第2話
「いつまで寝てんだい!早く起きな!」
「うぁっ…」
どこかから蹴り落とされ、背中を強く打ち体を丸める。
見上げるとそこには馬車があり、中からふんぞり返ったおばさんが私を見下ろしていた。
ここはどこだろう……。
ふと反対側を見ると、そこにはさっきまでは無かった立派な屋敷が建っていた。
……私の家よりは小さいけどね。
「ほら!立ちな!」
髪の毛をグイッと引っ張られる。
その瞬間、前世の嫌な記憶が少し蘇る。
「──お前なんかなぁ!!!生まれて来なきゃ良かったんだ!!!」
「ゔぅぁっ!おねがぃ……や、めて……」
髪の毛を力任せに引っ張られ、ブチブチっと抜かれていく。
「このっ!このっ!!!」
「ぐぅっ……ああぁっ…………うぅっ…ひっ」
やっと母親の気が収まり家を後にすると、そこには散乱した髪の毛と、ぽつんと座り込み涙を堪える女の子の姿があった。
──髪の毛を無理やり抜かれるのは、私にとってはいつもの事で、私の頭にはあちこちに頭皮が目立つ場所があった。
あの時は、かつら無しで外を出歩く事は出来なかった……。
そんな事を思い出してしまったので、私は無意識におばさんの手から逃れようとするが、しっかりと掴まれたまま髪の毛が抜かれる事もなく、屋敷の方へと引っ張られて行く。
連れて行かれたのは、屋敷の地下にあたる場所だった。
薄暗く、私が前に入れられていた場所に少し似ていたが、人身売買市場とは違い、ドアが付いていて中が見えないのでどれだけの人がいるのかは分からない。ただ、流石に人身売買市場よりは随分少ないと思う。
私はおばさんに髪を引っ張られたまま、1番奥の牢屋に投げ込まれた。
「うぁっ!」
私は顔から地面に激突してしまう。
「今日からここがあんたの家だよ。あんたら、こいつにここのルールを教えてやりな。じゃないとあんたらが大変な目に合うんだからねぇー。私ゃそれでも良いんだがね」
私が顔を上げると、1人の赤髪の少年が私の元に走り寄って来てくれた所だった。
「きみ、大丈夫?」
そう言って、おばさんをキッと睨みつける。
「おやおや。私に向かってそんな目をして良いのかい?」
すると少年は、悔しそうにおばさんから目を背けた。
「まあいい。これからまた楽しくなりそうだからねぇ」
また来るよ、と言っておばさんは牢屋に鍵をかけ、地下室を後にした。
「……やっと行ったか。──大丈夫かい?」
少年に話しかけられ、私は大丈夫と頷いた。
「全く。こんな小さい子にまで容赦しないなんて……。怪我はない?」
次は20代くらいのオレンジの髪のお姉さんが、親切に話かけてくれる。
「はい。大丈夫です」
「良かったわ。私はカリザス・トゥーラ。こんな所だけど、よろしくね。で、こっちの子が……」
「俺はロカート。10歳だ。きみは?」
「エレナです。7歳」
「エレナか。まあまあな名前だな。俺はジョセフ ・ミュートだ」
「ちょっと!まあまあって何よ!エレナちゃんに失礼でしょ!」
「何だカリザス。何でも適当に良い名前だと言うより、はっきりと言う方が良いだろう?」
「それなら、まあまあも言わない方が良いわよ!」
最後に自己紹介をしてくれたのは、部屋の隅にいた多分カリザスさんと同じくらいの年齢の、黒髪の男の人だった。少し辛口だが、根は良い人なんだろうな。
自己紹介が終わるとロカートが急に立ち上がり、壁に向かって拳を叩きつける。
「くそっ!アルガンの奴……ここを出たら覚えてろよ!」
「アルガン?」
「アルガン・イベラさ。さっき、きみをここへ連れてきたろ?あいつの名前だ。あいつは奴隷のチームを作って、チームの内の1人が何かしたらチーム全体に罰を与えるんだ。だからみんな何も行動出来ない。ずる賢い奴さ」
「因みに私たち4人で1チームになるわ。エレナちゃん、辛いだろうけど希望を捨てないで頑張りましょうね」
「いつか俺たちみんなでここから逃げるんだ!」
……希望。そうだ。まだ終わった訳じゃないんだ。これからだってあるんだから、逃げる機会だってあるはずだ!
