ミッション③「ジュンを癒してあげよう」【シロ】
ミッション③「ジュンを癒してあげよう」【シロ】
――フゥ。屋敷の外は寒いけど、部屋の中は暖かいや。
「いいですか。坊ちゃまは、ゆくゆくはこの屋敷の当主になられるのです。今は旦那さまがご健在ですが、二十年、三十年もすれば、私のように年老います。そのとき、坊ちゃまが頼りない有様では困るのです。ですから、手遅れにならぬよう、頭が柔軟なうちに帝王学をマスターし、しかるのち」
滔々と雄弁を揮う老人に対し、少年は飽き飽きしたとばかりに口を挟み、演説を遮る。
「はいはい、わかりました。お部屋で、大人しくしてます」
老人は、不貞腐れている少年を不服そうに見下ろしつつ、次の台詞を残し、踵を返して部屋を出る。
「わかれば、よろしい。課題を終わらせるまでは、部屋から一歩も出てはなりませんぞ」
ギィと部屋のドアが閉まり、カチャリと錠が下りる音がすると、少年はドアに向かい、指で片目の下瞼を下げて舌を出す。そして、ボフッと埃を立てながら、背中から大の字でベッドにダイブする。
――さて。そろそろ出番かな。
机の下、椅子の脚の隙間を縫うようにして、白くて長い巻き毛を持った猫が、口にエノコログサをくわえて姿を現し、小さくニャアと甘えるような鳴き声を出す。少年は、悪戯がばれたときのような顔をしてガバッと起き上がり、声のしたほうを向く。そして猫の姿を認めると、ホッと胸を撫で下ろし、猫の前に両足を揃えてしゃがみこみ、口に指を当てながら小声で言う。
「シーッ。今は、構ってやれないんだ。勉強しなきゃいけないからね。だから、また今度」
――そんなの、俺には関係ないよ。ジュンだって、本当は遊びたいんだろう?
猫は、少年の足下にエノコログサを落とすと、キラキラと瞳を輝かせて少年を凝視する。少年は、しばらく猫と睨めっこしていたが、やがて根負けしたとばかりに片手にエノコログサを持って囁く。
「遊んでやるけど、大きな声を出すなよ」
――やっぱり、遊びたかったんだね。良いよ。今だけは、ガミガミ爺さんのことは忘れよう。
猫は、少年が動かすエノコログサに合わせて、同じように右へ左へと反復横跳びのごこく動きつつ、穂先を掴まえようと前足を繰り出す。
「結構、すばしっこいな。――あっ」
少年の動きを先読みしたのか、猫は一度左に動くのをやめ、右に戻ってきたところを素早くキャッチし、少年の手からエノコログサを奪い取る。
「それに、なかなかお利口さんだ」
少年は、そう言いながら猫の頭を撫でる。猫は、気持ち良さそうに目を細めると、小さくグルルと喉を鳴らす。そして、ゴロリと背中を下にして腹を見せる。
――遊んでくれたから、モフモフさせてあげるよ。冬毛だから、一年で一番フカフカしてるんだ。
少年は、恐る恐る手を伸ばし、猫が無防備に晒している腹に手を当てると、そのまま毛並みに沿ってソッと撫で始める。やがて、猫が嫌がっていないことを直感した少年は、ワシワシと遠慮なく両手で撫で回す。その顔に、先程まで浮かんでいた疲労の色は、ほとんど残っていない。
――作戦成功、なんだけど。ハハッ。くすぐったいよ。
※シロ:家猫。化ける前は、ペットショップから一軒家に引き取られた。純種、長巻毛。
※ジュン:十一歳。屋敷の次期当主。甘えたい盛り。