていく。視線は鼻孔を通り、口元へ。徐々に下り、顎のラインへ行きつく。

 そこで、私は我に返った。輝きは急に色褪せ、幻想世界は現実に塗り変わる。手を動かすと、蛍光灯の光が目に突き刺さってくる。

 私は深く息を付き、持っていたそれを棚に置いた。

 これは模造品で、本物には幻滅をした筈なのに、まだ魅せられているなんてどうにかしている。

 腰掛けていたベッドから立ち上がり、冷蔵庫からリキュールを取り出す。わざわざ自宅から持ってきたアブサンだ。此処のホテルにはタイガービールやラッフルズがあるが、今の気分では無い。グラスに薄緑の液体を注ぐ。冷たい水で割ると、それは白濁に早変わりをする。

 私は液体を一気に煽った。独特の風味と味に、全身が酔っていく。

 程良いところで私はベッドに戻り、横になった。もう何も考えまい。これで心地良い眠りが保障される筈だ。

 瞳を閉じようとした時、甲高いコール音が響いた。私は眉をひそめ、水晶髑髏の隣にある携帯電話を手に取った。口を開く前に、私の耳に大声が流れ込んで来た。

『歴史的大発見だ!』

 私は電話から耳を遠ざけた。この煩い声の主は考えずとも分かる。仕事仲間のライアンだった。

「こんな夜更けに…。何がだ?」

 睡眠を阻害されたことに苛立ったが、私は彼の発見に興味を隠せなかった。ライアンは勿体ぶりながら、ゆっくりとその言葉を口にした。

『また、オーパーツが発掘されたんだ』

 私の心臓は高鳴った。返事をしようとすると、ライアンは勝手に喋り始めた。

『場所はカリフォルニア州のコソ山脈。銃弾のような痕があるホモ・サピエンスの頭蓋骨が発見された。1921年に発見された、銃創のあるネアンデルタール人の頭蓋骨と似た感じだよ。右側に貫通したような穴があって、左側が粉砕している。ネアンデルタール人は10万年前のものと測定されたが、今回のはもっと古いんだ。よく聞けよ。約15万年前だ。ホモ・サピエンスが出現してアメリカ大陸に渡ったのは約15000年前だ。その時代にアメリカには新人類がいるという資料はない。更に、この頃は中期旧石器時代で、剥片石器が出現した時代だ。そんな時代に拳銃なんてある筈がない。な、凄いだろう!』

 バーン、とふざけた声が受話口から漏れてくる。私は深呼吸をして、自分を落ち着かせた。現実的な顔を取り繕い、相手に的確な返事を返す。

「銃痕のある一五万年前の人間だって? 有り得ない。捏造ではないのか? ヘッジス・スカルもカブレラ・ストーンも古代に造られたものでは無かった。ネアンデルタール人の穴も銃痕だと断定されたわけじゃない。それと、興奮して喚き散らす癖を治せと言っているだろう」

 私はわざと気が無いように装った。此処は、慎重にいかねばならない。友人は私の忠告を聞いていなかったらしく、大声で叫んだ。

『とんでもない! 俺はこの目でしっかと確認をした。炭素年代測定がその年代を指すのを。今回は古いのに、銃弾痕もはっきりと確認できる。これは驚異的な発見だと思うぞ!』

「測定違いも沢山あった。信用ならないな。それに、銃痕と確定した訳ではないだろう」

 偽造していたり、間違いをしていたりした報告は幾らでもある。例を上げ出したらきりが無い。

『いやいや。これは正真正銘のオーパーツだと思う。15万年前に新人類はアメリカに進出していて、銃を開発していた新たな証拠になるんだ。この時にはもう、隠れて超古代文明が存在していた! 伝説の大陸はそんな以前にあったんだ!』

 私はむっとした。そこまでライアンが本物というのなら、そう仮定しておこう。しかし、オーパーツは誰が造ったという意見は、彼と一致しない。私は、とある説しか信じていないのだ。