「はい!」
* * *
──ここに来て約1年半が経った。
ここでの奴隷生活はしんどいが、我慢出来ない事はなかった。正直言うと、前世の方がきつかったと思う事もあったから、我慢出来ていたのだと思う。そして、ここでは1人だけじゃない事も大きかったと思う。
ご飯は1日2回。朝にパンと水一杯、夜に野菜の入ったスープだけだった。野菜と言っても、多分奴隷以外の人が食べる所以外の部位だろうと思う。
それでも、食事が貰えるだけありがたいと思う。前世では5日くらいご飯が貰えず、水だけで過ごしてた時もあったから。あの時は本当に死んでしまうかと思った。
水浴びは1週間に1回。初め、体を洗えると聞いてお風呂に入れると喜んだが、甘かった。連れて行かれたのは川辺だったのだ。ショックだったが、仕方がない。
ここでの仕事は、ほとんどロカートが教えてくれた。
朝早くに起きて、この屋敷の監視員に見張られながら、屋敷中を掃除する。
その後朝食を取り、またもや見張られながら奴隷全員で近くの山を掘り進める。何故山を掘らされているのか、理由は分からない。教えてもらえないからだ。トンネルでも作るつもりだろうか…。
太陽が完全に沈み、数時間経つと自分たちの牢屋に帰らされ、夕食を食べアルガンの機嫌が悪い時は八つ当たりを受ける。大体私がターゲットにされていたが、いつもロカートが助けてくれたり庇ってくれる。ロカートが一番私に優しくしてくれるのだが、カリザスさんとジョセフさん2人も私に優しくしてくれる。カリザスさんとジョセフさんはいつも何かしら喧嘩しているが、そこは喧嘩するほど仲が良いと言う事なのだろう。
そして冷たい地面の上で4人、寄り添って眠るのだ。
毎日がこれの繰り返しだった。
脱出計画の為に、何も作戦を立てていなかった訳ではない。4人で色々話し合ったり、監視員たちの目を盗んで少しずつ必要な物を集めて、と行動を開始していた。
話し合いで、私たちだけがここから逃げ出すのは無理と判断した。
理由は、監視員が常に見張っているという事。なので、4人全員で逃げるのには少し無理がある。そして、もし4人が無事に脱出出来たとしても、他の奴隷たちが無事だという保証は無いからだ。
そこで、私たちは誰かに助けを求める事にした。その時に思いついたのは、手紙を川に流す方法だ。
屋敷の掃除の時に、監視員の目を盗んで紙やペンをくすねる。
一番困ったのは川に流す際の容器だ。ビンは最適だが、盗む時に絶対ばれてしまう。
そこで思いついたのは魔法だ。ただの紙に魔法でコーティングすると水に入れても溶けなくなった。
このコーティングの技術は私が医療魔法で思いついたものだ。怪我を完全に治す事が出来なかった時、少しだけ治した上でこれをすると早く治りやすくなるのだ。
もちろん助けを呼んでジッとしているわけにも行かない。
手紙を見てくれるかさえ分からないが、もし誰かがこれを読んで、様子を見にここへやってきてくれた時、私たちは行動を起こすつもりだ。
手紙は週1回の水浴びの日に、こっそりと川へ流してる。
手紙を流し出してから半年経っているが、何の変化も無い毎日に、私たちは徐々に焦ってきている。
後、半年だけ待って何も無かったら、私たち4人だけでここを出ようという事になった。他の人たちには申し訳ないが、この計画を話す術もないのだ。他の人は後で沢山の味方をつけてから戻って来て助けようという話になっている。
* * *
エレナたちが手紙を流し始めて2、3ヶ月経った頃、ロディエント王国ではエレナが誘拐されてから1年経ってもなお、必死でエレナを捜索していた。
「あぁ。フィス、お願い。どうかあの子を見つけ出して。あの子が誘拐されて、もう1年も経ってしまったのよ。もう永遠にあの子に会えないなんて……私、とても耐えれないわ……」
「もちろんだよ、セイム。エレナに二度と会えないなんて私も耐えられない。絶対に見つけ出してみせよう!隣国のアルザス王国とも手を組んだ。見つけられない訳がない。……ところで、ラナンはどこへ行った?」
その問いには、執事が答える。
「恐れながら申し上げます。ラナン様はまた街へと出掛けられておられます。従者の者が2人、こっそりと後をつけておりますので、大事は無いかと…」
「そうか。面倒をかける」
