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底辺術師の生存証明《サブシステンス》  作者: 絢野悠
【クリーブランド編】
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一話:〈リターン:君塚一騎〉

 廊下の張り紙を見上げて、俺は愕然とした。


「マジ、かよ」


 先月の期末考査の結果が貼りだされたのだが、俺は三百位だった。三年は一学年で三百三十五人いる。それなのにこの成績とはどういうことか。


「あんなに勉強したのに……」


 張り紙に背を向けて一人で教室へと歩き出した。まあ、もう授業はないのでカバンを取りに変えるだけだが。


「なーに? 肩落としちゃってさ」


 俺の横に、聞き慣れた声が並んできた。シトラスの香りと相俟って、誰かなんて見なくてもわかる。


「うるせーよ。三百番だったんだ。勘弁してくれ」

「結構頑張ったのにね」

「お前はいつもそうだ。軽く言ってくれるよ」


 奇岩島夢(きがんじまゆめ)。幼なじみで、俺よりずっと成績がいい。確か今回の期末考査だって二桁だったはずだ。それに学年実技考査、全校実技考査だって俺よりいい成績を残してる。すごいけど、なんか悔しい。一緒に育ってきたのにこんなに差がつくなんて。


 ボブカットなのに後ろ髪だけが妙に長く、そこをゴムで縛っている。赤みがかった瞳が特徴的で、顔も可愛い部類に入ると思う。というか実際結構告白されてるシーンを見るし、逆恨みもよくされる。身長は俺よりも十センチくらい小さい。平均サイズか、女子としては少し大きめか。身長の話であって胸の話ではない。胸はそこそこある。目測Dカップだ。


「おいイッキ」


 その声に、俺と夢は背後を振り返る。数少ない友人の一人、ドンだった。


 名前は天崎龍灯(あまさきりゅうどう)、身長は俺と同じくらいで約百七十センチ。耳を覆うくらいの髪の毛で、前髪を左右にわけている。優等生アピールなのかメガネも忘れない。若干目つきが悪いので、不良なんかに絡まれることもある。俺も巻き込まれるから勘弁願いたいが、目付きの悪さがなぜか女子に人気だ。納得行かない。


「なん? どうかしたか?」

「どうかしたか? じゃないだろ。なんだよあの成績は。俺があれだけ教えたっていうのにお前ってやつは」

「仕方ないだろ。ヤマが外れたと言わざるをえない」

「あれほど常日頃から勉強しておけと言ったではないか」

「悪かった、悪かったって……」


 ドンが俺の横に並ぶ。なぜか俺がこの秀才二人に挟まれてる。ドンは夢より頭がよく、今回の期末考査も夢と同じく二桁台。実技の方も夢と遜色なくいい成績を残している。


 ちなみにだが、俺の実技考査の成績は下から数えたほうが早い。


「お前らが左右にいると肩身が狭いわ」

「じゃあ勉強しよう!」

「俺も賛成だ」


 夢は右手を頭上に上げ、ドンはメガネをクイッと持ち上げる。


 階段付近で、女子生徒が地面に這いつくばっていた。地面にキスするんじゃないかってくらい顔が近い。


「どうしたんだ?」


 俺が声をかけると女生徒は顔を上げた。タイの色で後輩だとわかる。一年が青、二年が黒、三年が白、四年が黄色、五年が赤だ。来年になると一年生が赤になるというローテーション方式。彼女のタイは黒だから俺たちの一つしたということになる。


「えっと、メガネを落としてしまいまして……」


 前髪が長く目元が隠れてしまっている。が、なんというかおっとりとしている雰囲気が伝わってきた。


「なるほど、ちょっと待ってな」


 右に左にと視線を移動させる。壁際ギリギリに、畳まれた状態のメガネが落ちていた。それを拾って傷がないことを確認した。


「ほらよ」

「あ、ありがとう、ございます」


 さっきも思ったが声が若干小さめだ。人としゃべることに慣れてないのだろうか。


 俺は「じゃあ」とだけ言ってその場を離れた。


「いつもながら行動が早いな。女生徒にすぐ声をかける」

「そうか、ああいうのがタイプなのかー」


 ドンも夢も好き勝手言ってくれる。


「んなんじゃねーよ。あのままだと階段から落ちる可能性だってあるだろうが」


 二人は「はいはい」なんて言っていた。勝手に言ってろ。


 教室でカバンを回収し、俺達は昇降口に向かった。ドンは地元民だが、俺と夢は実家が遠い。俺はアパートを借り、夢は寮住まいだ。なぜ寮に入らなかったかと言うと、寮に漏れたからとしか言いようがない。


 この星架(せいか)学園は競争率が高く、寮だけでは収容しきれない。俺が入れたのがなぞなくらいだ。点数はギリギリだった。ヤマが当たってギリギリ。じゃあなんで安牌を切らなかったのか。そりゃ、夢に「頑張れ! やればできる!」って背中を押されたからだ。