「いいか。私は本物が見たいんだ。断じて、ただの人間が造ったものなんかじゃない。大体、そのような高度な技術、当時の人類が持てる水準じゃない。15万年前に超古代文明がある訳がないだろう! オーパーツは…」

『分かった、分かった! とにかく見に来いよ! まだ研究所にあるからな。見たら絶対に驚愕するからな! 今は何処にいるんだ?』

 ライアンは私の言葉を強引に終わらせた。思わず興奮してしまった私は咳払いをし、冷静に戻った。今はいい。本物か見極めた後、議論してやる。

「シンガポールだ。用事を済ませた後、出立する。三日後の朝にはサンフランシスコに着く」

『早くオーパス・ワンで乾杯をしたいな』

 故郷のワインの味が思い出される。私は微かに笑んだ。

「そうだな。記念すべきオーパーツの前で一杯やろう」

 そう言い残して、私は電話を切った。

 そのままベッドに横になり、深呼吸をする。手探りで棚の上の水晶髑髏の模型を掴み、眼前に持ち上げた。頭上の蛍光灯と重ねると、淡い光に包まれる。

 オーパーツ。それはout-of-place artifactsの略称で、場所や時代にそぐわない物品を指す。例えば恐竜の時代に人間の痕跡があったり、古代の遺跡からロケットそっくりの彫像が発掘されたり。明らかに時代がおかしいと思われる物のことである。

 この水晶髑髏もオーパーツだ。

 マヤ文明、アステカ文明など中南米から発見されたのを中心に、数十個が発見されている。私の持っている模造品のモデルは、ヘッジス・スカルと呼ばれる水晶髑髏だ。人間の頭部とほぼ同じ大きさで、一つの巨大な水晶から削り出されている。実物は見ることが出来ないが、レプリカでも実に見事な造形だった。水晶は硬度が高い物質で、なおかつ割れ易い為に加工が難しい。機械も存在していない時代に、人間はそんな加工技術を習得しているはずがない。

 復元をするとマヤ人と同じ人種になるとか、下から光を当て、眼窩を凝視すると大半の人が催眠状態に陥るということも言われている。私はこの幻想的なオーパーツを崇拝し、夢を膨らませていた。

 しかし。最近の調査で、大半のクリスタルスカルは近代に造られたことが分かった。電子顕微鏡の検査によって、水晶髑髏にはダイヤモンド研磨剤による切断跡が確認され、制作されたのは一九世紀末以降だと判明したのだ。更に、歯の部分や顎の取り付け部に金属ドリルによる加工痕があることが、調査で確認された。

 どうやら、粗削りの水晶髑髏がマヤ文明の遺跡で発掘され、近代の者達が精密に加工をしたらしい。

 私はその事実に、幻滅をした。夢が泥靴で踏み荒らされた気がした。

 卵サイズの水晶髑髏を眺める。視線を下にずらしていくと、顎の部分に行き当たる。顎の一部が欠けていた。私は絶望と怒りのあまり、それを地面に投げ付けたのだ。

 それから私は、幾度となくオーパーツに裏切られた。暴かれていく真実。贋作、捏造と言う結果。夢と現実を行き来し、疑う事を覚えてしまった。

それでも。私はクリスタルスカルを手放せないでいる。夢を捨て切れずにいる。ライアンの報告に、胸を躍らせている自分がいる。

 今回のオーパーツは銃で撃たれた15万年前の人間。普通に考えて、石を削り武器を作っていた時代に、銃なんてあるはずがない。銃が開発されたのは14世紀だ。古代における現代の痕跡。

