放課後
深夜の高校、人がいない筈の教室から突然「ドーン!」と大きな音が響いた。事前に聞いていた通りだ。こんな時の為、私は警備員として雇われている。私は急いで音のした教室に走った。ドアを開けてみると、そこには学生服をきた男が、机を頭の上まで持ち上げて立っていた。
“ストレスでノイローゼになった生徒か?”しかし、すぐに気がついた。この高校の制服はブレザーの筈。昔ながらの詰襟学ランを着ているこの男はどこの何者だ?
「おい、そこの不審者!貴様、泥棒のくせに何でわざわざ暴れて大きな音を出す?」
「泥棒じゃねぇ!思い込みで勝手なコト言うな。机、ぶつけられたいのか!?」
「バカ、やめろ!ケガをして仕事を休むわけにはいかないんだ!」
思わず叫んだ一言で、急に学ラン男がシュンとなった。
「・・・警備のおっさん、いや、よく見ればおじいさん。あんた、未だに働かないと生活できない人なのかい?」
気遣ってくれているような口調に、私も思わず心がグラリと揺れた。
「いや、生活が出来ない訳じゃない。でも、仕事である以上はそれなりに誇りも責任もある。そう簡単に休む訳にはいかんよ」
学ラン男がゆっくりと机を下した。
「おじいさん、仕事が好きなんだな」
「おじいさんは止めろ。気持ちが老け込む」
「ごめんなさい。じゃぁ、おじさん、俺はおじさんが羨ましいよ。俺には誇りに思える事や打ち込めることが何もないんだ。頭も悪いし。高校受験にことごとくに失敗して家族から『我が家の恥さらしだ』って責め立てられて、この先どうしたら良いんだろうって考えてたら、頭の中がワーッてなって、夜中に突然家を飛び出したり、眠れないからって睡眠薬を飲んでも効かなくて、つい飲みすぎてて頭がボーっとして、気が付いたら見知らぬ高校の教室でこんな事をしてたんだ・・・」
「落ち込むな。お前ぐらいの歳頃なら誰でも家出したり無茶な事をしたくなるものだ。お前みたいに感情任せで実行に移す奴も何人かいる。お前だけが特別に異常って訳でもない。自信を持て」
「そうかなぁ・・・ちょっと気が楽になった。でも、俺がバカなのは変わらないし・・・おじさん。俺みたいなバカはおじさんくらいの歳になっても苦労するのかな?」
答えにくい質問だったが、安易に誤魔化すのも失礼な気がした。
「落ち込ませるようで悪いが、貧乏暇なし、良い学校出てないバカなら更に働きづめだ。若くて体力のある内はいいが、年をくって使い物にならなくなったらアッサリお払い箱だ。ポイ捨てされるってのは悲しいもんだ。自信や人生計画がひっくり返されて、この先どうしたら良いのか分らなくなる」
「おじさん、もしかして経験者?」
「いや、幸いリストラは無かった。以前、俺は機械部品を作る会社で働いていた。ずっと工場一筋で、現場ではだれにも負けない自信があった。でも現場では大した仕事も出来ないのに、大卒ってだけで高卒の俺を飛び越してどんどん出世してゆく奴が大勢いた。そんな連中に負けてられないと対抗意識を燃やし、無理してがむしゃらに働いた。そしてある日とうとう限界が来た。本当に操り人形の糸がぷつっと切れたみたいに動けなくなっちまった。元の職場には戻れず、色々あって今ここにいる。そして時々考える。どうせ死にもの狂いでやるんだったら、もっと昔―例えば中学や高校にいる間にやっておけば俺の人生も随分変わったんじゃないかって」
いつの間にか私も学ラン男も椅子に座って膝を突き合わせて話していた。
「おじさん、俺、改めて学校に行きたくなった。バカだから苦労するかもしれないけれど、もう一度頑張ってみようと思う。まだ何とかなるかな?」
「なる。なるとも。大丈夫。お前はまだまだ若い。自分では気が付いていないかもしれないが、世界は広く可能性は無限にあるんだよ。やる気を出せば何だって出来る。きっとやり直せる。いつか自信も持てるようになる!」
どうやら、今日も良い仕事が出来たようだ。
(ある都市伝説サイトからの抜粋)
北関東のある都市に、幽霊が数多く現れる事で有名な高校がある。困り果てた学校側は何と、警備員として幽霊を雇ったのだ!
噂では彼は相当優秀なようで、最近も夜な夜な悪さをしていた別の幽霊を説得して更生させ、その高校の夜間部に生徒として編入までさせたらしい。しかし、学校側はそのような怪現象を頑なに否定しており、学校名や後者の写真等の公表も固く禁じている。