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底辺術師の生存証明《サブシステンス》  作者: 絢野悠
【クリーブランド編】
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三話

「それじゃあ、今日からこのクラスに転校してきたアリシャ=マッカートンだ。仲良くしてやれよ」


 我らの担任、御剣虹子(みつるぎこうこ)先生がそう言った。いつも気だるげで、着ている白衣はよれよれだ。ちなみに長い髪の毛もボサボサだ。愛称はこうちゃんである。

「アリシャです。イッキと同棲中です。よろしくお願いします」


 なんてこったい。


 まさかアリシャがこの学校、このクラスに転校してくるなんて思わなかった。っていうのは嘘で、テンプレ的にはこうなるのかなとは感づいてたさ。でも実際こういう状況に立たされると、クラス中の視線がめちゃくちゃ痛い。釘付けにするには太すぎるし、釘の数が多すぎる。


「同棲、と言っても君塚とマッカートンの家は古くからの知り合いだって話だ。ホームステイみたいなもんだと思え。よしホームルームを始めるぞ」


 幸いかどうか、彼女とは席が離れた。これで席が近かったら俺の存続が危うい。当然、クラスメイト、主に男子からの羨望の眼差しに殺されてしまう。


 今日のホームルームは、最近町で起きている連続殺人事件についてこうちゃんが注意勧告をしていた。ちょうど一ヶ月前にカップルを狙った猟奇殺人が発生。今日までで五件発生し、猟奇連続殺人事件にまで発展した。特にうちの生徒にも被害があり、一組のカップルが殺された。腕や脚を切り落とされたり、目玉がくりぬかれたり、指を全部削ぎ落とされたり、肌を剥ぎ取られたりと、殺害後の状況は様々なようだ。だが、どれもこれも胸糞が悪くなるような状態だという。


 なぜ俺が詳しく知っているのかというと、生徒会の知り合いに教えてもらった。まあ夢とドンのことなんだけど。


 この学校は警察や軍部なんかと連携し、生徒会や風紀委員が問題を解決することが多い。それはこの学校が軍人を育てることがメインだから。警察はレガールによって導術をかなり制御されているが、レガールに関してこの学校の生徒は警察よりも好待遇なのだ。給料も出る、経験も積める。拒否したいヤツは生徒会や風紀委員をやめる。それらをやめると内申が下がる。なんというか、社会の縮図なのかもしれない。世知辛い、そんな世の中の縮図だ。


 俺の気持ちとは裏腹にホームルームが終わり授業は進んでいく。


 転校生だということで、アリシャは全ての授業で名指しされていた。が、どもることも詰まることもなく正解。授業中に教師が聞いていたが、どうやら彼女の学力レベルはかなりいいところの大学を卒業できるくらいだという。


 お昼休みになると、いつものようにドンがやってきた。


「いくぞ一騎。早く行かないの食堂がいっぱいになる」

「いやー、それが今日は弁当があるんだ」


 ドンっと、机に重箱が置かれた。アリシャだ。


「お前も食ってくれよ。アリシャが張り切って作ったもんだから、俺たち二人じゃ食いきれない」

「それはいいんだが、マッカートンはそれでいいのか?」


 ドンの問いにアリシャはコクリと頷いた。


「イッキがそう言うなら問題ない。ただ、私のことはアリシャと呼んで欲しい」

「了解した。今後はそのようにしよう。俺のことも龍灯と」

「うん、わかった」


 この二人もなんとか上手くやれそうだな。


「ちょっと! 私だけのけものなんてヒドイよ!」


 弁当を持った夢が現れた。まあ、来るとは思ってたよね。


「はじめましてアリシャ。私は奇岩島夢。気軽に夢って呼んでね」

「アリシャ=マッカートン。アリシャでいい」

「わかった。それじゃあお弁当食べようか。さっさと食べてアリシャの話聞きたいし」

「お前、今日は他の奴らと食べなくていいのか?」

「たまーに別のグループに混ざるだけだよ。いただきまーす」


 なんとも天真爛漫だ。一人で食べ始めてしまった。


「あーそうだ、これアリシャが作った弁当。あまりにも多すぎるからちょっとつまんでくれ」

「おっけー、おいしく食べさせてもらうね」


 夢がアリシャの方を見ると、アリシャは無表情のままコクリと頷いた。


 手がこってようがこっていまいがアリシャの料理はうまかった。きっとなにを作らせても最低限味が保証されるんだろう。


「アリシャって笑わないんだね」

「昔からこうだよ」

「え? 今アリシャに聞いたつもりなのになんでイッキが答えるの……?」

「朝先生が言ってたろ? 俺の親父とアリシャの父親が知り合いで、小さい頃はよく顔を合わせてた。ある時期からアリシャの父親が転勤したんだっけな確か。それから会わなくなった」

