夜の女王 第一話
「あ、あの、ここはトワイライトガーネットでしょうか?」
胸元までの黒髪を真っ直ぐに伸ばした明らかに玻瑠よりも年下の少女は、戸惑っているようだ。
少し考えた後で玻瑠は自分が《Twilight Garnet》ではなく、《夜明けの柘榴》と言ったことを思い出した。
どうやら、このお客様は Twilight Garnet = 夜明けの柘榴ということを知らないらしい。
「えぇ、ここはトワイライトガーネットでまちがいないですよ。どうぞ、こちらにお掛けください。
お嬢さん、お名前は?」
ニコリとその少女に微笑んでから、紅が座っているソファの向かい側に誘導した。
この接客法は、暁月直伝だ。
「な、波宮 涙です…」
「玻瑠、暁月の真似すんな。どこのホストだよ。
ったく、さっさと茶入れろ。あと、暁月に電話」
「チッ、はーい。涙さん、ミルクココアでいいですか?」
「はい、大丈夫です」
玻瑠は部屋の隅にあるキッチンに向かいながら、片手でスマホを操作する。
履歴から【井原 暁月】の名前を探して、タップした。
プルルルルーと呼び出している音がした。
『もしもし、玻瑠ちゃん?』
「こんばんは、今どこにいます?お客さん来てるんですけど」
『あー、マジか。了解、今から行くよ』
「オッケーです」
ちょうど電話を終えたところで、電子レンジが鳴った。
温めていた牛乳にココアの粉を溶かして、ミルクココアの完成だ。
「どうぞ。熱いんで気をつけてくださいね」
薄青のマグカップを涙の前に置く。
「ありがとうございます」
「さて、今日はどういったご用件でしょうか?」
それもこんな時間に、と紅は涙を探るような瞳で見た。
だが、その口元は微かに緩んでいるように見える。
楽しんでるな、と玻瑠は感じた。
「こんな時間に、ということはやっぱり噂はほんとうだったんですね。陽が落ちると普通の宝石店ではなくなるという噂は」
どこかホッとしたように、涙はココアの入ったマグカップを持った。
緊張していたのかその手は僅かに震えていた。
「ジュエリーを鑑定していただきたいんです、正確にはこの宝石の謎を解いて欲しいんです。"夜の女王"といわれたこのアクアマリンを」
そう言ってカバンから取り出したのは、ビロード張りの小箱と赤い名刺だった。
濃紺のその蓋を開くと、淡い黄色の布、それを捲ると大粒のアクアマリンが中心に嵌められた指環が現れた。
名刺には、《Twilight Garnet》と白く染め抜かれた文字。
よく見るそれの裏側には、この店の住所が書かれていたはずだ。
死んだ目をしていた紅の深い海のような瞳がくるんと回る。
イギリス人の祖母を持つ紅は、真っ黒な髪と深い青の瞳を持つクォーターなのだ。
「あの、ちょっと複雑な話になるんですがいいですか?」
そして、少女は事の成り行きを話し始めた。
読んでくださりありがとうございます!
話がまとまり次第、明日にでも第二話投稿します。