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底辺術師の生存証明《サブシステンス》  作者: 絢野悠
【クリーブランド編】
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二十話〈リターン:君塚一騎〉

 命からがら、なんとかコートの男を巻いた。


 巻いたと言えるかどうかはわからない。出した光を目一杯強化してめくらまし、それから脱兎の如く逃げ出した。


 が、傷が深い。あまり遠くまでは逃げられないだろう。


 アリシャを逃がしてから、数分の間戦うことを余儀なくされた。光がその場に満ちるまでは逃げられないと思ったからだ。その際、ドラゴンの炎やら男の打撃なんかを食らい続けた。同時に魔導術でいたるところを切り裂かれた。骨までは届いていないが、左腕が一番傷が深い。ずっと抑えているのに血が止まらない。


「クソっ、どうやって逃げ出せばいいんだ……」


 ヤツを倒すことなど考えていない。二対一でさえ歯がたたないんだ、俺一人じゃどうしようもない。


 それでもと、一階を走りながら策を考える。


 武器は使ってなかった。魔導術も体術も俺やアリシャよりも上。それに魔導術でドラゴンだって造りだす。


「ドラゴン……」


 確かに模倣空間はコートの男が作った。けれどあのドラゴンは、本当にコートの男が造ったのか。逆にあのドラゴンを別の人間が造った場合、なぜあそこまで連携が取れているのか。


「他にも仲間がいるから、か」


 魔法力を搾取してそれを売買していたんだ、仲間がいても不思議じゃない。


 でもソイツがどこにいるかを探すだけの気力はない。というか、コートの男がそれをさせてくれないだろう。


「私を、探しているんでしょう?」


 二階の階段を登り切ったところに女性が立っていた。腰まである長い髪の毛、露出の高い服装。チャイナ服、というのだろうか。大人びていて非常に色っぽい。


「んだよ、探す手間が省けたじゃねーか。お前がドラゴンを造ったんだな」

「私の得意な魔導術は召喚。召喚という言い方はちょっとおかしいわね。空気や土なんかを使ってそれっぽいものを作り出す」

「ああそうかい。俺の前に出てきたこと、後悔させてやるぜ」

「その身体でなにができるの?」

「いや、実は特になにかができるわけじゃない」


 と、さっさと尻尾を巻いて逃げる俺だった。


「ちょ、待ちなさいよ!」


 階段を降りて一階へ。でも今度はコートの男が立ちはだかる。


「逃がすものかよ」


 そう言ってヤツは空気を掴み、自分の胸元に引き寄せた。


「あ、アリシャ!?」


 なにもない空間からは女性が引っ張ってこられた。見たことがある女性。そう、アリシャだった。


 男の腕に首を締められて苦しそうにしている。


 傷は癒えている。つまり、誰かに傷を治癒してもらってから助けに来たところを捕まった、という感じだろう。


「逃がすつもりはない。俺の正体を知った、俺たちが複数犯であることを知った。後で殺す、なんて野暮は言わん。今殺す」


 遠目でも、ギリギリとアリシャの首が締まっていくのがわかる。


「ま、待て! やるなら俺を先にやれよ!」

「二人共も逝くんだ、どっちが先でもいいだろう」


 そう言って、ヤツは更に力を強めていった。


 苦しそうな顔をするアリシャを、俺は見ていられなかった。


「【その手の中に光あり】!」


 素早く拳を振ってヤツの頬を殴りつける。驚いたのか、狙い通りにアリシャを離してくれたようだ。


 俺の行動を理解していたアリシャは俺の元へと走りこんでくる。これで人質はなくなったわけだが、挟み打ちという状況になってしまう。


「お前の祠導術は知っているが、いきなりやられるとビビるな」

「俺の祠導術を知ってる……? そりゃどういうことだ?」

「お前ら紅白戦してただろ? お前と安瀬神理人の戦闘がかなり注目されてたんだよ。あんなに派手にやったんだ、そりゃ知ってるに決まってるだろ」


 つまり、どういうことだ。コイツは午前中からこの学校にいたってことか。だからこそ俺とアリシャだけを模倣空間に転移させることができた。そう考えれば辻褄は合うが、コイツが学校に侵入した経路はなぞのままだ。


「さて、接近戦で俺に勝てると思うのなら、今の状況はお前らにとっては有利なんだろうな」


 ヤツは両手を握り、胸の前で構えた。ボクシングスタイル、という感じだ。


 後ろにいる女を横目で見た。笑っている。たぶんこの女も相当強いんだろう。


「やるしか、ねーか」


 ネタは使いきった。【その手の中に光あり】は、空間を飛び越えて攻撃できる。しかし相手に当たった瞬間に溶けてしまう。光と化した魔法力はとても微弱で、誰かに触れるとその人の魔法力と相殺する。そのため、誰かを掴んだりするのにはかなりコツがいるし、攻撃力を上げようにも一瞬しか触れていられないのでかなり難しい。


 どうする、どうすると何度自問自答しても意味は無い。


 ヤツが地面を蹴った。


 瞬く間に接近してくる。まるでスローモーションのようだが、それに反応することなんてできない。


 俺は今、思考停止状態と言ってもいいのだから。


 次の瞬間、目の前に巨大な稲妻が落ちてきた。耳をつんざく轟音と、目がチカチカするほどの光量。校舎の天井に大穴を開ける一撃だった。


「ハロー、元気してる?」


 天井から降りてきたのは金髪の女性。確かミュレストライアから留学してきたマリアーデ様だ。


 なにが起きているのかさっぱりわからない。でも一つだけわかる。


 俺とアリシャの命が繋がった。その一点だけは、きっと間違いない事実なんだ。


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