「なるほど、つまり私と同じで幼なじみってわけだ」

「そういうことになるな」

「幼なじみ同士よろしくね」


 夢が手を差し出すと、アリシャはその手に懐疑的な視線を向けた。


「――よろしく」


 数秒見つめたあとで手を握る。正直、アリシャがなにを考えていたのかなんてわからない。顔に出ないから。


 たわいない会話を続けている最中もドンはモクモクと弁当を食べていた。たわいない会話というか、単純に夢がアリシャに質問してただけだが。


 午後の授業まではまだ二十分くらいある。アリシャを他の二人に任せてトイレに行くことにした。


 夢もアリシャもクセはあるけど美人だと思う。まあ傍から見れば両手に花だな。いや、ドンもいるからなんとも言えないが。


 ようをたしてトイレを出た。そこである人物に呼び止められた。正確には、もう一度トイレに引きこまれた、だ。掴まれた腕が痛い。


「よう落ちこぼれくん」

「やあ、秀才」


 灰村爽夜。校内きってのイケメンで、期末考査も毎回一位。実技考査だって、先輩たちを抑えて上位に食い込む。親は大きな会社の社長。当然女にはモテる。


 が、陰湿なイジメをする。ターゲットは底辺にいるやつ。つまり、俺みたいなやつだ。クラスが違うってのが幸いだ。


 トイレの奥の方へと連れていかれた。取り巻きの男は二人。爽夜を含めて三人とも背が高い。


「転校生、アリシャさんはお前と住んでるらしいな」

「そうだけど、それがどうかしたかよ」

「夢さんはお前にべったり、それなのにアリシャさんもおまえにべったり。どうしてお前がそんなにモテるんだ? 顔も十人並み、学力も戦闘力も底辺。この学校じゃ、どっちかがなきゃ生き残れない」

「軍人を育てる学校だからな」

「そうだ、だからお前がムカつく」

「女なんていくらでもいるだろうが」

「夢さんじゃなきゃダメなんだ。アリシャさんじゃなきゃダメなんだ。特別なんだよ彼女たちは。俺の心のオアシスだ。あの二人はこの学校、いやこの区画の中でも指折り数えるほどの美人だぞ? モノにしたいと思うのは当然だ」


 ニヤリと、汚らしく笑ってやがる。


「アイツらは物じゃない。俺がそうしてくれって頼んだわけでもない。それにただの友達だ」

「友達なら、俺が恋人になってもいいよな?」

「二股ってか」

「いいや、この前三人切ったから六股になるな」


 後ろの二人と一緒に大声で笑っていた。こんなクズに話を合わせてやる必要なんてない。


 俺は爽夜の脇をすり抜けて出口へと向かった。


「まだ話は終わってねーんだよ」


 腕を掴まれ、強引に地面に叩きつけられた。


「俺はあの二人とイイ関係になる。口を出すな。それと、こんな話を周りに言っても信じてもらえないってわかってるよな? 俺とお前じゃ人徳ってやつが違うんだ」


 それだけ吐き捨てて、取り巻きと一緒に出て行った。


「バカみてぇ……」


 誰がって、そりゃ俺がだ。


 なんで「お前になんて渡すもんか!」くらいなぜ言わないんだ。怖いのか? 恐れてるのか?


「くっそ、情けない……」


 トイレの床を拳で叩いた。


 夢のことを言われたのは最近じゃない。入学してすぐからアイツはことあるごとにつっかかってきやがった。当然夢は知らない。ドンもだ。


 甘いマスクに釣られるような女じゃない。夢も、アリシャも。でも万が一釣られちまうようなら、俺がなんとかしたいって思う。


 誰も知らない。だから、俺が守るんだ。誰にも言うもんか。この悔しさは俺の物だ。


 立ち上がり、もう一度手を洗った。顔もついでに洗って、頬を叩く。


「うし」


 気がつけば、チャイムが鳴る一分前だった。


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