一話
「こりゃどういうことだよ!」
アリシャ、夢が攫われた。一騎はゲートの中に飛び込んで消息不明。そして残された者達は、スーベリアット軍によって拘束された。正確には保護であるのだが、理人にとっては仄暗い牢の中に入れられたことが許せなかった。
古い牢屋だった。地下なので窓はなく、いくつものブロックを積み重ねて造られている。けれど耐導術用素材なのか導術は一切ほとんど使えない。鉄格子とブロックの壁に囲まれ、理人、聖蘭、龍灯の三人はどうすることもできないでいた。
ここに来るまでに目隠しをされ、手にも足にも拘束具をされていた。PDも時計もないので何時間経ったかわからない。ここがどこであるかもわからない状態だ。
「吠えるな理人。品位が落ちるぞ」
「品位だぁ? こんなところで品位も血筋もクソもありゃしねーんだよ!」
聖蘭に窘められて逆上する。仲間も助けられない、敵には負ける、おまけに牢屋に閉じ込められる。すべてが原因で、今までに味わったことがない、とても苦味だった。
十年以上、階段を数段飛ばしで上ってきた。周りの人間が苦悩し、立ち止まっていても、理人は躓くことなく全力で階段を駆け上がってこられた。聖蘭も同じようにしてきたが、兄妹でありながらも違いがあった。その違いが性格の違いであり、心の強さにも繋がってくる。
「少し冷静になりなさい。怒っても喚いても、この状況が好転するための引き金になるとは思えない」
「お前は悔しくねーのかよ! ボコボコにされて、ダチも守れなくて、おまけにこんな牢屋に閉じ込められて!」
「いろいろと考えることはあるし悔しいとも思う。歯が立たないことを不甲斐ないとも思った。だからこそ、前に進むためにやらなきゃいけないことがある」
「こんな場所にいたらそれもできねーだろうがよ!」
「まあ落ち着け理人。聖蘭が言うことももっともだ。少し頭を冷やせ」
「リュードー、お前も聖蘭の味方なのかよ……!」
聖蘭との間に割って入ってきた龍灯を睨みつける。味方はいない。信じられるのは自分しかいない。
「随分と大きな声で喋るな」
コツコツという足音と共に三人に向けられた声。理人にとっても聖蘭にとっても聞き覚えがある声だった。
鉄格子の前に一人の中年男性が立つ。特徴は特にないが、アゴひげと優雅な立ち振舞いが育ちの良さを伺わせる。
「なにニヤニヤしてんだよ、オヤジ」
そう、その人物こそが安瀬神縁だった。年齢は四十前後であるが若く見える。ミュレストライアの王パトリオットと共に様々な世界を救った英雄として崇める人も少なくない。
「いや、我が子ながら威勢がいいと思ってね」
「ふざけてんじゃねーぞ! さっさとここから出しやがれ!」
「そういうわけにも行かない。お前たちは派手にやりすぎたんだ。警察や軍部が慎重に動いていたというのに、無理矢理戦禍を広げてしまった」
「はあ? じゃあビルが落ちてきた時、あのまま落下させりゃよかったってのかよ! ドルバレス軍が侵攻してきた時、勝手にやらせりゃよかったのかよ!」
「ああ、そうだ。お前たちが動いていた時、もうすでに軍部は水面下で動いていたんだ。ビルの落下も、粉々にして被害を最小限にとどめようとしていた。ドルバレス軍についても各個撃破の構えがあった。それを、お前たちが引っ掻き回したんだ」
「だったもっと早く動けばよかっただろうが! それをしなかったのはアンタじゃねーか!」
「大きな動作で動くだけが人を助ける道じゃない。それに軍部だって一枚岩じゃないんだ。なにをするにも許可をとったりしなきゃいけない。お前はまだ世間を知らなすぎるんだ」
「んなもんガキに言ってなにか変わるのかよ!」
「変わらないな。でも、ここに閉じ込めておくことで変わることならある」
「俺たちを出すつもりはないってか」
「当然だ。騒ぎが一段落するまで、保護という形で逗留してもらう」
「ふざけんな! 俺は今すぐにでもダチを助けにいかなきゃいけねーんだ!」
