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第26項 交錯する歯車 前編

あらすじ


龍人シエラを倒し、彼女の娘サラも氷塊から救い出した。

だが母を救えなかったゼクスを憎んでさえもいた。

ゼクスは大人になるまで守る。1人で生きていけると判断した時に俺を殺せ

と予想外の提案をする。


支度を整え、地下をゆくゼクス、バルガス、ミーナそしてサラ。

たどり着いたのは領主邸の庭園。

待っていたのはアイリ。


時を遡る事数数時間——

アイリは帝国騎士団、ディネール支部にいた……



「協力できない?」

 アイリは眉を寄せた。

 声を荒げることはなかったが、訝しさを隠せなかった。

「すまんな。俺たちも暇じゃないんだ」

 デスクに向かってどっかりと座り、書類に目を通している人物。帝国騎士団ディネール支部局長スアドだ。

 巨体ゆえに手に持った書類が小さく見える。浅黒い腕には深い傷跡が残り、歴戦の勇士さを象徴していた。

 色の抜けた髭を弄びながら目をすぼめる。

 書類にサインを書くとほぼ同時に秘書が入ってくる。

 一枚書類を渡すと、そそくさと退出する。本当に忙しそうだ。

「いつも世話になってるリリィ姐さんに協力したいのは山々なんだが、そもそも傭兵どもが増えてきたせいで治安の安定化もしなきゃならんのに……老若男女問わず人は消えるわ、サラマンダーは出現するわ……」

 愚痴をこぼさずはいられなかった。

「治安? そこまで悪くなってないように見えるけど? 傭兵たちがいるおかげでまだ経済は回ってるようにも思えるのだけれども」

「表向きはな。今言った人が消えるってヤツ。俺は傭兵が絡んでるとしか思えん。それにうちの領主様、騎士団にも内密になんか怪しい動きはしてるわ。人手が足りない事をいいことに最近は堂々と動きやがって」

 スアドは舌打ちをする。

「じゃあ、その治安の安定化。って名目でいいから警備の強化をして欲しいの。なにが起こるかわからない。だから、少しでいいから――」

「さっきも言ったとおりだが、暇じゃないんだ」

 アイリもおずおずと引き下がろうとはしない。来客用のソファに腰を下ろしてじっくりと話をする体制になる。

 呆れ半分でスアドは書類をデスクに投げ、デスクに頬杖をついた。

「騎士団の存在理由って何か分かるか?」

「市民の安全を守ること」

「そうだ。じゃあ、俺たち騎士団がよく言う『事件が起きてからじゃないと動けない』これはどんな意味か分かるか?」

「聞かせて」

 アイリはスアドの話を促す。自分なりの答えは持っていたが、話の切り口からなにか聞いて欲しいからだろう、と思ったからだ。

「市民の安全を守ることが俺たちの存在理由だ。だが、事件が起きてからじゃないと動けない。何か起きてから動いたんじゃあ遅いなんて俺でも分かる。それでも動けないのは何故か――」

 デスクチェアをきしませて立ち上がり窓の外を向く。眼下には中央広場に行き交う人々。

「――組織だからだ。個人なら融通も利くし機動力もある。だが組織ってやつは俺一人の考えだけでは動けない。更に上――帝国本部からの勅命もある。そしてこの領で起きた事件も処理しなきゃならない。体裁を保ちながらな。少なくとも俺はそう思ってる」

 アイリの方を向き直って言い放つ。 

「支部局長なんて立場になっちまったら背負うモノは多いんだよ」

 自嘲気味に笑ってみせた。

 一通り聞いたアイリは理解していた。組織というもの、守らなくてはいけない体裁というもの。目の前に困っている人がいても助けられない。それは帝都で痛いほど味わってきた。

