最終話
白い男は右手を前に出す。聖蘭の左腕に触れ、男の手と聖蘭の腕の間に白い光が現れた。温かく、それが回復系の魔導術であることはわかった。が、回復速度が尋常ではなく、光が現れてから五秒ほどで完治してしまった。
今度は両手を前に出し、後ろを向けとジェスチャーされた。
痛む身体で背を向けた。木にしがみつくような、少しだけ屈辱的な格好だった。
これもまた回復系の魔導術で癒やしてもらった。背骨にもヒビくらい入っていただろう。肋骨も何本か折れていた。それを全て、数秒で治癒させたのだ。
「アンタ、誰?」
振り向いて、そう言った。
男は白いヘルメットの上から「シー」っと人差し指を立てた。聖蘭を抱き上げて立ち上がる。俗にいうお姫様だっこというやつだった。
「な、なにするの!」
咄嗟のことだったので抵抗できなかった。疲れているのか上手く力が入らない。
そんな聖蘭を無視するように、男は森の中を駆けていく。自分で走るよりも数倍速い。
木を避けながら、一撃で魔獣を倒しながら、彼は走り抜けた。そして、ある場所で聖蘭は下ろされた。
二百メートルくらい先だろうか、紫色の虎、自分たちが逃げ回っていた魔獣のところだ。魔獣は横たわり、その周囲を赤服が囲んでいる。
「勝った、のか」
トンっと背中を押された。振り返ると、白い男はもういなかった。
「助けてくれたのか。一体何者なんだ……」
首を横に振った。あれが誰かを知るのは後でいい。助けられた、助けてもらった、命がある。これだけあれば今は十分だと思った。
歩く。しだいに早歩きになった。
「せ、セイラン!」
驚いた様子のミゲルが叫ぶ。周囲の赤服に口を抑えられていた。
「遅れて申し訳ない」
「申し訳ないって、あの老兵はどうしたんだ?!」
「どうだろう、死んだか生きてるかはわからない。でも、ある人に助けてもらった」
「ある人って誰だい?」
「わからない。ヘルメットみたいなのを被ってたから。でも白い人、とだけは言える」
「白い……人?」
ミゲルは眉根を寄せ、首をかしげて見せた。
彼の仕草ももっともだ。聖蘭本人にさえ「白い男に助けられた」としか言えず、客観的に聞いたら理解しがたいものだとわかっているからだ。
「とにかく私は生きてる。任務を遂行しよう」
周囲の赤服は、ややあってから頷いた。
間違いなく自分は井の中の蛙だ。そして海に出て、生き残った。助けられただけだが、間違いなく生き残ったのだ。
これはモラトリアムなのだ。大海に順応するために与えられた猶予にすぎない。
仲間からでも敵からでもいい。盗める技術や覚えられることはすべて覚えろ。自分の心に、身体に言い聞かせた。
白い男がもう一度助けてくれる保証はないのだ。自分で順応し、進化していく他に道はない。
聖蘭は上空を見上げた。
虫はまだ飛んでいる。あれがいつ襲ってくるかもわからない。けれど、襲ってきた時には必ず撃退してみせよう。もう一度紫色の魔獣がきたら叩き潰してみせよう。
これからが勝負だと、頬を両手で叩いた。
彼女はまた一つ進化した。自分がどれだけ強くなれるかはわからないが、学習能力だけはピカイチだった。
赤服と共に魔獣の元を離れていく。任務は、まだ終わっていないのだから。




