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長崎隠れキリシタン異聞

作者: 北 新一

NA 時は、幕末、安政5年(1858年)、幕府は米国に続き、フランスなど5ヵ国と修好通商条約を締結し、長崎を開港した。そこに、新たな外国人居留地を設け、居留地に限って、教会建設を認めた。これをうけて、元治元年(1864年)、長崎に大浦天主堂が建てられ、フランスよりベルナール・プティジャン神父が初代主任司祭として赴任した。今からお聞かせする話は、その翌年の春の出来事である。

    

 SE 畑に鍬を入れるザクザク

イネ「ベルナール神父様、精が出ますね」

神父「私の家は、農家だったのです。フランスの田舎の百姓の出ですよ。だから、時々、土いじりをしないと落ち着かないのです。教会の庭で、こうして畑仕事が出来るのは喜ばしいことです。気候も随分和らいできました。日も長くなってきました。もうす

ぐお彼岸ですね」

イネ「神父様が、お彼岸だなんて、おかしい」

  イネの笑い声

  SE ギイギイ

神父「誰かが、懸命に教会の扉を開けようと

していますね」

イネ「はて、誰でしょう」

神父「ふむ、見かけない人達ですね。大勢で一体何事でしょう」

  神父とイネ、教会の扉に近づく

イネ「あなたたち、何か用ですか。畑でとれてものでも持ってきなさったのか」

  しばらく沈黙

神父「まあ、いいでしょう。とにかく、中に入りましょう」

  神父が教会の重い扉を開くギー

神父「どうぞ、お入りください」

イネ「ここは、土足でいいから、そのまま入りなさい」

  皆、ぞろぞろと教会堂の中に入って行く

人数は十人以上

ユリ「おお、マリア様だ。皆の者、ひざまずけ、お祈りをささげよ」

  その他の人々の感嘆の声を上げる

 そして、ひざまずく音

神父「あなた達は・・・」

ユリ「ワレラノムネ アナタノムネトオナジ」

神父「イネさん、なんて言っているのですか」

イネ「さて・・・」

女性「ワレラノムネ アナタノムネトオナジ」

ユリ「我らの宗旨は、あなたの宗旨と同じです、と言っているみたいですね」

神父「なんと!」

ユリ「ワレラノムネ アナタノムネトオナジ」

神父「おお、神よ。遂に、探し求めていた人達が見つかりました。私の考えは間違っていなかった。この国には、あなたへの信仰を捨てずに、二百年間、祈りを絶やさず、ささげていた人達がいたのです」

イネ「神父様のお祈りが通じたのですね」

与作「パードレ様、長い間、お待ちしておりました」

神父「私こそ、あなた達を待ち望んでいました。こうして万里の波頭を越えて、この国に来たかいがありました。主よ、感謝します」

与作「私どもは、デウス様へのお祈りを絶やしたことはありません。ついこの間まで、カナシミ節も守りました」

神父「カナシミ節・・・」

与作「ゼス様が、十字架にかけられ、また、蘇りなさる日の前の日から遡って、四十六日の間のカナシミの日のことです」

神父「おお、なるほど。レント、四旬節のことですね。あなた達は、四旬節を守ってきたのですね」

  イネ、涙ぐみながら

イネ「神父様が、長く待ち望んだ日が、やってきたのですね」

神父、しばらく、小声で、感謝の祈りを

捧げる。それが、終わると、人々は、一

斉にオラショを唱える。神父、暫し、そ

れに聞き入る

神父「うん、素晴らしい。意味は、よくわからないが、オラシオ(Oratio)の雰囲気を感じさせる」

  オラショが、終わる

神父「ところで、あなた方は、どちらから、いらしたのですか」

与作「私どもは、ここから北に・・・」

  与作が、話し出すのを遮るように

ユリ「黙れ、与作。滅多なことを言うもんでない」

与作「しかし、イザベリナ様・・・」

神父「あなたの名前は、イザベリナと言うのですか。洗礼名ですね」

女性「その通りでございます。生まれ名は、ユリでございます。パードレ様。我らは、皆、このような名前を持っております。与作は、ガスパルでございます。しかし、我らがどこから来たのか、それは、言うわけにままいりませぬ」

