序話
そこは、
通い慣れた大學の正門を右に出て、
お気に入りのパン屋さんの前を素通りし、
趣味のいいオシャレな雑貨屋さんを過ぎた所で、
小さな路地に入ると現れる見落としてしまいそうな看板が目印。
そのモスグリーンの看板には金の文字で、
《Cinderella eating poisoned apple(毒入り林檎を食べたシンデレラ)》
薄暗い階段を降りたところにある扉の前で、ようやく現れた《Twilight Garnet》の文字、ここはBARを改装したらしい宝石店なのだ。
止むを得ず『助手(奴隷)兼デザイナー』となってしまった灰被 玻瑠が、ドアをノックするも応答はない。
「おはよーございます、紅さーん?」
玻瑠は、失くしたらオシオキな、と言われた小さな鍵で室内へと入り、一応部屋の主である苹果 紅に声をかけた。
店舗兼住居であるワンルームには、大きなガラスケースが鎮座している。
その中には様々なジュエリーが並んでいた。
薄暗い半地下の室内には他に、大きなアンティーク鏡やビリヤード台、北欧調のソファ、コンクリート打ち放しの壁には額に入った源氏絵巻が飾られている。
その奥、パーティションで仕切られたスペースを玻瑠は覗いた。
すると、予想通りと言うべきかキングサイズのベッドに男は眠っていた。
「んー、玻瑠?」
「そうです、起きてください!
大体、私をなんだと思ってんだ、このクソサディスト」
「チッ…さっき寝たばっかなんだよ、このバカ女」
どうやら小声で付け足した悪口が聞こえていたみたいだ。
そう悪態を吐くと、ゴロンと寝返りを打ってまた夢の中へと旅立ってしまった。
いくら開店休業な宝石店であろうとも、さすがに夜くらいは起きていて欲しい。
本来、ここはそーゆーための場所なのだから。
「…3秒以内に起きないと、茜さんに連絡しますよ?」
丸まった布団が一瞬、ビクッとなった。
茜さん、というのは紅さんのお姉様だ。
何故、〔様〕をつけるのかというと私が絞められるので詳細は省くが、なんというか最強なのだ。
「はい、さーん、にー…」
「あー、もうわかったよ!
起きればいいんだろ!起きれば!!」
てめー後で覚えてろよ、と睨まれたが聞かなかった事にしよう。
黒くて柔い髪に寝癖をつけたその姿はなんだかマヌケで私はスマホを構えた。
パシャ
「あ?」
「ぷぷ、その寝癖すごいアホみたい」
「ほんと、いい加減にしろよ…」
玻瑠は部屋の隅にあるキッチンに向かい、お湯を沸かした。
紅にはブラックコーヒー、自分にはミルクココアを入れる。
「そーいえば、暁月さんはどうしたんですか?」
だらしないスウェットから、ジーパンに黒いセーターへと格好を変えた紅にここの宝石鑑定士である井原 暁月の所在を問う。
いつもなら働かない紅に代わって、宝石鑑定という名で女を誑し込んでるをしているはずだった。
それなのに、今日は姿が見えない。
「さぁな、姉貴に呼び出されたんじゃねーの?」
向かいのソファに座った紅がコーヒーを啜る。
とその時、ドアがノックされ、扉が開いた。
「ようこそ、夜明けの柘榴へ」
決まり文句を告げると、お客様は不思議そうな目をした。