生クリーム
「やりなおし?」
ヨシが言い放った"やりなおし"について、俺は知らなかった。
つい先日15歳になった俺らは、"解析の儀"を、学校の解析室で執り行った。
贈与品と呼ばれる、先天性の特殊な能力の詳細を、始めて開示されるのである。
本来、能力の開示は禁忌とされている。
とはいえ法的に規正があるわけではなく、単にモラルの問題だ。
「僕は熟女に性的興奮を覚えます」といった性癖の暴露と同義なので、基本的に言う人は居ないのだ。
が、若く青い俺らは、仲良しの友人間ならばいいだろうとお互いに口を割ろうと話しだした。
元はと言えばヨシが聞きたがったのだが、俺も"秘密の共有"と言う甘言には勝てなかった。
どことなく、林間学校で始めて皆でお風呂に入るような、言いようのない気恥ずかしさを感じる。
ただ、そう思っていたのは俺だけだったようで、ヨシは恥ずかしげもなく自分の能力を口にしたのだ。
そこで出たのが、親友のヨシの口にした「やりなおし」と言う言葉だ。
「なんだよその、やりなおしっての」
「そのまんまだよ。やりなおせるんだ。一回だけ、だけどね」
「何をやりなせるんだよ?」
「人生をさ。好きなときに戻れるんだって。ただし、能力が開示される15歳・・・つまり、今日にまで、人生で一回だけ、っていう制限はあるんだけどね」
「なんだよそれ、すげえじゃん!」
俺は無邪気だった。
人生をやり直せるってことは、実質人生2回過ごせるってことだ。
それは、とてつもなくすごいことなのではないだろうか?
自分の夢が例え一回目で叶わなくても、二回目ではかなえられる、みたいな。
逆に別に夢を二回叶えることもできる。
物事の結果も全部わかるんだろうし、少しでも覚えてれば大儲けも出来る。
人生一回目は予習、2回目が本番。そう考えると、これはとてもすごいのではないかと思う。
「ちなみに、ヒロは何の能力なの?」
「ええ、お前のあと、いいづれえよ」
俺のも少し変わっている自覚があったが、ヨシのに比べたらたいしたものではない。
「いいからいいから」とヨシが言うので、少し照れながら俺は答えた。
と言うか、本当に恥ずかしい能力なのだ。こんなの、何の役に立てるというのか。
「俺のは・・・生クリーム生成だよ。牛乳を飲んだら、指先から生クリームを作ることができるんだ」
「・・・やっぱり、ね」
ヨシが小声で何かを言った気がしたが、よく聞き取れなかった。
最近、ヨシは調子がどこかオカシイ。
先日行われた解析の儀以降、以前のような丸みがなくなったというか。
なんとなく、大人に成ったような印象を受けてしまう。
口調とか、立ち振舞とかが変わった気がするのだ。
「今なんか言った?」
「何でもないよ。すごいじゃないか。将来ケーキ屋にでもなるのかい?」
「うう、いわねえでくれよ。俺、まだそういうの考えたくねえ・・・ケド、多分そうなるんだろうな・・・嫌だァ」
別に趣味がケーキづくりでもない俺は、この能力を恨んだ。
親は「将来はパティシエだな」と断定して言ってきたし、周りの大人は皆そういうのだ。
というのも、将来自分が就く仕事には、能力が関わってくるケースが多い。
例えば、うちの父親は"単純化"と言う能力を持っているのだが、普段行う行動を容易にルーティンに変えられるという、地味な能力を持っている。
朝起きて、顔を洗い、髭を剃り、歯を磨き、朝食を食べ、仕事の支度をし、家を出る。
習慣化してしまえば無意識的にできるものではあるが、ウチの父親はこれらを意図的に一回やるだけで習慣化できる、と言うものだ。
わかりやすく言えば、頭で何か他のことを考えていても、一度単純化したものを実行することだけ考えていれば、他のことを考えていても身体が勝手に動くらしい。
その能力を活用し、ルーティンワークの多い役所に努めている。
1年も働けばすべての業務を単純化でミスなく行うことができるので、父親の評価は絶大なものらしい。
ウチの父親はわりかし汎用的な能力だが、役所という仕事はぴったりだ。
本人曰く、学生時代は相当に適当な人間だったようで、役所に就いたと報告すると、旧友達は驚きの声を上げるのだという。
性格的にマトモな仕事に就けるわけがないと思われていた分、父親も「性格とは真逆だけど、能力に救われたぜ」と苦笑していた。
そんな父親だからか、能力に依存出来るような仕事に就くことを勧めてきた。
俺としてはこんな女子っぽい能力が嫌いだ。
夢も最初から決められてるみたいで、気分が悪くなる。
何より俺は生クリームが苦手なのだ。それこそ、この能力が発動する前から。
隣のクラスの山下なんかは硬化とか言っていた。
身体に影響の出る能力は、戦闘職に向いている。俺も闘える能力が良かった。
そうしたら、きっと軍に入って、前線で活躍して・・・なんて考えるが、生クリーム生成じゃあ無理だ。
「将来なァ・・・俺は何になるんだろうか・・・」
「気になるの?」
「そりゃァ、気になるよ。ケーキ屋じゃなきゃいいんだけどなあって」
ヨシはニコリと笑うと、「大丈夫」と口にして、続けて言葉を発した。
「・・・僕さ、実はもう、やりなおしてるんだよ」
「え?・・・冗談やめろよ。能力、ついこの間発表されたばっかりじゃねえかよ」
「いや、本当に。ちなみにキミの将来も知ってるんだけど、聞きたいかい?」
「・・・本当なら、聞きたいような、聞きたくないような・・・」
「いや、キミは知らなきゃいけない」
ヨシが深みのある言い方をするものだから、少し身体が固くなった。
俺の将来を知っているというヨシが、やけに恐ろしく感じた。
こいつは、俺の知らない先の世界を見て、何を考えているんだろうと。
いつからやりなおしているんだろうと。
いつまで生きてからやりなおしたのだろうと。
しかし、説明がついた。眼の前に居るヨシは、ついこの間までのヨシではないのだと言うことがわかった。わかってしまった。
「キミは、ケーキ屋になったよ」
「うわァ!やっぱりケーキ屋なのかァ!うう・・・もういいぜ、この話。なんか、ちょっと諦めついたっていうか・・・」
「それだけじゃない。キミはもう一つの顔を持つことになるんだ」
「・・・なにそれ、副業ってこと?何、俺ケーキ屋以外にも仕事あんのか・・・売れなかったんか、俺のケーキ」
「いや?ケーキは好評だったみたいだよ。でも、まあどちらかと言えば、ケーキ屋は副業、というか、擬態みたいなもんだったけど」
「おお・・・なにそれ、ちょっとカッコイイじゃん」
おとなになった俺は一体何をしているんだろうか。
秘密裏に仕事・・・殺し屋とか!
