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第27項 師と弟子 前編

「下がってろ」

 ゼクスが一歩前に出る。

「敵対するって事は何か事情があるんだな?」

 手に掛けた剣を引き抜き、歩を進める。

 バルガスたちは端の方に移動して見守る。

 アイリは何も言わず、ただゼクスの様子を伺っている。

「まあいいや。この前はかなり手を抜かれてたからな。アイリの言う通り、弟子は師匠を超えていくものだしな」

「いつになく饒舌ね。何かいいことでもあった?」

「まあな。守るものが出来てな……」


 

 そのゼクスの表情はどこか嬉しそうでもあった。

 心の底から大切なものが出来たようにも見える表情。

 そんな顔つきにアイリは少しイラっとした。

(守るものが出来たって……それじゃあ、私たちは何だったの?)

 些細な事だが今はそんな事すら過剰に受け取ってしまう。

 ゼクスは左手を前にかざし、横に振り払うと、光子状の剣が5本ほど浮遊した。

 持っていた長剣を振り構える。

「あなた、盾は? そっちがいつものスタイルでしょう?」

「壊れた」

「は?」

 キョトン、と何を言っているのか一瞬理解ができなかった。

「さっきサラマンダーと戦って壊れた。粉々だ。復元は難しいと思う」

 その瞬間、アイリの体をゾワリと襲う何かが沸き起こった。

 思わず鳥肌が立ってしまった。

 サラマンダーを倒したというの? あんな強大な敵を? 1人で?

(コイツ……たった数時間で成長をしているとでもいうの? いや、本来の力が解放された?)

 様々な疑念が浮かぶアイリだが、今はそんなことをこれ以上考えることをやめた。

  

 ——闘いたい——

 

 ただそれだけの感情がふつふつと湧き上がっていたのだから。

 

 アイリはくるりとマントを翻し踊るように廻る。

 いつの間にか身長よりも長い槍を手にしていた。同時に彼女の身体から白い花びらのようなものが舞い散り始める。

 彼女から発せられるオーラのようなもの。

 その姿こそ二つ名「白銀のアイリ」由来そのものの姿を体現していたのだ。

「お前に、俺は斬れない」

 ゼクスが言い放つと同時に二人は歩き、徐々に距離を詰める。

 カツ、カツ、一歩進むたびにしだいに早くなってゆく。

 距離が詰まると同時に、リーチの有利なアイリが中段の突きを繰り出す。

 だが難なくゼクスはスライディングぎみに避けながら下からの袈裟斬りを放つ。

 持ち手の部分で長剣を弾き、右足を軸にしてそのまま身体を回転させるとふわりと舞い上がったマントで視界を阻まれる。

 自分のマントもろとも串刺しに刺突した。

 ゼクスは浮遊剣を重ね盾のように身を守る。

 ――ガィィイン――

 激しく金属がぶつかり合う音色があたりに響く。

 グッと足に力を溜めてバックステップで距離をとるゼクス。

 剣の盾で防いだのだが、勢いは消せず、槍先が頬を掠め血が滲んでいる。

「本気の割には随分と手加減してくれてるみたいだな」

 頬の血を拭いながら笑ってみせる。

「最初から全力でいったらあなたすぐに壊れちゃうじゃない。少しずつ、少しずつギアを上げていくわよ。そうじゃなきゃ面白くないもの」

 アイリは槍をくるくると手足の一部のように操ってみせた。

「随分と言ってくれるぜ。今は師って事を忘れて本気で殺したくなってきた」

「いいわよ。是非、そうしてくれるかしら? あなたを殺した時に言い訳がつくもの。自己防衛だってね」

 ゼクスは眉をひそめた。なにか疑問を持ったような表情だ。

 すこし長く瞬きをしたあと、「そうかよ……」とアイリに微かに聞こえる程度の声で呟いた。

「そういえば、前にあなたにやられた事、あれのお返しまだだったわね」

 槍を右の脇で構えると、左手を突き出し、赤い魔法陣を展開する。

「――――! ヤバッ――」

 ゼクスが放った技バーンハウリングを見よう見まねで放ち始めた。

 初動が遅れたせいで逃げ切れない。迫り来る炎弾を剣で斬りステップで躱し、浮遊剣で防御する。

 徐々に数が増えてくると右、左、とスライドを始め的を絞らせないような動きをする。しだいに直接めがけてくる炎弾はほぼ変わらず依然余裕を見せていた。技考案者であるゼクスだからこそ知っている弱点でもある。

