ミッション②「パパを引き留めよう」【アオ】
ミッション②「パパを引き留めよう」【アオ】
――誰だって、独りぼっちは嫌だろう。それに、すぐに帰って来るといって帰って来なかったことがあると、今度は本当に帰って来るだろうかって疑心暗鬼になるものだ。
「パパ。どうしても、お仕事に行っちゃうの?」
小柄な少年が、背広を着て、トランクにシャツや書類を詰め込んでいる中肉中背の男に向かって不安そうに言った。男は、トランクの側を離れ、ネクタイを結びながら言う。
「大丈夫だよ、ジュン。今度の日曜日には、必ず帰って来るから」
男はネクタイから手を離すと、ニッコリと陽気な笑顔を見せながら、少年の頭を撫でる。
「昨日の晩、お風呂でお約束したもんね。絶対だよ?」
少年は、頬を赤くして照れながら確認した。
――よし。今がチャンスだ。
猫は、ナイトテーブルの下から姿を現し、ベッドの上に置かれたトランクに向かってジャンプする。二人は、それに気が付かない。男は、ほうれん草を食べた後のポパイのように片腕を曲げ、力瘤を作ってみせながら言う。
「心配するな。パパの身体は、アイアンレンジャーみたいに強く出来てるから」
「でも、車でしょう。交通事故に気をつけてよ、パパ」
少年が不安そうに言うと、男は拳で胸を叩きながら自信満々に言う。
「任せなさい。パパは、いつでも安全運転さ」
そう言うと、男はトランクを閉めようとしたが、そこにグレーの短毛で青い眼をした猫が、畳んだバスタオルの上で丸くなっているのに気付き、声をあげる。その大きな声につられて、少年もトランクの中を覗きこんで言う。
「おや。これは、困ったな。君は、出張に連れて行けないぞ」
「あっ、猫さんだ」
――吾輩は、猫さんである。敬称つきだ。敬え、称えたまえ、人間諸君。
猫は、尻尾をフリフリと左右に動かすと、大きく欠伸を一つして、目を閉じる。
「ねぇ、パパ。猫さんが寝てるのを邪魔しちゃ悪いから、出張は明日にしようよ」
少年が、男に向かって愉快そうに提案すると、男は困ったように腕を組んで唸る。そして、懐からスマホを取り出すと、太く逞しい指でその画面を数回タップし、耳に宛てて話す。
「もしもし。……あぁ、俺だ。例の件だが、午後からに変えられないだろうか。……わかってる。しかし、ほぼほぼ根回しは済んでるのだろう?。……さすがだね。それじゃあ、よろしく頼むよ」
男は、画面を一回だけタップしてスマホを懐に仕舞ってから、悪戯っぽく微笑みながら少年に言う。
「無理を言って、お昼まで引き伸ばしてもらった。さぁ、まず何をしようか?」
「わぁい。それじゃあ、お庭でバドミントンしよう。すぐにラケットとシャトルを持ってくるから」
そう言うやいなや、少年は部屋を飛び出して行く。男は背広のジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを外すと、その場で軽く肩や腕を回し、おもむろに部屋を出る。
――フフッ。作戦、成功。
ゆらゆらと揺れる尻尾は、やがて二又に分かれる。
※アオ:捨て猫。化ける前は、ペットショップから集合住宅に引き取られた。純種、短毛。
※パパ:ジュンの父親。親馬鹿。出張が多く、あまり家に居ない。