・・・なんて思ったけど、俺がそんなことをしている未来は想像ができなかった。
第一、俺の能力生クリーム生成だし。
そう思っていた矢先、ヨシは真顔で俺に言う。
「キミは、殺人鬼になるんだよ」
まさか、と笑ってしまった。
真面目なヨシが冗談を言うようになるとは思っていなかったが、流石にそれは嘘だろう。
「ハハハ、なんだよ、笑わせるなよ。俺、生クリームを指から出すだけだぜ。どうやってそれで人を殺せるのさ」
「窒息さ」
「え?」
何やら不穏な言葉が耳に入ってきた。
窒息?生クリームで?まさか、あるわけないだろう。
「・・・そう言えば、この間聞いてから能力は使った?」
「あ、ああ、家で少し。母親が喜んでいた」
「それ、どのくらいの量出せるかとか調べたかい?」
「・・・いや、ちょっと盛り付けただけだし・・・聞いた話だと、牛乳を飲んだ分だって」
「そう。キミは牛乳を飲めば、飲み続ければ、延々と生クリームが出せるんだ。実は牛乳買ってきたんだけど、ちょっと試してみようよ」
そう言って、ヨシはカバンから紙パックの牛乳を取り出した。
ストローの封を切って、パックに突き刺してから俺に手渡す。
俺は困惑しながらも、パックを受け取って牛乳を口に含んだ。
どの程度飲めばよいのかわからなかったので途中で口を離すと、「全部飲むんだ」と誤記を強めに言われた。
しばらくズコズコと啜り、パックの牛乳を飲みきる。
「じゃあそれ、自分の口に当てて、つかってみて。体験すればよくわかると思うし」
「ん・・・」
何故か言われるがままになっているが、俺は口元に指を当てた。
一度発動すると、体内にある牛乳を出し尽くすまで止まらない。
調整がうまく出来ないのが難点だ。
まあ、ちょっと出してすぐに離せばいいだけだ。俺は指から生クリームをだした。
口の中に、甘みを感じる。
糖がどこから作られているのかは分からないが、しっかりと甘みのあるクリームだ。
生クリームが苦手な俺は、うえ、とえづきながら舐める。甘え。胸焼けしそうだ。
たまらず指を離そうすると、ヨシが俺の腕を押さえつけた。
何をするんだ!と言おうと腕を払おうとしたが、足を払われた。
俺はその場に仰向けで倒されてしまい、足と手を固定される。
ヨシの力は尋常のそれではなく、動かすことすら出来なくなった。
「わかるかい?苦しいだろう?クリームが粘膜のように喉にへばりついて、呼吸ができなくなるんだ。未来のキミは、その力で何人もの人間を屠ってきた。生クリームを鼻と口に注ぎ込んで、完全に呼吸を止めてね」
ヨシの声の色は冷たかった。
つい先日まで楽しく話していたヨシが別人になったかのようだ。
生クリームはどんどん生成されていく。俺は自分が怖くなった。
息ができない。苦しい。思考が白く染まっていく。
「僕の恋人も殺したんだよ、ヒロ。不幸なことに、キミのターゲットにされてしまったんだ」
ヨシの目つきは恐ろしかった。
本当に俺を殺すつもりなのだろう。その目は無感情に見える。
「上手く隠蔽していたようだけど、僕はキミを疑った。現場に残る生クリームが、どうしてもキミと切り離せなくてね。親友を疑うのは正直苦しかった。投獄されたあと、どうして殺したのかって聞いたんだ。そしたら、キミはいったよ。"自分から出る白い体液を口に含んで、死んでいく女がエロかった"って。・・・僕の恋人だって、認識すらしていなかった。ただ近くにいた女だからって理由で、たった、それだけの理由で、キミは人を殺せるようになるんだ。だから」
ヨシは無感情にもみえた顔をひどく歪ませて、俺に言った。
「キミを殺すために、戻ってきたよ」
遠のいていく意識の中で、やけに甘ったるい生クリームの味だけが強く印象に残った。
ループものの話を書きたかったはずなのに、甘いものが食べたいなと思っていたせいで、何故か生クリームの話になりました。
5000字以内に収めようとしたら結構余っちゃいましたね。
盛り上がりに欠けるので、勢いだけで書いてはいけないと反省しています。
生クリームの使用方法は面白いなあと思うので、どこかに活かしたいですね。