あの時はまだ
9話
8月19日 --物体が落ちて2日後--
花火が連れて来られた場所は、福井県坂井市--東尋坊
東尋坊は、日本を代表する断崖絶壁の崖。
25メートルにも及ぶ、岸壁が広がるこの場所は、自殺のスポットとしても有名な場所である。
そんな崖の崖っぷちに立つ2人のサラリーマン風の男「空桐浪人」と、ゴスロリ幼女「輝火花火」。
「おじさ~ん、こわいっちゃよ~」と空桐の右腕にしがみつく。
「さ、いくよ。お嬢ちゃん」
花火の嘆きを無視し東尋坊から飛び降りる。
25メートルの高さから落ちて助かるものは、まずいないだろう。
「キャーーーーーーァーーぁあ....あ?」途中まで絶叫していた花火だったが、なにこれ?と言わんばかりに、声色が変わる。
落下がゆっくりになる、まるで空気が足元に層を作り減速していくような感覚。
ゆっくり降下し、海面に足がついた。
だが、濡れた感覚はなく、構わずそのまま海面に入水していく。
花火は、首が浸かろうかといった時に、怖くなり目を閉じ呼吸を止める。
20秒。花火が呼吸を我慢出来たのは、20秒だった。
我慢も限界に達し苦しくなった花火は、呼吸ができない状況にあることは、理解しつつも、酸素を求め息を吸おうとする。
肺に侵入してくる海水....は無く。
問題なく普通に、それどころか地上に居た時よりも爽やかな冷たい空気が肺を満たしていた。
目を開けた花火が見た光景は、幻想のような驚愕の光景だった。
辺り一面に広がる森林、先まで行けば神社にでも行けそうな雰囲気を醸し出す石造りの街道、そして木々の隙間から見え隠れする、7つの月があった。
「さあ いきますよお嬢ちゃん」と言って空桐は、歩き出す。
パニックに陥ってる花火は、しばらく口をあんぐり開け、心ここにあらずといった感じではあったが、先に歩みを進める空桐に置いていかれまいと、急いで着いて行った。
森の街道を抜けた先にあったのは、大きな家、2階建てで広さも相当なものだ。
家の玄関に扉はなく開けっ放しの状態だった。
「今日からここが君の家だ おじさん以外にも人がいるから仲良くするんだよ」
うんと頷き中に入るふたり。
リビングである一番突き当りの部屋に入った時、ソファーに座り、本を読んでいた一人の少年が居た。
「遅かったね 空桐さん でその子が新入りさんなのかな?」
「ええ 真樹雄さんの言った通り かなりの素質の持ち主だと思われます。」
「正確には、僕が言ったわけじゃないんだけどね。それで『かなり』と言うからには、石の洗礼が無かった、又は薄かったということかな?」
「はい。全く痛みを感じていなかったように思います。それに石との親和性も高いと判断しました。」
「そうなんだ。 良い人材が見つかってよかったよ」
もしかして自分が来たことで何か、もめているんじゃないかと思っていた花火は、不意に声をかけられビクッっと小さく跳ねた。
「こんにちは、選ばれしお嬢さん。僕は、黒瀬、真樹雄といいます。ここに住んでいる人は、みんないい人だからね 仲良くするといいよ これからよろしくね」
「う....うちは、輝火花火というっちゃ・・・・よ....よろしく....」
少し不安そうにうつむきながらつぶやく。
「うん。よろしく花火ちゃん。ここに住んでる人の事は、空桐さんに聞くといいよ。おねがいしますよ空桐さん。じゃあ僕はちょっと出かけてきますね。さっき旧友が異能に目覚めたらしいんですよ、しかも相当に特殊なね。様子見と合わせて色々と忠告してきます。ではまた」
言い終わると同時に、ソファーに座っていた真樹雄の姿が消える。
まるで魔法で瞬間移動するかのように----実際は、そんな単純なものではないのだが、この時、何も知らない花火には、そう見えた。
そして花火は、小さい頭をフル回転させて考えた。
ここに住んでいる人は、全員魔法使いなんじゃないかと。
そしてそんな人達に選ばれた、選ばれし自分は、もっと最強の魔法使いになれるんじゃないかと。
しかしこの妄想めいた考えは、後に現実のものとなる。
最強の魔法使いになるには、まだまだ時間を要するが、現時点で彼女は最強であった。