「こんなもんか? 警戒した俺が馬鹿だったか?」

「いえ。私がただあなたの技を真似るだけの無能だと?」

 アイリが前に出ることでそれによって発射から着弾までの時間が短くなってくる。しだいに余裕の笑みが消えてゆく。

 脇に抱えた槍を構え直すのだが、持ち方が違う。ほぼ中心を持っていたのに対し今度は手前の方を持っている。その分リーチが長くなるのだが他に意味があるようだ。だがゼクスは同じように身をかがめてスライディングのように避ける。

 すれ違ったとき、アイリは笑みを浮かべた。

「同じ手は愚策よ。ましてや格上と戦うときには――」

 両手で掴んだ槍の下から影。

「全てに気をつけるべきよ」

 槍は中心を軸にして二つに別れ十字になる。

 そのなぎ払いを避けきれずゼクスは直撃。噴水に叩きつけれらた。

「くそっ、なんだあれは」

 姿を変えたアイリの槍――

「クロイツランツェ――可変式のワンオフ武器」

 十字架のようにも見えた。

 


 換装してから手数が一気に増え、徐々に押され始めるゼクス。

 特殊な形状ゆえに攻撃が不規則になり慣れないスタイルもあって防戦一方。

 だが、アイリは一変してつまらなさそうな表情で淡々と攻撃を繰り返していた。

 先まで感じられていた覇気が一向に伝わらなくなってきたからだ。闘志も薄れ始めだんだんと戦闘の熱が冷めてくる。

「なんで、お前は敵対するんだ!?」

 そんなアイリにゼクスは叫んだ。体にいくつもの傷をつけて。

「……街を守るためよ」

「街を守るため? なら敵はあいつだろ!? どうして俺たちに刃を向ける」

 鋒を交わし顔と顔が重なるほど近くなる。

 ゼクスの瞳の奥に小さく灯る炎が浮かんでいる――彼の魂はまだ死んでいなかった。戦いに勝てずとも彼女がなぜ敵対したのか、その真相が気になっていたのだ。

 彼の瞳に苛立ちを覚えるアイリ。

 その目。その目には疑念と悲しみが渦巻いていた。街を守るために敵を排除する。その行為は間違っていないはずなのに判断を分かってくれない? キツく歯を噛み締める。

「こうするしかなかったのよ! こうするしか!」

 剣を跳ね上げる。そして前進しつつ迷いのない攻撃が続く。

「あんたには分からないでしょうね! あたしがどれだけ悩んでこんな決断をしたのか!!」

 アイリの叫び。初めて彼女が声を荒げるのを聞いた、悲痛な叫びを。



 ゼクスの長剣が跳ね上げられ、庭園に突き刺さる。

 尻餅をついたゼクスにつきつけられる刃先。

「あたしがあんたたちを倒さなければ、街が襲われる。それが、条件」

 だが、ゼクスは不敵に笑みを浮かべた。

 アイリは眉をよせる。

「なにがおかしい?」

「最初に言ったよな? お前に俺は斬れないって――」

 アイリを見据えて言い放つ。

「――同時に俺もお前を斬れない」

「何をいって……」

「お前はまだガキだ!」

 唐突にゼクスは声を荒らげた。向けられた刃先をもろともせず、握ってアイリに押し返す。

「俺を頼れよっ!!」

 ゼクス自身もこんなに感情が昂ぶったのは久しかった。だが同じくらいに悲しかった。

「なんでお前が全部抱え込もうとするんだよ? 俺をもっと頼ってくれよ、信じてくれよ。頼りねーかも知れないけどなぁ、お前が全部抱え込むことはない。一部でいいから俺に抱えさせてくれ!」

 ゼクスの手から血が滲む。自覚していないほど強く握っているのだ。必死に訴えかけるゼクス。

 短い時間だがアイリと共にいた時間。愛想がなくて、強がりで、自分を表現する方法をまだ知らない。

 そのクセまだ子供。大人ぶっていても、まだ18歳の少女なのだ。

 アイリは武器から手を離す。

「は……はは、自分で言ったこと……出来ていなかったな……頼れって……」

 アイリは空を見上げる。満天の星々が瞬いている。

 真紅の瞳から一筋の流星が流れた。




 ――ドォン――

 どこからか鈍い爆発音が鳴り響いた。そう遠くない距離。

 そしてディネール方面から、煙が上がっている。

 ゼクスは駆け寄り眼下の町並みを見下ろした。

 街のいたるところから煙と火の手が上がっていた。微かに聞こえる悲鳴。

 居住区から広場に向かって住民が逃げ惑う。追っているのは――住民?

 


 充血し焦点のあっていない眼を向ける。

 狂気じみたその瞳はラルフを操っていた錯乱の呪符と同じ瞳をしていた。

 

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