第11項 ふたりの心
ミーナからの依頼でキャラバンを救出しに向かったゼクスたち。
ミーナに対するアイリの態度がおかしい。ゼクスは二人の中を取り持つのだったが――
負傷した御者に変わってミーナが先頭の荷馬車の手網を引いている。
ゼクスとアイリは魔装馬に乗りながら周囲を警戒していた。
しかしゼクスはアイリのことが気になって警戒に集中出来ない。
馬を隣に寄せると、「なあ」と声かける。
「なに?」
ムッとしている。声にどこか角がたっている。
「なにそんなに怒ってるんだ? お前らしくない」
「別に。怒ってるわけじゃないわよ。いつもこんな感じじゃない。さっさと持ち場に戻りなさい」
一瞬だけ顔を合わせたがすぐさま前を向く。
やっぱり機嫌が悪いようにも感じた。
「…………」
これ以上話しかけても無駄だろうと、は持ち場に戻った。
確かに、傍から見たらいつも通りに見える。でも、明らかに態度が違う。
遠目からアイリを見つめるゼクス。
深くため息を吐いた。
敵の追撃も杞憂に終わり、何事もなくディネールにもどった。
大門の片隅にキャラバンを止めてミーナが降りてくる。
「じゃあここで物資の確認させてもらうわ。確認できたらすぐに向かうわ」
「ああ、魔装馬はこっちで1度預かるってよ。休ませてやるってアイリが言ってた」
既にアイリは先に酒場に戻ってしまっていた。
「あのお嬢ちゃんがねぇ……」
「お前ならあいつのこと知ってそうだな」
「んん、まぁね。知ってると言うより、思い出した。さっきの戦闘でね」
先の戦闘。確かに目を惹くものがあった。彼女のことを知らなくとも戦い方……二つ名を知るものは多い。
「あの子、元王族特務でしょ? それも2つ名がつくほどの。ならあたしを毛嫌いするのも頷けるわ」
「……どういうことだ」
「それを言うのは荷が重すぎるわ。直接聞いて。ただ、一つだけいえるのは……」
ミーナは目を見据えて告げる。
「帝都で負った傷はあんただけじゃないってことよ」
ゼクスは思わず目をそらす。
帝都、あの場所は今酷い有様。
18年前の大戦争『厄災戦争』の爪痕が未だ人々の心にも大きく残っているのだ。
「点検終わったら店に行くわ。先に行ってて頂戴」
ミーナは残った物資の数を数え始める。
踵を返しゼクスはアイリの待つ酒場に向かおうとする。
しかし、脳裏に残った昔の記憶が離れず、懐からシガレットを1本取り出す。
(あれはもう一生忘れられないだろうな……)
「おかえりっス。どうだったスか? 久しぶりの戦闘は」
キャミィが出迎える。相も変わらず、フリルドレスを着込んでいる。
「まぁまぁ、だ。ミーナも点検が終わったら店に来るってさ」
「りょーかいっス。リリィから伝言預かってるっスよ『自分の部屋見てきたら?』だって」
キャミィがリリィの真似をする。以外にもリリィの特徴を捉えていて似ていのでゼクスは微笑する。
カウンターの端に座ってぼうっとしているアイリ。とても小さく、寂しげなようにゼクスの目には写った。
「これからあたしリリィと合流しなくちゃ行けないからアイリ嬢に案内頼んで欲しいっス」
片隅の彼女をチラ見する。やはり声をかけずらい。
ゼクスは頭をガシガシすると、アイリの傍に歩み寄る。
「あー、……部屋の場所が分からない。案内してくれないか?」
「自分で探しなさい」と言われるかと思っていたがアイリはすっと腰をあげると、スタスタと店の裏手に向かっていく。
「何してるの? 行くわよ」
「お、おう」
急いで彼女の後をついて行く。
「あ、もうひとつ伝言があったの思い出した」
ポン、と手を叩くキャミィはゼクスを呼び止める。
「『今日の遅刻は後で付けてもらうから』だって」
「あー……忘れてなかったのね」
ゼクスは苦虫を噛み潰したように渋い顔をした。
裏手に回り、前日キャミィと荷物を移動していた場所に向かう。