神父「心配いりません。このことは、お役人様には、決して言いません」

イネ「皆の衆、安心しなされ。神父様は、お役人より、お偉いお方だ。神父様が、心配いらないと言ったら、絶対に、大丈夫だ」

  一同、ガヤガヤと相談している様子

ユリ「ならば、申し上げます。我らは、ここより、北に二里ばかり行った所、浦上村よりやってまいりました」

神父「何と、そんなに近くに!五島列島辺りだとは、にらんでいたのだが。灯台下暗しとは、まさにこのことだ。とにかく、皆様、よくぞ訪ねて来て下さいました。イネさん、飲み物と食べ物を用意してください」

イネ「わかりました、神父様。それでは、皆様、食堂に行きましょう。さあさあ」

SE 一同、イネに、促されて、食堂に向かう。神父も、後に続く。

SE 食堂の様子(食器を並べる音、グ

ラスの触れ合う音、椅子を引く音)

神父「イネさん、先週、フランスから届いたワインがありましたね。あれをお出ししてください。昨日焼いたクロワッソンもね」

イネ「クロワッソンは、いいですが、ワインはねえ・・・」

神父「いいんですよ」

イネ「神父様が、そうおっしゃるならね・・」

 SE グラスにワインを注ぐ音

 それを見て感嘆の声を上げる一同

ユリ「ブドウのお酒ですね。聞き伝えで存じておりますが、実際を見るのは初めてです」

神父「そうでしょうね」

ユリ「我らは、御産待ち、御誕生の日には、御神酒を使います」

神父「なるほど、クリスマスイブとクリスマスのことですね。その日を日本のお酒で祝うと。なかなか、興味深い光景ですね」

 神父、なごやかな口調で語る

イネも、つられて、ユーモアたっぷりに

イネ「ならば、我ら一向門徒と変わらないですね」

  ユリ、驚いたように

ユリ「イネさんでしたね。あなたは、キリシタンではないのですか」

イネ「はい、うちは、代々、一向門徒です。縁あって、こうして、ベルナール神父様に仕えております。父が貿易商を営んでおりましたもので、フランスの貿易商の方の伝手で神父様とお知り合いになりました。父の死後、天主堂で、働かせていただいております。イエス様のことは、これから勉強したいと思っておりますが・・・」

  ガヤガヤと、一同が騒ぎ出す。

 皆、驚いた様子

  ユリ、詰問調で

ユリ「パードレ様。あなたは、異教の者に身の回りのお世話をさせていて、何とも思わないのですか。悪魔が、忍び寄ってくるとは思わないのですか」

神父「これは驚きました。この国では、公には、キリシタンは、存在しないことになっている。大っぴらに、キリシタンの下働きを募ることなんて出来ますでしょうか。それに、イネさんは、たいへんな働き者です。イエス様、そう、あなた方の言い方では、ゼス様ですね、その方に対する理解も、普通の日本人に比べ、非常に深い。彼女を教会で雇うのには、何ら問題はないと思いますが」

ユリ「我らには、そのお考えは、わかりかねます。我らは、キリシタンと言う素性は隠しておりますが、極力、異教徒とは交わらないようにしてまいりました。たとえ、子守奉公といえども異教の者には任せはしませぬ。まして、下働きを異教の者にさせるなど考えも及びませぬ。我らは、パードレ様への御奉仕とあらば、死をもいといませぬ」

イネMO「なんだか、気分が悪いわ。なんで、この人達に、こんな言われ方しなきゃいけないの。私は誠心誠意、神父様に仕えてきたというのに」

  神父、少し、怒ったような言い方で

神父「これは、困りましたね。あなたがたの信仰に対する熱意は、十分理解しました。しかし、ここで、この議論をこれ以上続けるのは、やめにしませんか」         

 一同の失望の声。嘆き悲しむ声

ユリ「さあ、皆の衆、帰るぞ。この方は、パードレ様ではない。パードレ様の仮面をかぶった悪魔だ。きっと、長崎奉行所の役人とも通じておるに違いない。お上の手の者が、きっと追って来るに違いない。一向門徒衆が襲ってくるやもしれぬ。帰りは、こころしてかかれ」

与作「イザベリナ様。我ら、覚悟は出来ております。早く、この悪魔の館から立ち去りましょう。皆の者、行くぞ」

  一同、オオーと言って、帰り支度をする

イネ「お待ちなさい。私が、一向門徒と言っても、それは形ばかり。今は、神父様の教えに強く傾いております。行く行くは、洗礼を授かりたいと望んでおります。それでも、私は、悪魔を呼び込む魔性の者なのですか」

