第29項 愛したものの為に
螺旋階段を一段降りるたびに暗闇が深くなってゆく。
三人は警戒をより一層強めながら一歩、また一歩と、深淵へと浸かっていった。
突如アイリは手を水平に伸ばして二人を静止する合図を送った。この先にアーデルが待っているのだろう。
「いつでも戦闘態勢に入れるよう準備して」
小さく囁くように呟くと緊張感が一気に拡散する。ゼクスは皮鞘からゆっくりと――ほぼ無音だが――音が出ないように気をつけながら長剣を引き抜く。サラは逆に息を深く吸い込み、ゆっくりと吐く。「ん」、とくぐもった声を上げて準備完了といった様子だ。
入口の淵からチラリと中を覗くアイリ。
中央にそびえ立つ海流操作装置。それに付随する機器類が怪しく光り、何に使っていたのか分からない緑色の液体が入った筒が泡立ち、一層不気味さを演出していた。
液体の入った筒には球体がいくつか入っていたり、何かの生物だったものらしき肉片が浮いているものもある。
アーデルは…………いた。
こちらに背を向けて装置を見上げていた。
「嗤う闇は、この件から手を引きました……」
唐突にアーデルは話し始める。ゼクスたちがそこにいると分かっていたようだ。
三人は部屋におとなしく入ってくる。狭い階段にいると、思わぬ自体が起こりえないので、広い場所へと移動したほうが得策だからだ。
だが警戒は解かない。不意打ちを仕掛けてくるかもしれない。
「ええ、知ってるわ。さっきヌルから直接聞いたのよ」
アイリは後ろを向いたアーデルに向かって話しかける。声色は……いたって普通だ。いつもの淡々とした口調。いまのゼクスにはそれが緊張、警戒しているものだと理解していたので安心できていた。
(これもさっきのおかげなのかもな――)
内心でさっきアイリを殴ったことを慰めていた。そのおかげで彼女の事が少しだが理解が深まったのだから。
「そうですか……ヌルはこの地を去りましたか……」
首だけをこちらに向けるアーデル。
その目は血走り、眼には光が失われ深淵を覗いているような瞳。一切目を動かさずに口元だけ笑って見せている狂気。彼の何かが外れてしまっていた。
「シエラを使って装置を動かしていましたが、同時にある研究をしていましてね」
まるで偉業を自慢する研究者のような口調で語りだす。
「龍人――かれらは獣人と同じ人種でありながら、構造は全く違う。獣、人ましてや龍とも違う。それは、龍石という存在があるからなのです。その力は魔石とも似ているのですが、龍石はその上位種と言っても過言ではありません。魔石は魔力を貯め、放出する事ができる代物ですが、人に与えることができない。それを龍石は出来るみたいです」
それならつじつまがあう。と、ゼクスは納得した。
龍石の力、シエラが取り込んだ龍石を無理やり外したことで主人である彼女の魔力を吸い取ってしまった。サラが捉えられていた氷塊を砕いたのは、溜め込んでいた魔力を一気に放出したことで、封印を解くことができた。だが、短時間で膨大な量の魔力を出し入れしたことで龍石が耐え切れず崩壊してしまった。
そして、龍人である人の器に龍の力を注ぎ込むことで、魔力増強や身体強化をすることができる。
ゼクスは今までのことを思い出していた。
(――っ! だが、それは……)
同時にアーデルがこの先何を語ろうとしているのか予想がついてしまった。
サラが一歩前に出る。
「どうして、私たちに近づいたの?」
今も穏やかにひっそりと暮らしている未来もあっただろう。母シエラと不自由だがささやかな幸せを。
アーデルが接触しなければ。
そのせいで母は死に、そのささやかな幸せさえも奪われた。なぜ、そうならなくてはいけないのか。なぜ、アーデルはこんなことをしたのか。
それはサラにとって最悪の答えだった。
「あなたたちに興味はなかったですよ、最初は。当初はディネールに度々来るシエラさんから抑えてはいるものの、強大な力を秘めているのを感じましてね。操作装置の魔力源として利用できればと思っただけですよ。それが接触してみて意外なことにあの龍人ということが判明したのです。あなたを拘束してから龍石の可能性を知った私とある研究者はのめり込んでしまって……ロクスティに渡して更なる謎を引き出そうとしたのですが、失敗でした……」
饒舌になったアーデルはつらつらといきさつを語り始めた。今追い詰められているとはまるで思っていない素振りで。
そして、一言。サラに向かって、
「いいモルモットでしたよ。シエラは」
下品な笑みを浮かべた。
サラの髪が浮き上がる。怒りで体内のマナが暴走しかけている!
