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第14項 翠蓋と濡羽

酒場――翠蓋と濡羽



――チリリン――

ドアベルが軽快な音を奏でる。

ゼクスは内密な話をするとあって奥のVIPルームに向かおうとするが、リリィがカウンターの中に入ってしまう。

ボトルやグラスを出し始めて一向に向かう気配を見せない。

「あれ、話するんじゃなかったのか?」

「するわよ。ここで」

内密な話はVIPで――そう聞いたのだが、リリィはその定石を破るのか。いや、あの人に限ってそんなことをするわけがない。

ゼクスはなにか自分には思いつかないようなことがこれから起きるのではないかと、不安と期待を込めた。

「おっと、戻ってたんスか。じゃあ、いつもの始めるっスね」

と、二階のバルコニーからキャミィが顔を出すと、そのまま飛び降りてカウンター席に一目散に腰を投げた。

ゼクスの左隣にキャミィがテンションMAXで座ると

「久しぶりに飲めるっス! 姉さんあれちょーだいっ!」

(ほんとに想像もしてなかったこと始める気だ!?)

「はいはい、アイリもいつものでいいわね」

リリィはキャミィの反対――ゼクスの右隣に向かって声を掛ける。

いつの間にか現れていたアイリも、黙って頷いた。

ツッコミどころ満載の展開にゼクスはしどろもどろしていると、

「飲まないの?」

 端正な顔を向けながら人形のように首をかしげた。

「いや、飲むけどさ……」

酒とあっては飲まないわけにはいかないゼクス。目の前に樽ジョッキが置かれると、造作もなく喉を潤す。

「こんなところで話してていいのか? 外に漏れるとまずいことなんじゃないか?」

「ゼクスくんゼクスくん、あれ、なーんだ」

 既にボトルを空けて陽気になっていたキャミィが指さした先に、見覚えのある装置があった。

「魔法陣発生装置だったか? VIPルームにあったな。それにしてもこんなところにあったか?」

 部屋の隅とはいえ、椅子とほぼ同じくらいの大きさの怪しく紫色に発光する物体を今まで見逃すはずもない。

「通常時には無いっすよ。でもこうして方針決めのときとかには出して酒を引っ掻けながらはなすっスよー」

(なんて奴らだっ!)

 酒でなんども失敗しているゼクスだが、なにも今後の方針を決める場にまで酒を持ってこなくてもいいだろう。そんなことを思っていると「と、言いつつ樽ジョッキから手を離さないゼクスくん」と笑いながらゼクスをいじるキャミィ。

「こっちの方が気もほぐれるでしょ? 重要な時こそリラックスするべきよ。お酒も適量なら健康にもいいっていうじゃない」

 リリィもワイングラスに赤ワインを注ぐ。

 臙脂色の液体がグラスを満たすと、リリィはくるくるとグラスを回し、ワインを空気に含ませた。

 そして口元に持っていくと香りを楽しみ、やっと口に含む。

 ひとつひとつの所作がとても優雅で、その場にいるものを虜にしてしまいそうな存在だ。

「ママ、そろそろ」

 時が止まったゼクスを現実に戻したのはアイリが促す声だった。

 リリィは「そうね」と言うと手に持っていたワイングラスを置いて、いつものように肘を手に置くように腕を組む。

「みんな、だいたい状況はわかっているわね? 物価や領主の関係、そして突如出現したサラマンダーの存在――」

 アイリはほとんど無表情。キャミィは一人ではしゃぎながら、ゼクスは時々樽ジョッキを傾けて、各々の話を聞いている。

「アイリから聞いたけど、ミーナさんから合同調査の申請が来ていたらしいわね」

 リリィと目を合わせると、こくりと頷く。

「結論からいってしまうけど――合同調査はしないわ」

「なんで!?」

 思わずゼクスは声を荒らげ立ち上がった。

 ここまで条件が揃っていながらも合同調査をしないということは考えも及ばなかったからだ。

「はいはい落ち着くっスよー」

 キャミィがゼクスの肩を押さえつけるように丸椅子に座らせる。

「つい先日、領主から『アイリをウロウロさせるな』と忠告されたの。ここまで直接的じゃなかったけれど……だから私たちは動けない。監視されていて当然って思うとむやみに表立った動きはできないわ」