「いえ。私たちはロディエント家に仕える事こそが誇りです。もちろんエレナ様も例外ではありません。皆必死で捜しております。これで見つからない訳がありません」
「…そうだな。ありがとう」
──ラナンは国境近くの人里離れた町にやって来ていた。
川付近で人が数人集まってるのを見て、そちらへと足を向ける。
「すみません。少し聞きたい事があるんですが……」
「お?何だ、少年」
「金髪の緑の眼をした女の子知りませんか?8歳なんですが……」
「迷子かぁ?知らんなぁ、そんな子は。おい、おめぇら知ってっか?」
「いーや、知らねぇ」
「俺も知らんなぁ」
「そうですか……。ありがとうございました。──ところでそれは何ですか?」
ラナンは男たちが持ってた小さい紙を指差す。
「あぁ。これか?数ヶ月前から同じ様なのが川に流れて来るんだ。なんか不思議でよぉ。決まって川から見つかるのに、紙が溶けてねぇんだ。内容も意味不明でさぁ。誰かの悪戯かなんかかなって、皆んなで話してたとこさ」
「俺にも見せてもらえませんか?」
「いいぜ。ほらよ」
ラナンは小さな紙を受け取った。それを読んでいく内にラナンの顔色が変わっていく。
「すみません!この紙貰って行っても良いですか?」
「あぁ。良いぞ。俺たちには必要ないからな。でも、そんなに慌ててどうしたんだ?」
「エレナが…、妹がここにいるかもしれないんです」
「そうか。妹さんか。見つかるとええなぁ」
「はい!では、ありがとうございました!」
「おいよ。またなぁ」
ラナンは貰った紙を握りしめ、急いで城へと向かった。
* * *
フィスとセイムの自室の扉が勢いよく開く。
「父上!母上!おられますか?」
「やっと帰ったか。そんなに慌ててどうした?」
「これを!これを見て下さい!」
さっき貰った紙を椅子に座っている両親に渡す。
「!」
「これは……」
「ラナン、急いでアルザス王国に報告する。行って来てくれるか?」
「もちろんです!」
「これで、やっと見つかるかもしれないのね……」
セイムは静かに涙を流す。
「母上、泣くのはまだ早いよ。ここにいるのかどうかすら、まだ分からないんだから」
「えぇ……。そうね……」
「だが、少しだけ希望は見えた。すぐにでも行動に移す準備をしていると、ロバート王に伝えてくれ」
「分かりました。行ってまいります」
「……ロレインちゃんにもよろしくな」
ロレインとはアルザス王国の姫だ。アルザス王国の王子も攫われているという事で、一緒に捜したり、作戦を立てる内に、ラナンが想いを寄せていった子でもある。
「父上!」
ラナンは顔を少し赤くしてフィスを軽く睨んだ。
* * *
3人が読んだ手紙には、こんな事が書いてあった。
──助けを求む。
我ら、アルガン・イベラ宅にて無理矢理仕えさせられている者である。
捕まっている人多く、逃げようにも監視が常におり、逃げられない状況。
ほんの少しの時間だけでも良いので、大々的に訪問して来てくれると助かります。
* * *
今日1日が終わり、アルガンが急に牢屋の鍵を締める際に一言こう言った。
「明日から3日間は仕事は休みだ。そこでジッとしてな。決して、騒ぐんじゃないよ」
アルガンが牢屋に来て、急にそんな事を言い出したのは、手紙を流し始めてから4カ月目の少し経った時だった。
「……どう思う?」
アルガンが牢屋を出たのを見計らって、ロカートが皆んなを見回す。
「明日から休みだね!」
「いや、そーじゃねーだろ」
「分かってるわよ。冗談に決まってるでしょ」
「明日から……誰かお客さんが来るんだね」
「正解だよ、エレナ。情報が入って来ないから、絶対とは言い切れないが…」
「みろ、こんなちっさい子に負けてるぞ?良いのかカリザス」
「うるっさいわねぇ。私だって初めから分かってたもの。ちょっとふざけただけよ」
「まあ、そういう事にしといてやるか」
「何か言った?ジョセフ?」
「いーや、何も」
「まあまあ、2人とも、痴話喧嘩はその辺にしといて…」
ロカートが間に入って鎮めようとするが、「「何が痴話喧嘩だ!」」と2人声を揃えて一蹴されてしまう。
「……コホン。さっきの話に戻したいんだが、良いかな?」
「…ああ」
「良いわよ」
「最近アルガンの機嫌がすこぶる悪かったのは、多分明日からの事があるからだ。理由は分からないが、アルガンは俺たちの存在を出来るだけ周りに知られたくないらしい。だから、明日、誰かがここを訪ねて来る確率は非常に高い。そこで、だ」
