交差
この章から話が少し重くなります。
気分が悪い。胸がムカムカする。この状況は何なんだろう。
――何で?どうして?
他人事の筈なのに頭を掠めるのはそんな疑問ばかり。わからない、どうしてこんな事になってしまったのか。
――だって二人共、あんなに楽しそうに笑い合ってたじゃない。
ごつごつとした瓦礫も、殺風景な景色も何一つ変わらない。変わらない筈なのに、何だかとても冷たい物のように私の目には映った。
今ここにいるのは私だけ。直人の姿は無い。まだあの空間転移を抜け切れていないみたい。思えば私が辿り着く頃にはいつも直人は先にいて、立場が逆転するなんて初めてだ。だからだろうか、この胸のもやもやが消えないのは。一人で考えているから気分が冴えないだけなのかもしれない。
「なんて、そんな訳ないよね……」
本当はわかっている。全てはあの光景のせいだ。そう、全て。今までの私が見ていたのは何処にでもあるようなありふれた、そして平和な日常風景だった。でも今回は違う。確かにあの光景は、ともすれば日常的にありふれたものなのかもしれない。毎日目にするテレビの報道の中でも、そういった類の話はよく流れている。肯定して良い内容じゃないけれど、決して珍しくはない出来事。
「なんで、あんなもの……」
活動を拒否する喉から無理矢理声を絞り出す。頭だけで考えているから、声に出せば少しは落ち着くかもしれない。そう思っての事だったけど、結果はやっぱり何も変わらなくて。
もう何も考えたくない、とにかくさっきの光景を脳裏から引き剥がしたい。
「いつもは早いくせに……早く来てよ」
今はまだ空間の最中を彷徨っているだろう彼に向け、私は呟いた。
***
「あれ?」
もはやお馴染みとなった瓦礫の道、コンクリートの扉、でも今までとは少し違うそれ。
「今回のマスコットはハートだけなんだね」
さっきまでドアノブに掛かっていたのはハートとスペード、二つのマスコット。でも今回ボールチェーンに繋がれていたのはハート一個だけだった。近くを見下ろしても転がっている気配はない。落ちたのではなく、元々存在してはいないみたいだ。
「初の変化って奴?今回は少し期待出来るかもな」
「期待って?」
「この迷宮を抜けられるかもって意味だよ」
呆れたように眉尻を下げて直人が笑う。
「なに笑ってんの」
「いや、明日香ってば鈍感なのかなーって」
「どういう意味よそれ」
「そのまんまの意味デス」
おどける直人から私は顔を背けた。もちろん本気で怒っている訳ではない。と言うか、いちいち怒っていたら体がもたない。
直人との遣り取りもこの頃にはだいぶ慣れて来ていた。初めて彼を見た時、結構軽そうだなって言うのが正直な私の第一印象。その印象は当たらずしも遠からずって所だけど、それ以上に直人は気さくな男の子だった。こうして人をからかう事もあるけれど、それでも結構イイ奴ってのが彼に対する今の私の見解。
「とにかく直人の言う通りならそれに越した事はないわね。早くこんな場所出て、家に帰りたい」
「ホームシック?」
「……」
なおもからかい続ける直人を無視し、私は扉を開いた。視界の利かない闇に足を踏み入れると、後ろでバタンと音を立てて扉が閉まる。
「直人?」
名前を呼んでみたけれど返事はない。一瞬彼が閉めたのかもって考えが浮かんだけれど、そんな事をする意味がない。それに今までは私が後に入っていたけど、扉は勝手に閉まっていた。もしかするとあのコンクリートの扉の先へ一歩でも足を踏み入れた瞬間、空間転移は始まるのかもしれない。