神父「そうです。イネさんは、イエス様の教えを深く理解し始めている。私は、機会を見て、洗礼を授けようと思っていました。しかし、まだ、その時期ではないと判断しているのです。非常に危険を伴いますしね」

ユリ「危険ですと?我らは、命がけで、200年以上、デウス様への信仰を守ってきた。昔のパードレ様方も命がけで布教された。殉教された方も大勢おられる。お前は、そのパードレ様とは違う。偽物だ」

与作「そうだ。そもそも、『イエス』とは何者ぞ。ゼス様ではないのか。デウス様が、この世にお遣わしになった一人子はゼス様だ」

  神父、叫ぶように

神父「違う。言い方が違うだけだ。ゼスもイエスも同じだ。そもそも、あなた達は、間違っている。デウスとは何者ですか。ギリシャ神、ゼウスの出来そこないのような名前の神は。一人子イエスをこの世にお遣わしになった神はヤハウェだ。デウスなど異教の神に違いない」

  ざわめき、怒りの声、ドンドンと抗議の

床を踏み鳴らす音

ユリ「正体を現したな。デウス様をそのように貶めるとは、お前は悪魔だ。悪魔に違いない。今、ハッキリとわかったぞ」

イネ「何を申されますか、神父様に向かって。売り言葉に買い言葉でございます。あなたたちが、あまりにも、無礼なことを言うので、神父様もつい・・・」

  イネの最後の言葉は消え入りそう

与作「イザベリナ様、我らは、このまま帰るわけには参りませぬぞ。パードレ様を騙り、あろうことか、デウス様を誹謗する、この異人と、ふしだらな一向門徒の女を放ってはおけませぬ」

ユリ「与作、わかっておる。皆の衆もわかっておるな」

  オオーという叫び声

  皆が、懐や荷物入れの中から短刀を取り

出す音

神父「何をする。おやめなされ。この神聖なる聖堂で、そのような刀を持ち出すとは」

イネ「神父様、お逃げください・・・」

与作「そうはさせねえ、覚悟しなされ」

  短剣が、体に刺さる音。神父とイネの叫

び声

NA その後、教会の食堂で、血まみれになって倒れていたベルナール・プティジャン神父とイネは、叫び声を聞いて駆け付けた近隣の人々の手によって、フランス人医師のいる、できたばかりの病院に担ぎ込まれ、彼らは、なんとか一命をとりとめた。人々が、会堂に駆け付けた時には、キリシタン一行は、既に、姿を消していた。

   

SE 波の音。船をこぐ櫓の音が断続的に続く

与作「イザベリナ様が、いざという時のために、五島に逃れるための船を用意して下さっていたのが、こうして役に立ちました」

  SE 遠くでカモメの鳴く声

与作「しかし、我らは、とんでもない間違いを犯してしまったのではないでしょうか。あの方は、本物のパードレ様ではなかったのでしょうか」

ユリ「何を言う。あのような女を側に置くなど、本物のパードレ様が、なさるわけがない。ましてや、デウス様を何やらの出来そこないと言いよった。私は、爺様方から、昔々のパードレ様の話を聞いておる。例えば、五島に、やって来なさったアルメイダ様というパードレ様は、女人を一切側に近づけなかったそうな。その上、医術の心得がおありで、デウス様のみ名において、お殿様の御病気を治された。そして、お殿様はじめ、御一統様を信仰へと導きなさった。あのお方こそが、真のパードレ様だ。我らは、偽パードレ、即ち、悪魔を退治したまでよ」

与作「それを聞いて安堵いたした。我らは、デウス様の教えには、決して背いてはおらぬということですな。それにしても、イザベリナ様は、我ら隠れ信徒の生き字引でございます。あなた様に従っておれば、何の間違いもございませぬ」

  SE 波の音、オラショの声FO

  NA ユリ達一統は五島に逃走、福江島の隠れキリシタンの里に潜伏した。長崎奉行所は、何故か、彼らを積極的に捕えようとはしなかった。この後、隠れキリシタンへの激しい弾圧が始まる。世に言う「浦上四番崩れ」である。これは、一般には、宗教弾圧と捉えられているが、事件の裏に、このような出来事があったことは、誰も知らない。








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