「いよいよ行動を起こすのね」
ああ。とロカートは頷く。
「手紙を見たのか分からないが、これはチャンスだ。俺たちの事を見つけてもらえるように、暴れよう」
エレナたちは決意を持って頷いた。
* * *
アルガンはイライラしていた。
明日からこの城で大規模な舞踏会が行われる。
きっかけは、定例会議時の1人の貴族の発言からだった。
「アルガンさんの家で舞踏会、した事ありませんよねー?今度の舞踏会会場は、アルガンさん宅にしたいのですが、よろしいですか?」
「お!良いねー」
「私も賛成ですぞ」
この場にいた、皆んなが皆んな賛成して、アルガンが断る間も無く場所はここに決定してしまったのだった。
この国、ロディエント王国では奴隷制度は絶対認められていない。しかもこの場所は、ロディエント王国とアルザス王国のちょうど国境上にあると言っても良い場所だ。
どちらの国も積極的に奴隷制度を禁止しているので、見つかってしまうと非常にまずい。
この怒りをエレナに全て向け、ロカートが横から庇ってくるのを尻目に、どちらもボロボロになるまで殴り続けた。
自分の気分を少しでも発散させた後、牢屋に放り込み明日からは休みだと言い放ったのだった。
* * *
翌日の夕方、城がだんだんと騒がしくなっていくのを感じながら、昨日計画した作戦通り、エレナたち4人はいよいよ行動を起こそうとしていた。
「皆んな、準備は良いかい?」
「大丈夫です」
「良いわよ」
「あぁ、いいぜ」
「よし。じゃあ、いくよ」
ロカートは以前拾ってきていた木の棒を、約1年前に覚えた付与魔法を使い、鋼鉄のように硬くしてから牢屋を殴りつけた。
ガアァァン───
辺りに物凄く大きい音が響く。
そして今度は木の棒に火の魔法を付与させて、放つ。ちなみに木の棒にはエレナが治癒魔法をかけてあるので、木の棒が燃えて無くなってしまう事はない。
ドカァァァン────
極め付けは皆んなで叫ぶ。
「誰かぁー!!!助けて──!!!」
「地下に来てくれー!!!」
「助けて下さーい!!!」
ロカートたちが牢屋を叩いたり、大声で叫んでいると、他の奴隷たちも彼らが何をしているのか分かってきたようで、皆んな様々に叫んだり、叩いたり、大きな音を立てていく。
しばらくすると、慌てて監視員がやって来て暴力を振るって叫ぶのを止めさせようとするが、私たちは止めない。
──ここまで来て負ける訳にはいかないんだ。
絶対にここを出るんだから!
* * *
エレナたちが行動を起こす少し前、アルガン宅の前に豪華な馬車がまた新たに一台止まった。
──また新しいのが来たね……。全く。本当に面倒くさい。
アルガンは内心で大きなため息をつきながら、笑顔で新たな客を出迎える。
「ようこそ、いらっしゃいま…し…た……⁉︎」
「こんばんは。アルガン殿」
「こっ、これは……国王陛下⁉︎」
「急に来てしまって申し訳ない。私も息抜きに、と臣下に誘われたんだが、迷惑だったかい?」
「そんな!滅相も御座いません!大した物はありませんが楽しんで行って下さい」
「ありがとう」
国王は笑顔で礼を言うと、臣下を連れて会場内に入って行く。
何てこったい。あいつらの存在がバレたら…。
その後の事を想像して、アルガンはブルッと身震いするのだった。
──何としても早く帰らさないと……。
何処からか、大きな音が鳴り出したのは舞踏会が始まってしばらくしてからだった。
アルガンはこっそりと監視員に命令して、急いで奴隷たちの様子を見に行かせる。
その後、フィス王が数人の臣下と共にアルガンに話しかてきた。
「何やら大きな音がしませんか?」
「そうでしょうか?きっと、気のせいでしょう」
「いや、確かに聞こえますな。お前たちも聞こえるだろう?」
フィス王は臣下に問う。
「はい。聞こえます」
「確かに…。何やら叫んでいるようにも聞こえますが……」
「少し様子を見に行ってみましょうか」
「!いえ!そんな必要は御座いません!」
「おや?アルガン殿はこの音が気にならないのですか?……それとも、この音の正体を知っている…とか?」
フィス王が、少し楽しそうに笑っているのは気のせいだろうか。
「そ、そんな。知りませんとも」
「では、行ってみましょう」