「そんなことが……」

 ゼクスは小さく呟いた。これから驚異になる存在に先手を打たれたのだ。

 実質これでこの酒場メンバーは領主と物価の上昇についての関係を調査することは困難になり、ミーナもおそらくマークされているため動きにくくなる。これからどうしたらいいのかゼクスは思案していると。

「でも、あなたは別でしょう?」

 リリィに見つめられる。

「居候ではあるけれどまだ正式にここのメンバーというわけではないし、アーデル――領主はゼクスのことを一言も話さなかったわ。知っていたけど話題に出さなかった、ということも考えられるけどあの人はそんなことをするようなヤツじゃないわ。弱みになることは言って圧力をかけるのがあの人の定石よ」

 アーデルという人物を知り尽くしているからこそできる判断。

「――そんなこと言われても……」

 ゼクスは決めきれないでいた。

「だから、うちとギルドの架け橋になって欲しいわ。あなたがミーナに協力をし、情報をこちらに流す。逆にこちらで得た情報もミーナに渡す。これはあなたにしか頼めないわ」

 自分が架け橋になることで自体は進展するだろう。

 だが、ゼクスは自分でもわからない葛藤で決めきれないでいた。

「あたしからはただ一言だけ」

 そんな様子にアイリが口を開いた。

「騎士たるもの?」

「ーー騎士たるもの困っている人あれば、手を差し伸べよ」

「そういうことよ」

 たったそれだけ言うと、小さなグラスにはいったカルーアミルクに口をつける。

 だが、ゼクスにはその一言だけで決心はついた。

「わかった、やるよ」

 精悍な眼差しでリリィに言い放つ。リリィは何も言わず、微笑んでワイングラスを傾けた。

「じゃあ、領主と物価問題はなんとかなりそうっスね。一番の問題。サラマンダーはどうすかって話っスね」

 既にボトルを3本開けて顔をほんのり赤らめているキャミィが横から話しかけてくる。

「そうね。あいつの要求はわかったけれども、理由がわからないわ。それに先手を打って攻め込むとしても、住処がわからないし」

「あー、そういえば、なんか前に森の中で遺跡みたいな場所があったな……なんか関係ありそうな気がするんだが」

 3人は一斉にゼクスへと振り向く。目を見開いて。

『なんでそんなこと知ってんの?』と、目で訴えてくる。

「なんだ? あんな目立つもんあったらここらへんに住んでる奴なら知ってんだろ」

「まあ、今そこしか手がかりがないから行くしかないわね」

 なぜかそっけなくアイリがそう呟く。

「だからなんなんだよ」

 苛立つゼクス。なにか隠し事をされているようで気分が悪かった。

「ゼクスくん、君ってすごいのかすごくないのかわかんない人っすね……」

 複雑な表情のキャミィ。

「多分そこ幻惑の遺跡っスよ。行こうとするもの全てたどり着けないことで有名な。その遺跡には古代の遺産がまだ残ってるとも言われてる……迷いの森。あの地域はそう呼ばれているスけど……まさかゼクスくんが見つけるとは……」

 なるほど、と顎に手を置くゼクス。しかし、困惑もしていた。彼女の言ったとおりの代物にしてはやけにあっさりしている。複雑な仕掛けを解いて、試練を乗り越えて見つけるのが定石だ。

 だが、そんなものがあっさりと見つかってしまった。意図せずに。

「でもまあ、ゼクスには仕事が多すぎるわね。あたし達は自警と言う名目で街を警邏しながら情報を集めるわ。そしてゼクス。ミーナの元に向かって協力し、原因の究明及び排除しなさい」

 リリィはいつもの口調で指示を飛ばす。

「ああ、わかった」

「あと、頼りないけど協力者も後で合流するから」

 「協力者って誰だ」そう聞こうとするゼクスだったが、「さーて、終わったことだしじゃんじゃん飲むっすよー!」と、キャミィが騒ぎ始めて聴き逃してしまった。

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