 俺は幼い頃から「不器用、落ちこぼれ、役立たず」の三拍子そろった底辺だった。クラスで合唱しても音を外し、運動会も俺のせいで点数を落とす。クラスによくいるテストのクラス別平均点を落とす一人。自分ではいろいろと考えてやってはいるのだが、どうしても上手くいかないのだ。本番になると、ガチガチになってしまうのも原因だろう。


 夢に勉強を教わり、なんとか合格した。けど待っていたのは地獄の生活。勉強勉強の毎日なのに、軍人になるための実技訓練だってやらなきゃいけない。まあ、俺は小さい頃から自主的に筋トレしてたから問題はないんだけど。


 問題なのは導術。苦手というか、これも不器用が災いして上手く使えないといった感じだ。


 この世には六つの世界があると言われている。いわゆる異世界だ。ここは第三世界スーベリアットで、ここでは魔導術(まどうじゅつ)祠導術(しどうじゅつ)という二つの特殊な力が使える。魔導術は自然界にある魔法力を取り込み、魔導力に変換、火を出したり風を起こしたり、障壁を作ったり傷を直したりできる。魔導術と祠導術を合わせて導術と呼ぶ。


 しかし祠導術は違う。異世界に住む「誰か」の魂を少しだけ借りる契約をし、魂の持ち主を呼び出すという術だ。契約した者を【祠徒(バーレット)】と言い、本来ならば保たない特殊な能力を持ったまま召喚できるというものだ。魔導術で代替できるものも多いが、魔導術よりも低燃費だったりする。もちろん、代替できない能力の可能性だってある。契約する「誰か」は指定できない。なので得られる能力も選べない。ようは運なのだ。


 俺たちスーベリアット人は手首にレガールという腕輪をつけられる。産まれてすぐに。レガールは魔法力を抑制するため、一般人は満足に魔導術が使えない。使えるのは、俺たちのような専門の学生か、魔導術を使う仕事をする人間だけ。国がちゃんと認めなければレガールの抑制機能は解除してもらえない。現に、学生の俺たちは二割から三割程度しか開放してもらえない。


 ため息を吐きながら昇降口に到着。そこで、生徒たちの話を耳にした。


「安瀬神兄妹、今日もまたお手柄だって」

「すげーよな、あの二人。軍人や警察だって外敵を倒すの一苦労らしいのに」

「さすが、我が校きっての天才兄妹。しかもそれを鼻にかけないんだよな。聖蘭ちゃん可愛いし」

「あら、理人くんもカッコいいわよ?」


 などという会話だった。


 外敵(エイランス)。数年前から異世界転移してさまざまな世界へと侵攻してくる謎の集団。まだ一つの勢力かはわかっていないが、人型が転移してくることはかなり稀だと言われている。つまり、魔獣型の外敵がメインになっていた。


「俺には縁遠い話だなぁ」

「バカを言うな。これから俺たちも軍人になり外敵と戦うんだぞ」

「俺はいいよ。もっと平穏な職につくから。俺の成績じゃ軍人なんて無理だよ」


 そんな話をしながら学校をあとにした。


 女子寮の前で夢と別れた。「ちゃんと勉強するんだぞー」と言われた。


 五分ほど歩いて龍灯の家についた。とても大きい古い家だ。門も大きくて気後れしてしまう。たしか日本家屋、っていったかな。「もう少しで夏休みだ。気を抜くなよ」なんて言われた。


 夢も龍灯もなんで俺にこんなに優しくしてくれるのか。と思ったけど、アイツらはメリット・デメリットを考えて人付き合いするような奴らじゃないってのは俺が一番よくわかってる。だから、あまり気にしない。


 アパートについた。いつ見てもボロい。一応バイトはしているが、仕送りで払っていかれる限界のボロアパート。俺が寮の入居試験に落ちたのが悪いと思う他ない。


 鍵を開けて中に入る。


「ただいまー」


 と言っても誰もいないわけだが。なぜか、花の匂いがした。


「おかえりなさい」

「おう」


 ハッとした。


 俺の部屋だ、間違いない。左側の汚れたキッチン、廊下に置いてあるゴミ袋。それなのに、奥にあるメイン居住区から声がした。澄んだ、女性の声だ。


 カバンを左手に持ち、右手を握りこむ。攻撃がきたらカバンで受け止め、相手の挙動をよく見て一撃で仕留める。


 恐る恐る進行していくと、人影がサッと現れた。


「おかえりなさい。どうしたの?」


 金髪の少女だった。眼の色は深い蒼。整った顔立ち、カワイイというよりもキレイだ。本当は長いであろう髪の毛は、後頭部で結われているのだろうか。白いブラウスに大きめの乳房、短い青色のスカートから伸びるのは、肌が若干透ける程度のストッキングを履いた長い脚。

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