「分かった、人員の件は諦めるわ。その代わりといっちゃ何だけど、情報が圧倒的に足りてないの。だから知り得ることでいいからこっちに回してもらえないかしら?」

 理解してるからこそできる提案。直接動けないのなら、少しでも協力できることをする。今のアイリに出来ることを。

「ああ、それくらいならいいだろう。資料室を使えるように手配をしておく。だが、人員は貸せんぞ? 資料は自分で探してくれ」

「ええ、分かってるわ。それだけでも助かるわ。ありがとう」

 礼を言うと部屋を後にしようとするアイリ。

「ちょっと待て」

 立ち去ろうとするアイリをスアドが制止する。

 デスクの中を探り、何かを投げつけて来る。

「これは?」

 受けとった手を開くと銀貨が一枚。

「またいつものバーボン。キープしといてくれ。また飲みに行くぜ」

 何かと思ったらお酒なのね。と、内心呆れていた。

「はいはい、分かりましたよ」

 振り向かず、片手を上げて答えて部屋を出て行く。




「そう……」

 リリィが腕を組んで愛想なく答える。

 アイリは屯所であったこと、スアドからの言伝を話し銀貨を渡す。

「まあ、大体は予想ついてたけど。やっぱり現状厳しいわね」

 さすがのリリィも状況が芳しくないことに焦りを感じ始めていた。

「でも、いい提案をしたわねアイリ」

 と、アイリの頭を優しくなでる。くすぐったそうにするが、悪い気はしないようだ。

「これからどうする? ママ」

「そうね……キャミィはギルド協会の方に掛け合ってもらってるし、今できること警邏くらいね。でもアイリあなたは休みなさい。最近ずっと働きっぱなしでしょ」

「だいじょうぶ。まだ平気」

 リリィの手がアイリの顔へ降りて――むに、ほっぺをつねった。

 もう片方の手も伸ばして両方のほっぺを。

「いい、から、休み、なさい!」

 つねったまま上下に動かす。

「いはい、いはい!」

 アイリはジタバタと手足を動かした。

 リリィはほっぺから手を離すと、クスリと笑う。

 頬を赤くしたアイリがふくれっ面になっていたのだ。

「アイリのそんな顔、久しぶりに見たわ。最近、しかめっ面ばっかりだったから」

「どっかの不肖の弟子が来てからね。苦労が絶えなくてまいってるわよ」

 やれやれ、とアイリは大げさに手を広げる。

「にしては、楽しそうにも見えたけど? ほら、前に模擬戦やった時なんか」

「あれはっ!…………はぁ、そうね。楽しかったわよ。まだまだ粗はあるけど、なんかアイツを見てると懐かしくなっちゃってね」

「昔の自分みたいで?」

 横を向いて捨てるように嘲笑したアイリ。

「だからこそ、ほっておけないってのもあったのかもしれないわ。ママが私に鍛えて欲しいと頼まれた時もこんなのだったのかな。なんてね」

「まあ、あとはもう少し人を頼ることが出来ればいいのだけれども」

「弟子がもうちょっと成長してくれたらね。頼れると思うのだけれど」

 リリィは言いたかったことと伝わったことに少し齟齬を感じたのだが、訂正をしようとはしなかった。

「さーて、じゃあ、お言葉に甘えてゆっくりしましょ。久しぶりに釣りでもしようかしら」

「彼に納屋貸しちゃってるから、釣竿は倉庫にしまってあるわよ」

「ん、ありがと。じゃあ、行ってくるね」

 アイリはラウンドチェアから降りると、裏手に向かっていった。

「さて、そろそろお店開けようかしらね」

 同時にキャミィが帰ってくる。

「お待たせっス。なんとかケリ付いたんで戻ってきたっスよー」

「あら、おかえり。どうだった?」

 キャミィはカウンターに入ると、エプロンをごそごそと探し始める。

「ほとんどのギルドはメリットがないって言ってたっスけど、蒼天の帆のマスター、ミーナさんが熱弁してくれたおかげでほぼ全てのギルドが協力してくれるみたいっス。ただ……」

「ただ?」

「まとまることはないみたい。各々が利益を出せるように動くみたいで、協力って感じはしなかったっスね。これはあたしの意見っスけど、先頭に立って引っ張ってくれる人物――象徴がないと団結はなさそう」