この国王、なかなか手ごわい。アルガンは冷や汗を流す。
「国王陛下がわざわざ出向かわれる必要は御座いませんわ。今、使用人に向かわせますので」
「そうですか。……では、少し待つとしましょうか」
アルガンは使用人を呼びつけ、国王に見えるように音の出所を探る振りをさせる。
「陛下、音の出所には何も無かったようです。きっと、野良猫か何かが進入していたのでしょう」
数十分後、使用人から報告を受けたような振りをした後、フィス王にはそう告げる。
「…そうですか。おかしいですね。私には今も音が聞こえているのですが……」
その時、陛下の元に新たな使用人が走って来て、こそこそと何かを話している。
その瞬間、国王の口角がニヤリと上がった。
アルガンは何故か嫌な汗をかき、身体中に鳥肌が立った。
「アルガン殿。今報告が上がりました。貴女は奴隷を飼っているようですね?」
「ご、御冗談を……。奴隷なんて私は飼っていませんわよ」
「では、地下の牢屋入れられている者たちのことは何と説明するんですか?」
「……あれらは、私の使用人です」
「ほう。薄汚れた服を着せられ、湿気った地下室に閉じ込めた者たちを使用人と言い切るのか」
いつの間にか、盛り上がりを見せていた舞踏会はしんと静まり、フィス王とアルガンの2人に注目している。
「この国の法律は知っておるな?」
「勿論ですわ」
「奴隷制度は禁止としたはずだが?」
「ですから、あれらは使用人です」
「痩せ細っている者も多いようだが?」
「それは……」
「先ほど、音の出所を調べさせていたのだが、助けてと言う声が多かったらしい。果たして、自ら仕える使用人がこんな事を言うだろうか?」
「……」
「もう良い。アルガン・イベラ、お前の話は城で聞こう。……連れて行け」
いつの間に現れたのか、衛兵たちがアルガンを連行して行く。
フィス王は舞踏会に来ていた参加者に呼びかける。
「皆の者、演技ご苦労であった。奴隷たちを救いに行くぞ!まずはアルザス王国の者たちを連れて来てくれ。城で働いてた者たちは逃がすな!」
『ははっ!』
舞踏会に参加していた者たちは一斉に動き出す。
この舞踏会は、フィス王によって仕組まれたものだったのだ。
「悪いな。うちの者たちを先にしてくれて。君の子も心配であろうに」
気づけば、フィス王の隣には赤髪の男が立っていた。アルザス王国の国王、ロバート・フォン・アルザスであった。
「いや、大差ないさ。どちらも救い出すからな」
「ありがとう。今日の所は先に失礼させて貰うぞ」
「ああ。勿論だ。後日また」
「うむ」
* * *
上の方からバタバタとこちらへ向かってくる音がする。
「くそッ。応援を呼ばれたか」
監視員と揉み合いながら、ロカートが舌打ちをする。
「ううん、違うと思う。監視員と服装が違うから」
監視員の一人に押さえつけられながら、私が答える。
「やったわ!誰かが気づいてくれたのね!」
カリザスさんとジョセフさんが、背中を合わせながら監視員を倒していく。何気に2人とも強い。
「大丈夫か?」
知らない男の人が、私を掴んでいた監視員を引っ張り剥がして、倒してくれる。
「ありがとうございます」
「おい!これで全員か?」
「こっちはこれで終わりだ!」
「こっちもだ!」
「今、終わったぞ!」
男の人が誰かに呼びかけ、他の見た事ない人たちが答えていく。
──本当に…本当に助けに来てくれた……。
私は耐え切れず、涙を零した。
「エレナ、今までよく頑張った!」
ロカートが優しく頭を撫でてくれる。
「俺はロディエント王国の騎士だ!今からまず、アルザス王国の者たちを先に出す!ロディエント王国の者たちは申し訳ないがもう少し我慢してくれ!アルザス王国の者はこの2人について行ってくれ!」
あちこちで啜り泣く声が聞こえる。皆んなここを出られる事に安心しているんだ。
ロディエント王国……、お父様たちが私の事を捜して下さってた……。嬉しくて私は涙が止まらなくなる。
「エレナ、俺はアルザス王国出身なんだ。きみは?」
「私は…、ロディエント王国……」
「そうか…。2人は?」
「私もロディエント王国出身よ」
「俺はアルザス王国だ。やっとカリザスとおさらば出来るな」
「何よ!ほんとは私に会えなくなって寂しくなるとか思ってるんでしょ!」
「何だと!寂しいのはお前の方だろ!」
