十九話
マリアーデは素早くPDを取り出して誰かに通話をしたようだ。
「私よ私。詐欺じゃないわよ。なによそれどれだけ古典的なのよ。アナタたちが探してたっぽい女生徒は発見したわ。焼却炉近くの裏口に来なさい。それじゃあ」
PDをしまい、しゃがみ込む。
「アナタは休むつもりがないのよね。なら仕方がないわ」
アリシャの胸に手を当て、マリアーデが魔導術を行使する。すると、みるみる内に傷が癒えていく。
「す、すごいですね」
思わず、龍灯の口からはそんな言葉が溢れていた。
「これでもね、いろいろやらなきゃならないことも多いのよ。魔術だってその一つ。お姫様だからってテキトーしてるわけにはいかないってね。ほい完了」
速度、範囲、強度、どれをとっても完璧な魔導術。学生のレベルではないということくらい、龍灯にも
よくわかる。
この世界では魔導術だが、ミュレストライアでは魔術と言う。同じように祠導術のことも忌術と言う。他の世界においても名称が違うため、知っている人間でなければ話が噛み合わないこともままあった。
「アナタ、名前は?」
「俺の名前は天崎龍灯です」
「アナタは?」
「アリシャ=マッカートン」
「リュウドウとアリシャね。わかった。それじゃあこれからの話をしましょう」
マリアーデとアリシャが立ち上がる。アリシャの方はほぼ完治、体力までは戻せないが今は十分だろう。
「模倣空間というのはどれだけ優秀な魔術であっても、本来ある空間の接合されているものよ。ならば入り口を無理矢理作ってやればいい」
「そんなことができるのですか」
「できる。力技は私の十八番だからね」
一つウインクし、右手を前に出した。
マリアーデの右手に、空間が歪むほどの魔法力が集まってくる。いや、魔法力で空間を歪めているのだ。
「ほら、よっと」
パリパリと、空気に電気が走った。彼女が空気を掴む。腕を引っ張ると、布のように景色が切り取られた。
「ちょうど安瀬神兄妹も来たみたいね。それじゃあ私は別件があるから」
そんなことを言って、彼女は一人でどこかへ言ってしまった。代わりに安瀬神兄妹がやってくる。
「あれ、マリアは?」
「用事があるとかでどこかに。それよりも、そのマリアーデさんが道を作ってくれた。行こう」
夢だけがまだ来ていない。夢には一通のメールを送り、四人は模倣空間へと足を踏み入れた。
景色はほとんど変わらない。魔法力が少し刺々しく肌に刺さる程度。が、実はそれだけではなかった。
地面には血液の後。誰の血痕かは一目瞭然だった。
校舎へと続いている血痕をたどり、四人は一斉に走りだした。裏口から校舎へと続いているということは、それだけの出血量だということ。それを理解しているからこそ、皆無言で走りだしたのだ。
しかし、一階の廊下を走っていると血痕が切れた。右を見ても左を見ても血の跡はない。
「イッキ、どこ……?」
そう言ってアリシャが前に出た瞬間、彼女の身体が忽然と消えた。
「やられた……!」
模倣空間の中に別の空間を造り出し、そこへイッキとアリシャを引き込んだ。そう考えるのが妥当だった。
「連れてかれたみたいだな。どうする、龍灯」
落ち着いた様子の聖蘭が言う。
「どうするもこうするもないだろう。俺たちはここで立ち往生だ。なにか空間を切り裂くような魔導術があればいいんだが……」
「その必要はないよ」
聞いたことがない声が背後から聞こえてきた。急いで振り向く三人。そこには一人の男性が立っていた。短髪で若干化粧をしている。袖が広がった上着、スキニータイプのクオーターパンツ。口元に笑みを浮かべて睥睨している様子だ。
「お前なにもんだ」
理人が目を細めて言う。
「僕の名前はハイネ。この空間を造った者だ」
「コートの男の魔導術ではないのか……?」
「コートの? ああ秀二か。違うよ、彼は殴り合い専門だから」
ハイネの発言の数々に疑問を抱く。が、すぐに結論が出た。
「なるほど、複数犯だったということか。それとアリシャが連れ去られたのではなく、俺たちが移動させられたということか」
「そういうことだね。秀二があの二人を殺すまでの間、キミたちにはここにいてもらうよ。大丈夫さ、ちゃんとキミたちのことも殺してあげるからさ」
そう言って、ハイネは煙のようになって消えていった。
「模倣空間は一つだけじゃない。複数犯ということを考えなかったのも敗因の一つか……」
龍灯は奥歯を強く噛んだ。もっとちゃんと考えていれば、一騎もアリシャもこんなことにならなかったのに、と。
そんな龍灯の肩を理人が叩いた。
「諦めるのはまだはええぞ」
「そうよ、やれることはまだあるかもしれないし」
安瀬神兄妹の目はまだ死んでいなかった。口元に笑みを浮かべてすらいる。
「なにか案でもあるのか?」
「ねーよ? だから考えるんだろうが」
「ないのに、そんなに自信があるのか」
「悲観してたって始まらねーだろ。な、俺たちは強い。俺と聖蘭だけじゃない。お前だって十分強い。なんとかなるさ」
歯を見せて笑う理人を見て、龍灯の顔も弛緩した。
「そう、かもしれないな」
廊下の向こうを見た。まだ自分にもできることがあるのではないかと、新しい思考が生まれてくる。
「待ってろよ、一騎」
そう言って、龍灯は走りだすのだった。