 キャミィはエプロンを腰に巻いて、開店準備にとりかかる。

「まあ、及第点のギルドに協力要請はクリアっスから大丈夫でしょ」

「そうね。これから、どう動くのやら……」

 カランカラン。店のドアが開く。

「あら、久方ぶりかしら。いらっしゃい」

「おう、いいか?」

 浅黒い肌が夕闇に染まる。

 スアドはカウンターテーブルに巨体を落ち着かせた。

「話は聞いたわよ。協力は難しそうなんでしょ?」

 リリィはグラスとロックアイス。バーボンのボトルを前に出す。

「まあな。ああは言ったものの、協力はするぜ。そのことで来た」

「ああってどう言ったのよ……それにしてもいいの? あなただけの判断で組織を動かして」

「常時はダメだ。だが、緊急時ならいいだろう?」

 リリィは鼻で笑う。

「呆れた人。ものは言いようって訳ね」

「うるせぇ。要は上役の連中に不利益が出ないようにすればいいんだ。それならヤツらもうるさいこと言わなくなるだろ」

「それ、支部局長が言っていいことなの?」

「今は支部局長じゃねぇ。ただの酒好きの男、スアド・スカイブルだ」

「はいはい、そういうことにしておきますわよ」

 再び店のベルが鳴り、傭兵たちが次々に入ってくる。

「いらっしゃいっス。適当に座っていいっスよんー」

 キャミィが対応を始める。



「アイリッ!!」

 リリィとスアドが話を進めていると、バンッ! と店のドアが乱暴に開けられる。

 ゼクスが興奮気味でずかずかとカウンターに向かってくる。

「どうしたの? 騒がしいわね。アイリなら今いないわよ?」

「例のブツの出所がわかった。それですぐにでも出ないと被害が出る。ミーナと出る。アイリが戻ったら至急よこしてくれ」

 とだけ伝えると、嵐のように去ってゆく。

「やれやれ、そそっかしい子ね」

「どうやら、大事になりそうだなぁ……」

 スアドはグラスのバーボンを一気に飲み干す。

「まあね。いろいろと手回ししなくちゃいけないみたいで大変だわ。戦闘配備とか、ね」

「相変わらず他人事みたいな言い方だな」

「リリィねえには俺たちも世話になってるからな。俺たちも手ェ貸すぜ」

グラスを煽り一気に中を空にして――タンッ!――とテーブルに叩きつける。

「グラス、割らないでね」

 やれやれ、とスアドを見送る。

「あれ、姐さんこれから戦争でもおっぱじめる気ですかい?」

 品なく笑いあげてる傭兵たち。

「ん? まあ、そんなところね。それで、あなたたち。いい話があるんだけど興味ない?」


 アイリは港で釣竿を海に垂らしていた。

 釣れないことが分かっていても、ぼうっと夕暮れに染まる空を眺めているこの時間が好きだった。

 王族特務に入る前は毎日のようにこう、ただただゆっくりと進む時間の流れを楽しんでいた。

「釣れますか?」

 後ろから声をかけられる。聞き覚えのある男の声。

「いや、釣れないわ。――ところで領主様がなんでこんな所に?」

 アイリは静かに浮き沈みするウキを見つめる。その横にアーデルは腰を下ろした。

「いえ、このあたりを散歩するのが私の日課でしてね」

「にしては、初めて遭遇しますわね」

「アイリさん、こちらに戻られてから釣りはされてないですよね? だからお会いしなかったのではないでしょうか」

 アイリは押し黙る。

 帝都に行った後アーデルは領主に就任した。いわば王族特務になる前のことは知らないはずなのだ。

 それを知っていることは――

「それで、なんの用? 用事があるんでしょ?」

「はい。ここではなんですので私の邸に来てはいただけませんか?」

 アーデルは立ち上がり、お尻をはたく。そして手を差し伸べる。

 しかしチラリと手を見て、またウキを眺めるアイリ。

「ここじゃダメなの? 今日はゆっくりするって決めてるの。海でも眺めながらね」

「海、ですか。それも良いですね、ただ私の邸のほうがもっとよく見えますよ? それに、料理もお出しします。リリィさんはまだ手をつけていただけていませんが、キャミィさんは絶賛していただけています料理なので、お口には合うとおもいます。あ、あとお見せしたいものもありますから」

 ニッコリと笑顔を浮かべる。しかし、アイリは一層警戒を強めた。

 あんたのことは調べたぞ、の後にリリィとキャミィの名前を出したということは……コイツ脅しにかかってるな。

 片手でお尻をはたき、釣り糸を竿に巻きつける。

「分かったわ。少し冷えたから暖かいスープも用意しておいて」

「はい。畏まりました」



8/20 サブタイトル編集

8/21 あらすじ追加

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