 オーパーツには、説明が付かない部分があるのも事実だ。本物か、捏造か。どのような理由なのか。

 実際に見てみない事には始まらない。

 私は、瞳を閉じることができなかった。



「Chicken or noodle? 」

 私は声にはっとした。あれこれと考え事に夢中になっている内に、転寝をしていたらしい。

「Chicken please. 」

 慌ててフライトアテンダントに返事をする。

 身体に浮遊感を感じ、低い重音が耳に付く。私はとんとんと耳を叩いた。気圧の変化にはどうしても慣れない。

 機内食が目の前に置かれる。温かいチキン以外は、目新しいものも無い食事だ。

 私は伸びをして、固まった身体をほぐした。身じろぎをしていたら、肘が恰幅の良い隣の乗客にぶつかってしまった。少し睨まれたので軽く謝礼の意を表しておく。こちらの席まではみ出している肉を、何とかして欲しいと内心思う。

 窮屈な席に座り直し、余り腹は空いていないものの、機内食を口にかき込んだ。少しすると客室乗務員が飲み物を運んできたので、コーヒーを頼む。

 苦みを堪能してから、私はエンターテインメントから音楽を選択し、クラシックを聴いた。耳に心地よい旋律が流れてくる。膝かけを引き上げながら小さく欠伸をして、背もたれを倒す。瞳を瞑るも、眠りが訪れる気配は無い。どうも目が冴えてしまったようだ。あの電話があってから、よく眠れていない。

 私は腰ポケットに入っている水晶髑髏を取り出した。周囲に気付かれないよう、膝かけの中で眺める。トランクに入れる気持ちにならず、こんな処まで持って来てしまったのだ。淡い夢が心の奥底から浮上してくる。

 私がオーパーツの存在を知ったのは、大学生の時。

 古代遺跡に夢中だった私に、同級生のライアンが場違いな工芸品を教えてくれた。私はオーパーツに心酔し、資料を漁った。それはどのようにして造られたかを、二人で遅くまで語り合った。あれから十何年経ったが、私達の意見は一致した事が無い。

 ライアンは超古代文明を主張していた。それは先史時代に存在したとされる、高度に発達した文明の事であり、アトランティスやムー大陸などの伝説の大陸があげられる。文明は現代以上に発達をしていて、飛行機、船、潜水艦なども当然あったらしい。しかし、それは大地震や洪水で、12000年前に失われてしまった。

 彼は、オーパーツは超古代文明の名残だと言うのだ。

 フライトアテンダントが空になった容器を回収する。握ったままだった水晶髑髏を、ポケットに戻した。

私は超古代文明を否定していない。むしろ、あると思っている。その高度な文明はどこから来た、という箇所でライアンと意見を異にしているのだ。彼は人間達が全ての文明を築いてきたと思っている。私はあの時代の文明が、人間の力だけで飛躍的に向上しないと思っていた。私達は数万年掛って、この水準に辿りついたのだから。

 宇宙人説。私は、それを信じていた。

 オーパーツは宇宙から飛来してきた地球外生命体が、地球人に文明を与えた証拠。

 機械や武器の加工、建築術、天体の方位など全て、彼等から与えられた知識なのだ。

 そう言うと大半の者は鼻で笑うだろう。有り得ないと。

 地球外生命体と言うと、多くの者は映画で創作された姿を思い浮かべてしまう。映画中の彼等は人と共生する場合もあるが、時として人を襲う化け物として表現される。それが胡散臭い、オカルト的だと考える要因になってしまった。私は彼等が映画のような姿だとは思わない。

 古代から、宇宙人を仄めかす記述や壁画、美術品は多数存在する。古代シュメール人の制作した像は、明らかに人間では無い姿をしている。ヴァル・カモニカの壁画には、宇宙服を着た異星人のような人物が描かれている。

 広大な宇宙の中で地球は多大な生命を宿し、繁栄してきた。他の惑星に、人間並みに発達している文明が無いと、どうして言えようか。私はオーパーツの根底に、異星人の暗躍があると思うのだ。

 今回の銃創のある頭蓋骨はどんなものなのだろう。宇宙人の逆鱗に触れてしまった、哀れな人間なのだろうか。それとも人間同士で諍いがあり、授けられた銃器を使ってしまったのだろうか。