「そういう勝手なことをするなと言ってるんだ。友達とは君塚くん、マッカートンくん、奇岩島くんのことだろう? それならばお前ができることなんてないぞ。彼らはもうゲートの向こう側だ。特に君塚一騎くんに関しては消息不明という扱いだ。お前があがいても未来は変わらない」
「どうにかする方法はあるんだろ? だったら俺を使えよ。アンタが世界を救ったのは俺くらいの年の時だ。だったら俺にだってできるはずだ」
「無理だ。お前では力不足だし、そもそもボクが異世界に行くことになったのは、ボクやエルアでなければ異世界転移ができなかったから。他の人間にも可能であったのならもっと優秀な人間が世界を救っていただろう。それにボクは祠徒と話が可能なほどに魔法力が高かった。お前や聖蘭とは比べ物にならないくらいにはね」
「それなら何度か聞いたよ。ばーちゃんがミュレストライア人だったからだろ。俺にだってばーちゃんの血が流れてんだ、それくらいできらぁ。魔法力だってそのうちアンタを追い越してやる、アンタの血だって流れてるわけだしな」
「そうじゃない。時代は変わった。特殊な力など持たずとも異世界転移を可能にする技術が造られた。お前よりもずっと強く頭がいい人間はたくさんいる。その人達に任せるんだ」
「俺にやらせろ」
「ダメだ」
「だったら力ずくでもなんとかしてやる」
「お前が一度でも俺に勝ったことがあるか? 保って三分だったはずだけど?」
「もう二年前のことだろ?」
「そんなことまでちゃんと記憶してるくらいには、ボクとお前の力の差をわかってるってことだよ」
「ホントムカつくよアンタ……!」
鉄格子を殴りつけた。
痛い。けれどそれよりずっと、情けなさの方が上回っていた。
縁が言うことは間違っていない。だからこそ相手に敵意を向けることしかできない。ギリギリと奥歯を食いしばって縁を睨むが、彼の顔色が変わることなどなかった。
ドルバレスの軍人だけではない。自分は自分と同じ立場の人間にしか勝てないのだと、この時ようやく気付かされた
「いいか理人。もしもここから抜けだせたとしてもお前にはどうすることもできないさ。そう、絶対にな」
一つため息を漏らし、縁はクスリと笑った。
「バカにしてんのかよ」
「どう捉えるかはお前次第だよ。自分の行動や言動というものはね、結局はアウトプットではなくインプットなんだよ。自分がどういうことを伝えたいのかだけでは意味が無い。相手にどう伝わるかを意識しなければ、こちらの意図など伝わらない。なぜならば、相手が理解し納得できないからだ。それじゃあな」
背を向けて歩き出す。父の背中を見てなにも言えなかった。図星を突かれ、拳を強く握ることしかできなかった。
父のことは尊敬している。小さな頃から家にはあまりいなかった。仕事は忙しそうだが、時間ができれば家に帰ってきては遊んでくれたり勉強をみてくれた。しかし、時に嫌な言い方をする。
〈お前なら、俺の言うことの意味を理解できるな?〉
直接は言わないが、そんなふうに言葉遊びをすることがあるのだ。だから今回もそうだ。「お前ならわかるな?」と言われているような気がした。
〈視野が狭い。自分本位で行動するな。客観的に自分を見ろ〉
そう、言われているのだ。だから余計に悔しく思う。
「父さんがそう言うってことは、なにか抜け道でも用意されてるかもね」
聖蘭が静かに言った。
「どういうことだよ」
振り向くと視線がぶつかり合う。
「あの人、特定の状況に限ってだけ「絶対」って言葉を嫌うんだよ」
思い返してみた。確か、自分で言ってたような気がする。初等部だったか、なんてことない会話の中で聞いた。
「絶対にない。絶対に無理だ。そういう言葉を、あの人は嫌うんだ」
言われるまで完全に思い出せないなんて、と自分を叱咤する。そうだ、あの人が「絶対」を使う時は、プラスの要素になったり相手を励ます時だ。諦めそうになっても、そうしていればゼロパーセントにはならないような気がするから、と。
「でもアイツ、絶対にないって言い切ったぞ」
「だから、あの人はなにかを期待してんのよ。私と、アンタにね」
彼女が横に並ぶ。鉄格子を引いて、押して、通路を見た。




