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底辺術師の生存証明《サブシステンス》  作者: 絢野悠
【クリーブランド編】
9/114

八話

 合同訓練の日は半日で終わる。その代わり、その半日は動きっぱなしだ。


 教師に言われて二人一組になる。男女で組むことはないが、なぜか俺だけアリシャと組まされた。


 準備体操から始まり三十分間のランニング、魔法力を取り入れたり、魔導力として出したりと、それだけでほぼ二時間近くを消費した。


 その後、ペアで軽く組み手をした。当然のようにアリシャには一撃も与えられなかった。悔しくはないがなんともモヤモヤしてしまうな。特に、アリシャは子供に教えるように立ち回るのでそのモヤモヤも大きくなる。


 一時間近く組み手をし、ようやく紅白戦へと突入した。


 心臓が口から飛び出るかと思うくらいに緊張してる。どうしてかと言えば、俺がこれから奇数組に頼み込まなきゃいけないからだ。


 奇数組が赤い鉢巻、偶数組が白い鉢巻を頭に巻いた。


「やあ君塚くん」


 灰村爽夜が話しかけてきた。ヤツの後ろには、ヤツを崇拝するようにたくさんの生徒が立っている。


「よう、ハイムラくん」

「今日はよろしく頼むよ。お手柔らかに」


 爽夜が手を差し出してくる。外野からは「なんで君塚なんだ?」「どういうこと?」「どんな関係なんだよ」なんてセリフが飛び交う。そりゃ俺が外野側だったら同じことを言うかもしれない。イケメンで頭が良くて上っ面だけは完璧。そんなのが冴えないヤツに「よろしく」なんて言うんだからな。


 手を取ると握り返してきた。手の骨を折りにきてる、それくらい力強く。


「こっちのセリフだ。よろしくな」


 だから俺も握り返す。


「よし! それじゃあ北側が紅! 南側が白! ニ十分後に試合開始だ! 各自作戦会議をしろ! 訓練だからと気を抜くなよ!」


 最後まで、ヤツから目をそらさなかった。ヤツはニヤリと笑い、南側へと走っていった。


 全長約六キロもある野外訓練場。紅白に分かれて南北の先端にたどり着いたのを教師が確認し、訓練場の地面がせり上がってきた。


 凸凹とした山がいくつもできた。木々が生い茂り、さながら山というか森の中での集団戦闘を想定しているのだろう。今回使われているかはわからないが他には砂漠や水辺、市街なんかを模したオブジェクトもある。ホントに凄い学校だなと感嘆するばかりだ。


 百五十人ほどの生徒が集まる北側で生徒たちの話し声が耳に入ってくる。


「テキトーに終わらせて早くかえりてーなー」

「ちょっとは長引かせないと成績に影響するでしょうが」

「どうせ灰村と安瀬神がぶっこんで来るんだろ? 一生懸命やったって無駄だろ」

「灰村くんと同じチームじゃないいいいい」


 なんて感じだ。


 二回三回と深呼吸し、一歩前に出た。


「みんな! ちょっと聞いてくれ!」


 俺がそう叫ぶと「なんだなんだ」とこっちに視線が集まる。俺の後ろには夢、ドン、アリシャがいる。怖がるなと自分を叱咤する。


「個人的な事情で申し訳ないんだけど、この勝負、絶対勝ちたいんだ。詳細は話せない。でも、勝ちたいんだ……!」


 そう言ったあとで深く頭を下げた。


「協力してください! お願いします……!」


 いつの間にか、生徒たちの雑談が止んでいた。一瞬の沈黙のあとでまた喧騒が広がっていく。


「なんでお前の言うことなんか聞かなきゃいけねーんだよ」

「灰村くんならともかく、君塚のことなんて知らないわよ」

「頼む割には詳しく話せないって、誰かとジュースでも賭けてんのか?」

「くだらねー」

「私たちは早く帰りたいだけなんだけどー」


 批判的な声が俺に向けられる。飛んでくる罵詈雑言。批判中傷はごもっとも。でも、俺にはこうするしか方法がない。


「頼む! 頼むよ!」


 手を開き、地面につこうとして腰をかがめた


「私は良いよー!」


 そんな明るい声が、不穏な声の群れを切り裂いた。


 顔をあげると、一人の女生徒が生徒の中から顔を出した。名前は確か村川亜依。三組だったと思う。ただし関わりはほとんどなく、お互いに名前を知ってる程度だ。


「いい、のか?」

「うん、別にいいよ。よくわかんないけど、前に私が転んじゃって擦りむいた時、黙って絆創膏くれたじゃん? 絆創膏だけ渡してどっか行っちゃったけど、私いまだになにも返せてないからさ」


 彼女は満面の笑みでそう言った。


「じゃあ俺も」


 と、今度は男子が出てきた。身体が大きく丸刈り。一組の滝沢善治だったか。


「俺もさ、前に教室のドア外しちゃった時に直してもらったんだよな。俺急いでてどうしようかと思ってたんだけど「俺がやっとくから行けよ」って言ったよなお前」


 それを皮切りに、自分もいい、自分も手伝うとたくさんの生徒が挙手してくれた。


「財布忘れた時に金貸してもらっちゃったしなー」

「転んで教材壊しちゃった時「俺がやっとくよ」って言って助けてもらっちゃったのよね」

「彼氏とデートの日に掃除当番代わってもらったんだ。いいよそれくらい」

「この前は辞書貸してくれてありがと」

「私は友達とふざけてて階段から落ちた時に、下の階で受け止めてもらったなー」

「さっきの灰村とのやり取りか? 俺も灰村嫌いだしやってやるよ」


 先ほどの罵声が嘘のように、事情も知らない生徒たちが協力に応じてくれる。


「どう、なってんだ……」


 ポンっと、肩が叩かれた。


「ドン……」

「お前がたくさんいる生徒たちの名前を覚えてること、俺は知ってるぞ。それに、お前に自覚はないかもしれないが、お前の無意識が人を動かしてる。先日も後輩を助けただろ。小さい小さい無自覚の善意かもしれないけど、その積み重ねがこの結果だ。俺もお前の無自覚にはたくさん助けられてきた。お前は人の顔色を伺っているタイプじゃない。ちゃんと相手のことを考えて行動する。だから俺はお前の傍にいるんだ。そのままにしておいたら大事故に遭いそうだしな」


 なんて言いながらドンが笑う。


「みんな……」

「私も手伝うぞ。私がいなきゃ理人を止められんだろ」


 聖蘭だった。腕を組み、ニヒルな笑みを浮かべている。


「いいのか?」

「私は訓練でも全力を出す。別にお前に言われたからではないさ」

「でも手伝うって言った」

「う、うるさい!」


 アリシャのツッコミに対し、顔を赤くして視線を逸らす聖蘭。こんなカワイイ一面もあるのか。


「で、策はあるのか?」


 まだ顔は赤いが眼光は鋭い。いつもの聖蘭に戻ったようだ。


「あ、ああ! 大丈夫!」

「まあ理人は私が止めるから、他は上手く配分して」

「いや待て待て、これからちゃんと説明するから」


 どこかに行こうとする聖蘭を引き止めた。


「なんだ、どうしたというんだ」


 怪訝そうな顔をする彼女に近づいて一言ボソっとつぶやいた。


「なに? お前どういう――」

「こっちは全員が協力してくれるわけじゃない。それを留意した結果だ」

「話を聞かせてもらおう」

「その気になってくれたな」


 他の生徒への説明はドンに任せ、俺は先生の元へと駆けていく。北側にも南側にも先生が一人ずつついている。そして北側の教師は俺たちの担任だ。

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