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第3項 これからとこれまでと

 ディネールの宿屋に帰った。

落ち着いた雰囲気の宿だが、年季が入っていて歩くたびにキシキシと悲鳴をあげていた。

「おうっ、ゼクスのニイちゃん。もどったか」

強面の髭面の店主デギンズが出迎える。


 どこか上の空のゼクスは、聞こえていないようだ。

 カウンターに鍵を渡していたゼクスはデギンズから受け取ろうと手を差し出すと、手を握られる。

 ギュッと、力を込められるゼクスは悲鳴をあげた。

「いたい、痛いっ。何すんだよっ」

 手が真っ赤になる。手はじんじんと麻痺したように痛む。


「なんでい、ちゃんと意識があるんじゃねえか。なーにそんなに考え込んでるんでい?」

 もさもさのヒゲを弄りながらニヤニヤとしている。

光沢のある頭には、鋭利なものでえぐられたような傷が深々と残っている。筋骨隆々の身体をしているため、歴戦の戦士と見間違えてしまう。


宿屋一筋の彼に戦闘経験はない。

「明日予定ができてな、それで何をするんかなーって考えててよ」

 握られた手をグッパッと動かして痛みと痺れを和らげていく。

「予定があるけど、何をするかワカンねぇって、どんな用事だよ」

「企業秘密だ」

鼻を鳴らしながら高らかに告げる。


 他人からしたら、大したことじゃない。でもゼクスにとっては嬉しく、このままでは眠れそうもないくらいの興奮を抑え、

「--ただ、俺が変われるかもしれない出来事が起きるはずだ」

 デギンズは首を傾げる。



 204号室。待合室からほど近い場所だ。

 腰に携えた騎士時代から愛用している長剣をテーブルの上に投げ捨てる。身軽になった体をベッドに投げ込み、顔を埋めた。


 体は疲れていない。それもそうだ。今日は何もしていない----いや、今日もと言った方が正確か。

 寝返りを打ち、天井をぼうっと見つめると脳裏にアイリの顔が浮かぶ。

(可愛かったな……)


月夜に照らされた彼女の顔、店内で笑う彼女の顔が目まぐるしく脳内を駆け巡り、なんとも言えない感情がゼクスを覆い尽くす。

 惚けたように虚空を見つめた。

 天井の木目が彼女の横顔のように思えてしまう。


 ハッ、と我に帰ったかのように目を見開くと、両手で顔をおおう。

「うおおおぉおっっ! 何考えてんだよっ」

 顔を真っ赤にしてベッドの上でのたうち回る。


 勢い余って、転げ落ちるとちょうどテーブルの足に頭をぶつけた。

「ぐおおおぉおっっ!」

 地べたで頭を抱えながらのたうち回る。


という一人コントをやっていると、隣の部屋から、ドンッと壁を叩かれた。

「くそっ、俺らしくない事してるな」

 一旦深呼吸をして、そなえつけの小さな椅子に腰を下ろす。


 使い古した長剣。メンテナンスなんてロクにしてない。本来シアンブルーだった柄は黒ずんで、セルリアンブルーのようになっていた。



 鞘から引き抜くと刀身が姿を表す。

 ゼクスの生活を物語るように輝きを失っていた。

光にかざして刃先を見ると、所々刃こぼれが起きている。

「あぁーっ、器具もねぇよ」


 浅く座り直し、脱力すると天をあおぎ見る。


(そういえば、こいつとも6年になるのか)

 椅子ごと体をゆする。


 騎士になった時から使っている。父親からも贈られたが、そっちは一度も使っていない。

贈られてきた箱に入ったまま、その姿をいまだ拝んでいない。

 ゼクスは左手にはめた革手袋を外す。


 手のひらに描かれた小さな円。複雑な幾何学模様が描かれ外周の二重円の内側には、どこの言語でも読めない文字。

 手を前に出し、軽く握る仕草をすると光の粒がまといやがてつるぎの形になっていく。

 現れたつるぎをテーブルに置く。


 ゼクスはおもむろに立ち上がると、両手を合わせ、水平に手を広げる。

 同じように光の粒が集い、いくつもの武具が現れる。空中を浮遊するそれらは帯刀しているものに比べると新しいものばかり。


「まだ力は使える、と。まあこんなもんか」

一瞥すると手をかざしまた光の粒となって霧散する。

 明日何をするのかわからないが、危険なことではなさそうだ。しかし、何かあった時のために、できることはしておいた方が良い。


 左手に描かれた小さな魔法陣は、持ち物をある程度、魔力変換して持ち歩くことができる術式だ。

広げていた剣を立てかけると、テーブルに手をかざす。

 手のひらから次々と物が溢れ出てくる。主に瓶詰めされた治療薬のポーションや保存が聞く干し肉、水の入った皮袋。



 入っていたものを全て確認すると、また左手の魔法陣に内包していく。

ゼクスはベッドに身を投げると、時間かからずに眠りに落ちていった。


「いつまで寝ている、ゼクス」

 まどろみから聞こえる低い声。

 声の主、全身甲冑を見にまとったゼクスの父親、ジークだ。

ゼクスは夢だと理解していた。明晰夢とやつだ。

まだ帝都にいた頃、小姓に出される前。まだ何も知らなかった。父親のことを純粋に見れていたころ。

場面が変わり、騎士学校を卒業。実家に送られてきた一枚の封書。

父親からだった。内容は中隊長としての儀を行う日程を知らせる内容だった。

「お前は私の後を継ぐのだ。そんなのでどうする!?」

 頰を殴られるゼクス。初任務で戦線の防衛。陣営内で怒鳴られる。

中隊長として亡くした部下の家族のところに向かった。このとき15歳。

騎士になれば父のことがわかるかと思ったが、何もわからない。

 どうして自分はこんなことをしているのわからなくなってしまった。

 そしてゼクスは帝都から姿を消した。


目をさますゼクス。

「なんて夢だ……」

上体を起こし、頭をかかえる。

日はまだ昇っておらず、薄暗い。もう一度眠ろうと思ったが、夢の続きを見そうで寝付けなかった。

 テーブルに置いた剣を手に取り、宿屋を出た。

風に流される雲。冷たい潮風がゼクスの頰を撫でる。

 内ポケットからしなびたシガレットを一つ取り出し、指を鳴らすと先端に火がつく。

 静寂に包まれた港町。海岸の方では積荷を降ろしている人影もある。

紫煙を吐くと風に乗って流れる。


4/4 サブタイトル変更

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