ギャンギャン言い合ってる2人は置いといて、ロカートはエレナをキュッと抱きしめた。
「…えっ?」
驚いているエレナをよそにロカートは話し出す。
「俺は、初めてきみを見た時、……。いや、………また会おう。絶対に。会いに行くから。待っててくれる?」
「う、うん」
「約束だからね?」
そう言ってロカートは私の頭を撫で、ジョセフさんを引っ張る。
「ほら!行こう!置いていかれてしまう」
「チッ。エレナ、元気でな。カリザス、今度会ったら覚えてろよ!」
「覚えておくのはあんたの方よ!ジョセフ!」
「ジョセフさんもお元気で!」
こうして、2人は他のアルザス王国の人たちと自国へと帰って行った。
「……行っちゃったわね…」
「寂しくなりますね……」
「だ、誰が!あんなやつ!」
「私、何も言ってませんよ?」
「う……。嵌めたわね…」
「嵌めてませんって」
私はクスクス笑う。
久しぶりの自由の空を眺めながら、地面に座りカリザスさんと2人で話している。
名前や出身を確認しないといけないから、帰るまでには少し時間がいるそうだ。
「本当に、好きなんですね」
「そ、そんな事………」
顔を真っ赤にして、カリザスさんは膝に顔を埋めてしまう。だが、すぐに少しだけ顔を上げ私を見てくる。
「……あんたはどうなのよ?」
「え?」
「ロカートの事」
「……多分、好き、なんだと思います。……ロカートはいつも私に優しくしてくれて。いつも庇ってくれて。……あの人が私に笑いかけてくれるだけで、私、1日頑張れてたんです」
「おお!素直ねぇ。いいわぁ、若い子は」
「また、会おうって言われました。私、すっごく嬉しかった」
「楽しみね。会える日」
「はい!また4人でも会いましょうね!」
「えぇ、そうね。また会いましょう」
そう言ってカリザスはにっこり笑った。
私たちが話していると、1人の騎士の人が近づいて来る。
「きみたち、名前と出身地名を教えてもらえるかな?」
「私はカリザス・トゥーラ。出身地は王都よ」
「カリザス・トゥーラ。…王都っと。きみは?」
紙に書き込み、私の方を見てくる。
「私はエレ………。っ!!!お兄様っ⁉︎」
答えようとして、騎士の後ろから走ってくる人影が見えて、私は走り出す。その人は私を抱き上げ、クルクル回り私を抱きしめた。
「エレナっ!!!捜したよっ……」
「お兄様……会いたかった……」
私も抱きしめ返す。
騎士は驚いて跪いた。
「ラナン王子⁉︎そんな恰好をされて……。いや、それよりもエレナ姫だったのですね。すぐに気づかず、申し訳ありません。見つかって本当に良かった…。すぐにフィス王様に報告して参ります!」
騎士は急いで走り去って行く。
お父様もここにいらっしゃる!私は本当に嬉しかった。
「え⁉︎ラナン王子?エ、エレナ姫⁉︎どういう事っ⁉︎」
カリザスさんが、騎士の恰好をしたお兄様と私を見比べてあわあわしていた。
私は両親に抱きしめられていた。お父様だけでなく、お母様も来てくれていただなんて、私はなんて幸せ者なんだろう。
「あぁ。エレナ。こんなに痩せてしまって……。でも本当に良かった…。良かったよ…」
「えぇ。本当に。グスッ。神に、感謝します……うぅ…」
「お父様、お母様……。また、お会い出来て…本当に…本当に嬉しいです…」
「すぐに見つけてあげられなくてごめんよ。どうか許して欲しい」
私は首を横に振る。
「そんな…。こうして見つけて下さったではありませんか。捜してくれていただけでも充分です」
私が家族と話していると居心地が悪いのか、私の背後に隠れていたカリザスさんが青白い顔をして話しかけてくる。
「……家族団欒のところ悪いんだけど……エレナちゃん、私、帰った方が良いのかな?絶対帰った方が良いよね⁉︎」
「ううん。家族に紹介するね」
「いや、紹介とかほんとにいいから。ダメなやつだって!」
「お父様、お母様、お兄様。こちらの人はカリザスさん。1年ちょっとの間、私を支えてくれた方の1人だよ」
「おぉ。今までエレナが世話になった。本当にありがとう」
「い、いえ、私は特に何も……。私の方がエレナちゃんに…エレナ姫様に元気づけてもらってましたわ」
「いつも通りエレナちゃんで良いのに…」
私がポツリと呟くと、カリザスさんは涙目で私を睨んでくる。何かおかしな事を言っただろうか?