 直に銃痕を見てみないと、なんとも言えない。

 そもそも本物のオーパーツなのだろうか。私の疑念は膨らんでいった。陥りたくない、絶望を味わった感情に逆戻りしていく。単なる捏造だったとしたら。ほんの300年前に撃たれた、不幸な人間だったとしたら。現実と夢の狭間で葛藤をしていると、突然。

 炸裂音が響いた。

「っ!?」

 私は思わず飛び上がってしまった。隣の人も驚きの表情で周囲を見渡す。鋭い悲鳴が、津波のように広がった。

「動くなっ!」

 背筋が凍り付いた。

 私の席から数歩先に、拳銃を持った男が立っていた。ぎらぎらとした目を忙しなく動かし、四方に銃口を向けている。先程は威嚇射撃だったようだ。私は成るべく姿勢を低くし、犯人から目立たないようにした。

恐怖で手が震えるのを感じる。どうして金属探知器に引っ掛からず、なおかつこの飛行機を選んだのだ。私は胸の前で十字を切った。神よ、この状況からお守り下さい。お救い下さい。

 男は大股で前に進み、客室乗務員の一人に銃を突き付けて、唸るように言った。

「直接ベーカーズフィールドに行け」

 私は勇気を出して顔を右にずらし、犯人の動向を窺った。彼はひどく焦っているようだった。此処はサンフランシスコ空港行きだ。ベーカーズフィールドに向かうには、この飛行機から乗り継ぎをしなくてはならない。恐慌に陥った乗客の泣き声があちこちから聞こえてくる。

「うるさい!」

 もう一度破裂音が響く。息を呑んだ声がした後、辺りは呼吸音すら聞こえない程静まり返った。犯人は機内の前方を顎でしゃくった。

「コックピットに連れて行け」

 客室乗務員は小さく頷く。もう機長に連絡は伝わったのだろうか。私は早鐘を打つ心臓を宥めながら、犯人の背中を見ていることしかできなかった。

「早く」

 頭に銃を押し当てながら、苛々とした調子で女性を前に急かす。男が一歩、前に踏み出そうとした時。

 衝撃が襲った。

 犯人はフライトアテンダント諸共、通路に倒れ込んだ。

「何だ!?」

 叫び声が機内中に飛び交わされる。窓を見ると、人々は眩しさに目がくらんだ。四方は光に包まれていたのだ。灰色の雲が光を生みながら揺らめき、渦巻いている。雲は膨張と収縮を繰り返し、飛行機を呑み込もうとしている。私も呆然と未知の光景を見詰めた。

 30秒もそうしていただろうか。急に下降する感覚が襲いかかった。私は姿勢を低くして、謎の現象に身構えた。次の瞬間、身体中に電撃を浴びたような痛みが走った。全身が焼けるように熱い。呼吸ができない。脳回路が掻き乱され、思考が分解されていくようだ。自分と言う認識が、肉体が、何もかもが溶けて消え去ってしまう。

 それは永遠のようにも、一瞬のようにも思えた。

目を瞑って歯を食い縛り続けていると、やがて奇怪な体験は過ぎ去った。私は自分を意識下で確認し、深呼吸をした。まだ、私は生きている。

 しかし、左足首に奇妙な感覚を覚えた。引っ掛かったような、固定されたような、歯痒い感覚。

 私はその部位を確認した。

「…っ!」

 我が目を疑った。足首が椅子に突き刺さっていた。いや、違う。穴も継ぎ目も無い。

 完全に、溶け込んでいたのだ。

 有機物と無機物が、同化していた。痛みは無かったが、私は信じられない思いでそれを見詰め続けた。足を動かそうとすると、びくともしなかった。指の感覚は一切無くなっていた。靴の踵部分が少しだけ出ている。この事態を把握しようと脳が働こうとするも、空回りした。

 私は唖然としながら、隣を見た。

 恰幅の良い乗客は、身体を硬直させて息絶えていた。顔色は青白く、あたかも壊死をしたようだった。また、彼の右腕はまるっきり無くなっていた。赤い液体が噴き出し、周囲に水溜りができていた。