「サラッ!」
ゼクスの叫びをよそに――バシュン――龍石で変身し地面を滑るように滑空。
手にはダガーナイフ。
「コイツは殺さないと!! 私がっ!!」
ガイィン
金属音とともに、ダガーナイフは弾かれた。
アーデルは飛びかかってきたサラの腹を前蹴りで跳ね返すのだが、威力が常人のものではない!
横に蹴られたボールのように吹っ飛ぶサラの身体をゼクスがなんとか受け止める。
苦悶の表情を浮かべているがさすがは龍人、回復力も早い。
「私は戦闘は苦手なのですが、この力のおかげでそれなりには戦えるようになってますよ」
サラのナイフを受け止めた物体。アーデルの手のひらに小さく収まる程度の光沢のある黒い球体。
鈍く光る球体は漆黒というより色々な色が混ざって結局黒く見えているような美しいと表現するよりも、禍々しい印象。球からいくつもの管が伸びていて下の台座に繋がっている。その台座には複雑な幾何学模様で描かれた魔術刻印らしき紋。管と台座の紋様が混じり合い異質なオーラを放っていた。
「これは先ほど言っていた研究者と共同開発をしていた人工龍石とも言える代物です。その科学者はイミテーション――つまりは模造品ということでIストーンと読んでいましたが……私はそうは思わない!! これがあれば近隣の領地――いや、帝国全土をも支配できるでしょう!!」
手のひらに乗った模造品を恍惚と掲げた。
「くだらない……一人でやってなさい。そのまがい物も力を秘めているとは思えないわ。ましてや、支配したところで貴方みたいな人間に誰も付いて来やしないわ」
「貴様も私の事を侮辱するのかッ!!」
落ち着いた口調だったアーデルは唐突に激昂した。
「どれだけ、努力をしようとも、誰も認めてくれやしない。どれだけ、頑張っても、私のことを見てくれやしない」
「それは、貴方がまだがんばっていないからよ。――ゼクスも聞きなさい――」
サラを抱き抱えて見守るゼクスに目配せをして、
「努力したものが報われるとは限らない。でも、努力しなければ報われない。努力したことを認めて欲しいと思った瞬間にその努力は無に帰すわ。頑張ったことを認めるのは貴方自信じゃない。周りが判断することよ」
静かに、自分にも、その場全員に言い聞かせるように、言い放つ。
「うるさい!! もう、会話はうんざりだ。どいつもこいつも理解しようとしない馬鹿ばかりだ」
アーデルはIストーンを見つめて、
「とくと見よ!!」
そのまま口へ頬張った。
アーデルの内側からドス黒い瘴気のようなものが滲みでてくると、濃霧のように彼の身体を覆い隠した。やがて球の形になり――パキ、パキ――ひび割れ、中から龍とも人とも見分けがつかない姿となって現れた。
体表は硬いウロコに覆われIストーンをそのまま写したような色。しいて言うなら、悪魔。体長3メートルまでに体は肥大化したのだが、体つきは逆に異常な引き締まり方をして身体強化の魔法類を行使しても作れないほど体に負荷がかかっているのだろう。
右手に波型の刃をした片手剣。左手には半身を覆えるほどの超巨大な盾は壁のようだ。
「フハッ、フハハッ!! この力は凄まじい!! 俺を喰らおうとしてくるゾォ!!」
咆哮にも似た声を轟かせるアーデル。いや、アーデルだったもの。
剣を握った手を軽く薙ぎ払うと装置と繋がっている橋が吹き飛ぶ。
「この力は龍人、いや、神をも超越した力だ!!」
自分でも信じられないほどの力に喚起するアーデルをよそに、ゼクスに抱き抱えられているサラは「下ろして、もう大丈夫」と口数少なめに立ち上がる。
そして、屹立としたまがいものを前にダガーナイフを胸の前で逆手持ちで構えた。ゼクスもゆっくりと歩きながら、サラの隣に浮遊剣を出現させながら愛剣を抜刀した。アイリは一歩引いた位置で槍を構える。メインは二人だと言わんばかりに。
三人は言葉を交わさずとも最適な隊列を組んだ。