出入口から死角になっていた位置に古びた物置小屋がある。
そこにアイリが入っていく。
「ここよ」
当然のごとく内装は宿屋よりも質素。
中央に一人サイズのテーブルがちょこんとあり、奥にはベッドが忘れ去られたように置かれていた。
「想像していたよりも随分もいいな。馬小屋を覚悟していたんだが」
テーブルに荷物を置くと、アイリは奥のベッドに座っていることに気づく。
優しく、シーツを撫でる。
「あの日も、こんな気分だったわね」
ボソリと独り言のように呟く。
ーー1年前
憔悴仕切った顔でアイリが酒場の扉を開く。
フードで顔を隠しその下から怯えるような眼差しであたりを伺う。
「お帰りっスー、アイリ嬢。帝都はどうだったスか?」
久しぶりにあった彼女の姿を見て喜びを隠せないでいた。
「…………ッ!」
しかし、完全に怯えきっている様子にキャミィは戸惑いリリィと顔を合わせる。
カウンターからリリィもその様子を見て、傍による。
「アイリ……?」
そっとアイリに伸ばす手。
「イヤっ!」
ーーーーバシッ
伸ばしたリリィの手を振り払う。
視界に手が入ってきた。帝都の出来事と重ね合わされーー反射的に振り払ってしまった。
「あ…………」
その主がリリィだとわかると小さく声をあげる。
目は右往左往し、どういたらいいのか分からずアイリは駆け出してしまう。
まるで幼い子供が怯えきっているように。
「…………ただ事じゃないわね」
ーー
「リリィやキャミィでさえ、信じられなくってここに閉じこもってた……お前が? なんて思ったでしょ」
ゼクスは否定出来ずに曖昧な返事を返す。
「そう、あの時は自分でさえ信じられなかった。その原因がーー」
「ーー商人か」
続きを言うのも嫌なようで、ゼクスが答えを告げる。
コクリ、と顔を背けながら頷く。
帝都は未だ18年前の『厄災戦争』の影響を受けている。ようやく、復興の目処が付いたがまだ内政はぐちゃぐちゃだ。官僚の職務怠慢、騎士団の堕落……問題は多い。
「あいつらは自分の利益しか考えていない。自分がよければ周りはどうだっていい。人間そんなもんなんだって、そう教えてくれたわ」
帝都を出た頃の記憶が蘇り、共感を抱く。
「例え家族であろうと、親友であろうと。裏切る時は裏切る。アイリの気持ち全部は分からない。……けれど半分位はわかると思う、ぞ」
思い出したくない過去。でも思うところは一緒なのだろう。今の帝都という場所は。
「それに、ミーナは知ってのとおり変な奴だが根は悪いわけじゃない。そこはまぁ俺が保証できなくも、ない」
アイリの不安を少しでも拭いさって上げようと気の使ったことを言ったつもりだった。
不意に、アイリはぷっと笑い出す。
「なーに真面目なこと言ってんのよ。あんたやっぱり見た目に寄らず繊細なのね。慰めようとしちゃって」
落ち込んで気が沈んでいると思っていたが予想外の反応でゼクスの顔は赤面。
「なっーー! 俺なりに気遣ってやったんだーー」
「はいはい、そういうことにしてあげるわよ」
とアイリがなだめるようにすると、今度はゼクスがニヤニヤと笑い出す。
「何笑ってんのよ」
「いや、な。お前も普通に笑うんだなって思ってさ。いっつも仏頂面だったからな」
「失礼ね。あたしだって普通の人間よ? あんたと何一つ変わらない。あ、あとあたしの弟子ってこと忘れてないでしょうね?」
「はいはい、分かってますよ。師匠」
2人は笑顔を交わす。心の中の不安などなかったように思いっきり、互いのことをまだ全部知らなくとも。
アイリは先に戻ってるから、と言い残して部屋をあとにする。
スライドのドアを閉じると、そのまま背中を預けた。
ふと見上げる空。
(気持ちもわからなく無い、か)
さっきのゼクスの言葉が脳裏に残響する。
「なら全部分かりなさいよ。バカ」
と誰にも聞こえないように、小さく呟いた。