 私は胸を押さえ、嘔吐感に耐えた。胃が痙攣する。信じられない程の恐怖が押し寄せてくる。

 耳に、叫び声が突き刺さってきた。ようやく私は辺りを見渡して、我が身に起こった状況を認識した。

 全身が真っ黒に焦げた人、逆に凍り付いている人、部分的に欠如した人、精神に異常をきたした人がいた。椅子、床、壁など、飛行機の至る所には、人体の一部が生えている。それらは一部、蠢いていた。

 まるで神の加護を失った、地獄のような光景だった。人間の想像を軽く超える、悪夢。

 私は眩暈で意識が遠退きそうになった。

 どうしてこうなったかを理解出来ないまま、現実だけを突き付けられている。萎えそうになる心を叱咤し、私はシートベルトを剥ぎ取って逃げようとした。だが、無機物と同化した足首がいう事をきかない。一心不乱に足を引っ張った。

 その時、飛行機が大きく右に傾き、隣の人だったものが圧し掛かってきた。その重みに、私は通路に弾き飛ばされた。激しい痛みを左足に感じ、私は叫んだ。薄目で見ると、左足が血塗れになっていた。

 私は足を押さえて喘いだ。身体が自分の生温かい血液で濡れる。痛みで頭が真っ白に塗り潰された。頭上から、絶え間無い呻き声が聞こえる。

 右に偏ったまま飛ぶ飛行機は、小刻みな振動を繰り返し始めた。揺れは徐々に酷くなり、身体が揺さぶられる。遂に機体は前のめりになり、急降下をし出した。私は小さく悲鳴を零し、足を庇いながらうつ伏せになった。急激な重圧に耐えていると、下から突き出るような衝撃が襲った。地面にぶつかったみたいだ。私の身体は持ち上がり、強かに膝を打ち付けた。機体は轟音を響かせながら、地面を滑る。

 命尽きるかと思ったけれど、航空機は大破をすることなく着陸をした。

 停止をした機体に、微かに私はほっとした。それも束の間、破損した一部から火の手が上がり、人々を呑み込み始めた。早くこの地獄から抜け出さないといけない。

 脱出をすれば、誰かが助けてくれる筈だ。

 私は足を引き摺りながら、通路を這って進んだ。

 鼻孔からは、焦げ臭く生臭い匂いが入ってくる。息苦しくなり、私は袖で鼻口を覆って夢中で這い続けた。途中の状況は、決して見ないようにした。胸に抱いていたのは、生き残りたい、という執念だった。

幸い出口に近い席だったので、私は昇降口部分に到達することができた。そこは閉まっていたものの、破損をしており、人一人分抜けられる穴が開いていた。私は決死の思いでそこに身体を押し込んだ。肩が入らない。肩が軋むのもお構いなしに捻じ込むと、通過できた。だが勢い余って、身体を滑らした。

 私は飛行機から転げ落ちた。二、三回転倒し、地面に身体を打ち付けた。肺が圧迫されて息が出来ない。全身から力が抜ける。痛みに悶えていると、背後から燃料が弾ける音がした。そして。

 大爆発が起こった。地面が震え、物凄い爆音が鼓膜を揺るがす。反射的に頭を守ると爆風が襲い掛かり、背中に燃えるような痛みが走った。私は瞳をきつく閉じた。心を埋め尽くそうとする恐怖と必死に闘い、助かりたいという文句を何度も唱える。部品がばらばらと周囲に落下していく。高音の耳鳴りがする。長く感じられた爆発は過ぎ去り、辺りが静寂に包まれた。

