第2項 律動
吹きすさぶ夜風に乗せて、潮の香りが流れる。
「なんで私もついてきちゃったんだろう」
フードの下からくぐもった声。
外で、と提案した彼女はため息混じりでそう告げた。
「やるんならさっさとやろうぜ。さむくて叶わねえ」
ゼクスは後頭部をかきながらだるそうに立つ。
「言われなくともっ」
騎士は一斉に向かってくる。
影と同化したようにフードの女は闇を駆けた。
敵前で一気に跳躍すると一人の顔面めがけて膝を打つ。
ふわりと飛んだ彼女が着地すると、フードが遅れて外れる。
月に照らされた白銀の髪。紅に染まった瞳は見るもの全てを魅了するような錯覚まで引き起こさせる。
フードの下に着込んだ純白の襟には百合の花がかたどられた紋章がついていた。
その紋章には、ゼクスも見覚えがあった。
「そうかい、あんた白銀の鋭爪と呼ばれた王族特務の嬢ちゃんかい」
バルガスが遠巻きながらそう告げる。
「あんた、あいつのこと知ってんのか?」
ゼクスは問いかける。
「逆にあんた知らないのか? 3年前、最年少で王族特務に入った超エリート様だぜ。一時帝都じゃその話で持ちきりだったぐらいだ」
ゼクスは「なるほどな」とうなずく。ちょうどゼクスが帝都を出たときに入れ替わりでアイリが来たということだ。
騎士たちはゼクスそっちのけでアイリと乱闘を繰り広げている。
次々と倒されていき、最後に残った騎士は懐から短剣を取り出し、彼女に向けていた。
「--それを出したら手加減ができなくなるわよ」
表情がこわばり、ピリピリと張り詰めた空気が場を支配する。
「くそっ、なんで一発も当たらねえんだ、どうなってんだ」
騎士の表情は恐怖にかられ、正常な判断ができないでいるようだ。
おもむろにアイリは右手を前に出す。
水平に左から右へと線を引くように動かすと、足元に紋章が浮かび上がる。
アイリはボソボソと何か呟く。
--次の瞬間、騎士の手から短剣が空を切り、弾かれた。そして気を失ったように膝から崩れ落ちる。
「何をしたんだ?」
バルガスが額から汗を垂らし、今の出来事に目をみはる。
「連鎖魔法だ。あいつの短剣を光の矢で弾き飛ばし、直後気がそれたやつをスリープで眠らせた。連鎖魔法は高度な技術で、できるやつはそういない……」
ゼクスは昔覚えた知識と照らし合わせる。
「それだけじゃないわ」
アイリは踵を返し、中心部から離れる。
倒れた騎士はそれぞれ、むくりと立ち上がる。
「一応今の怪我も手当てしておいたわ。今日はその男を連れて宿舎にもどりなさい」
倒れた騎士を二人が抱え、全員立ち去る。
男二人の間を割って酒場に戻るアイリ。
「ところであなたたち、これはつけだからね?」
それだけ言うと、そそくさと酒場に入っていく。
ゼクスとバルガスは顔を見合わせ、その後をついていく。
カウンター席に座る3人。
「今の一件、護衛料として二人から請求するから。そんなに安くはないから覚悟しておいて」
「まあまあ、アイリ。二人に悪気があってやったことじゃないんだし、ここは私の顔に免じて許してあげて」
カウンター越しにリリィがなだめる。「リリィさんがいうのなら……」とアイリは引き下がった。
「ところでバルガス、今日は気前がいいこと言ってたけれど、アンタそんなにお金持ってないでしょ?」
「お? リリィ姉さん、これ見てくれや」
懐を漁り、取り出した皮袋はパンパンに膨れている。紐を解くと、輝かしいほどの金貨がぎっしりと詰まっている。
「……どうしたの、これ?」
リリィの表情が険しくなる。
「いやいや、姉さん。これはちゃんと合法的に稼いだ金だぜ? 法外なことはしちゃいねえ」
彼の素性を知るリリィは適当に相槌をうつ。
「でも、この街でそんな仕事なんてあったかしら」
「……まあ、な……」
バスガスの顔を見るリリィの表情は一瞬険しくなる。
「キャミィ、ちょっと裏に行くからお願いね」
ホールで駆けているキャミィに声をかけると、バルガスと共に店の奥へと行ってしまう。
「どういうことだ?」
二人の後ろ姿を見送りながら、ゼクスはつぶやいた。
「そういえばあなた、見かけない顔だけど最近ここにきたの?」
「ん? まあ、3日ってとこかな。今は宿屋で間借りしている」
「なるほどね。だからこの街の現状を知らないのも無理ないわ。街は歩いた?」
「ん? ああ。すこし歩いたが、港町って言う割には閑散としてるな。……この酒場以外は」
ゼクスは酒場を見渡す。バルガスの部下らしき傭兵たちが、陽気に飲んでいる。
他にも住民らしき客もちらほらいて、それなりにうまくやっているようだ。
「そうね。ちょっとした事件があって今はこの有様よ」
アイリが詳細を言い渋ったことにゼクスは違和感を感じたが、それ以上は追求しなかった。
「それよりあんた、元王族特務なんだってな」
興奮まじりにゼクスは身を乗り出す。
「え? あ、うん」
「急であれなんだが、その腕を見込んで頼みがある。--俺に戦いを教えてくれっ!」
「--ッ!? ゲホッ、ゲホッ。急に何言い出すのよ。変なとこ入っちゃったじゃない」
涙目になりながら咳き込む。
「--俺は変わりたいんだ。だらけきってる今の生活を何としても変えたい。でも、変われない自分に腹が立ってしょうがない。アンタと一緒にいれば、何か変われる、そう思ったんだ。頼む!」
ゼクスは頭を垂れる。
「あんた、それ本気で言ってる?」
「ああ、もちろんだ」
「一言いうのなら、変わりたいって思ったときに変われないのなら、それはあなたの怠慢、堕落よ。本当に変わりたいと思うのなら思った瞬間、もう動いているものよ」
「でも--」と言いかけた瞬間、ゼクスは言葉を飲み込んだ。アイリの言葉に一理あると思ったからだ。
変わりたいけど変われないのは自分を律することができていないから。思い返すと、いつも口にしていても、行動を起こしていない自分がいた。
ゼクスは下唇を噛み締め、目線をそらす。
「と、突っぱねるのが普通かもしれない。けれどあなたは今行動を起こした。なら私はチャンスを与えるものだと思ってもいるわ」
「え?」
「あなたの言葉がどこまで本気なのか試させてもらうわ。その結果で戦い方を教えるかどうか考える。まあ、元々騎士だったようだから戦闘スタイルは別物になるけどそれでもよければ--」
「本当か、ありがたい。で、どんなことをするんだ?」
ゼクスの表情から湧き上がる感情がただよう。鼻息を荒くして次の言葉を待っている。
「まあ、それは明日のお楽しみ、ということで。明日の昼ごろ、この店に来て。時間は特に指定しないわ。ひとつだけ言っておくなら、大変よ」
いたずらのようにウィンクをする。
アイリほどの整った顔でされると男は皆ドキッとしてしまうほどの。
ゼクスも例外ではなかった。
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