* * *
───誘拐事件から7年経ち、私は15歳になった。
私はこの7年で、沢山の知識を詰め込み、ダンス、刺繍は勿論、武術、剣術も覚えた。
騎士長にも勝つ事が結構ある事から、街のチンピラには簡単には負けないと思う。
魔法は結局、治癒魔法しか習得出来なかった。
チュインが私を攫ったのは、元々誘拐が本業だったらしいからだとお父様に教えられ、沢山謝られてしまった。お父様は全然悪くないのに…。
ロカートとは、あれ以来全然会えてない。
今日は剣を下げ、1人で街を見回っている。
カリザスはと言うと色々あって、私のお付きの従者となった。しかし私は、一番信頼出来る大事な友達だと思っている。
「おーぅ、レナちゃん。今日も見回りかい?」
「えぇ」
「偉いねぇ。危ない奴には気を付けなよ」
「ありがとう。おじさんも引ったくりには気を付けて」
「ガハハハ。そんな奴いたら取っ捕まえるさ」
後ろからバシッと、紙を丸めたものでおじさんの頭を叩いたおばさんが出てくる。
「全く。引ったくりを捕まえるより、客を掴まえとくれ」
「そーさなー。じゃあ、ちょっくら頑張るか。じゃーなー、レナちゃん」
「またね、レナちゃん」
「はい!また」
街の人たちは私がこの国の姫だという事を知らない。国の騎士見習いだと皆んな思っている。
名前がレナになったのは、一番初めの見回りで名前を聞かれた時焦ってしまい、「エ……レナ…です」と言ってしまったからだ。よく考えたらこっちの方が都合が良いので、そのまま訂正してない。
夕方、そろそろカリザスが心配して捜しに来る頃だと思い、城へ帰ろうと足を向けていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。振り向くとそこには…、
「やあ。久しぶりだね、エレナ。俺の事、覚えてるかい?」
そこには夕日を背にした、真っ赤な髪の男の人が立っていた。
「ロ、ロカート…!」
「良かったぁ!もう7年も経ってしまったから…、忘れられたかと……」
ロカートはハアァァと安堵したようなため息を吐いた。
「今から時間ある?少し話さないか?」
私はカリザスの事はすっかり忘れて頷いた。
私が連れてこられたのは、一面が花で覆われた花畑だった。ここは私の秘密のお気に入り場所でもあるところだ。
「来る時に見つけたんだ。綺麗な場所だな」
「うん。私も気に入ってるの」
しばらくの間、私たちは地面に座り込んで沢山の事を話していた。
気がつくと、辺りは一面の星空に埋め尽くされていた。
これは完全にカリザスに怒られるなー、と思いながら口では違う言葉が出る。
「綺麗……」
「あぁ。そうだな。──…………エレナ、俺、前からずっと言いたかった事があるんだ」
「?何?」
「きみを初めて見た時に、恋に落ちた。あの辛い日々を、泣き言も言わず頑張っているきみにも惚れた。あの宇宙に輝く星々のような強い煌めきを持つきみが好きだ。──俺と、結婚を前提として付き合って欲しい」
「……ぇ?」
エレナは驚き、一瞬思考停止に陥るが、状況を飲み込むと涙を流し出す。
「い、嫌だったか?」
「いいえ。嬉しかったの。──私で良ければ勿論喜んで。よろしくお願いします」
最高の笑顔でこう言ったのだった。
後日、ロカートがアルザス王国の王子、ロカート・フォン・アルザス であった事と、エレナがロディエント王国の姫、エレナ・ディール・ロディエントだった事をお互い知る事になり、大変驚く事になるのと、ロカートのお付きになっていたジョセフと、エレナのお付きのカリザスが再会するのはまた別の話であった。