 私は呻きながらも面を上げ、ゆっくりと目を開けた。

「…此処は」

 霞む視界で、ようやく外の世界を捉えた。

「冗談じゃない。冗談じゃないぞ…」

 私は声を振り絞った。真っ白い息が吐き出される。理性が拒否を望むが、全身の痛みがそれを現実だと物語る。歯の根が噛みあわずに、かちかちと鳴った。

 見たことも無い世界が、そこにはあった。

 辺りには雪が降り積もり、溶け出した箇所は丈の高い植物が茂っている。針葉樹もまばらに生え、草原と樹が入り混じっていた。

 左側の遠景には緩やかな斜面の針葉樹林があり、そこには3~4mほどの生物がいた。顔面は剛毛に覆われ、背中には甲羅のような装甲が付いている。棒状の尻尾の先端には、鋭い棘も見受けられた。その生き物は山の中へ消えていった。右側では、7mに達するかと言う熊に似た生物が、長い舌を出しながら歩いていた。

 震えながら景色を見続けていると、逆にこちらに近づいてくる影があった。

 それは三人の人間だった。

 しかし髪と髭は生え放題で、動物の毛皮を材料にした服を着ている。身を低くし、眼光を鋭くしてこちらを見ている。手には、石で作った槍を握っていた。爆発を聞き付けて来たようだが、私が見慣れている人間と明らかに異なっていた。未開の地に飛行機は墜落してしまったのか。いいや。こんな光景、あり得ない筈だ。

 一体、此処は何処だ。

 理解の範疇を超え、頭が真っ白になった。視界が歪み、全身が総毛立つ。恐怖と低気温に、私は信じられないくらい震えていた。

 その者達は座り込んでいる私を見つけると、一歩近付いてきた。瞳には怪訝な色が浮かんでいる。槍を持つ腕が、少し前に動いた。

 私はどうにか踏ん張り、立ち上がって後ずさった。左手側では、飛行機の残骸が炎を上げていた。あんなに巨大な機械が、瞬く間に鉄屑になってしまった。中に大勢の人を含んだまま。私は嗚咽を零しながら、下がり続けた。茂みの蔭から、見たことも無い巨大な虫が現れ、足元を過ぎていった。私は思わず叫び、尻餅を付いた。

 それに反応をしたのか、三人はもう一歩踏み出してきた。彼等はこちらを強く睨み付けている。私は無我夢中で座り込んだまま、背後に下がった。

 右足に固いものが触れた。それは、一丁の拳銃だった。血がこびり付いていたものの、私はそれを掴み、相手に向けた。両手がかじかんで、感覚が無くなっている。それでも標準を合わせながら牽制した。するとその者達は動きを止めた。動向を窺っているようだ。私はゆっくりと起立し、銃口を向けたまま、じりじりと下がった。その時、何かが腰ポケットから転げ落ちた。

 水晶髑髏だった。

 一人の者が高らかに吼え、槍を高く上げた。

 脳に危険信号が走り、私は方向転換をして血の跡を引きながら走った。途中何度も躓きそうになるが、必死に持ち直す。生きる希望に縋りたかった。死に物狂いだった。少し走ると、見晴らしの良い場所に出た。足元は切り立った崖になっている。崖の底は、目が眩むような奈落になっていた。

 そこで見た光景は、私を絶望の底に叩き落した。

 雪と針葉樹交じりの草原に、何体もの巨大な動物が闊歩していた。空にも未知の鳥が滑空しており、右手の海は厚い氷河に覆われている。吹いてきた冷たい風が、私を撫ぜる。何処までも大自然が続いている。人類が興した文明の痕など、微塵も無い。

 美しくも残酷な自然が、此処を支配していた。

「はは……」

 思わず笑いが零れてしまった。無理だと悟った時の、諦めの笑い。私はゆっくりと銃を上げた。背後から威嚇する声が聞こえてくる。此処は、私の知っている地球ではない。銃口を自らの頭部に当てた。頬に、一筋の雫が零れ落ちる。

 そして、引き金を引いた。



「あいつ、遅いな…」

 ライアンは頬杖を付いて、友人が来るのを待っていた。眼前には議論の対象がある。連絡を取ろうとしても繋がらない。約束に遅れたり、連絡を怠ったりする性格ではないのに。きっと飛行機が遅延しているのだろう。

 ライアンはオーパーツに手を伸ばし、銃声を口ずさむ。

 指が、頭蓋骨を弾いた。




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