第七話 boy meets girl
そこは薄汚い酒場であった。宿の雰囲気のせいか中は殺伐としている。
「いらっしゃい」
店長らしき初老の男が新聞から目を外さずに新たに店に入って来た仮面を着けた男に声をかけた。
「仕事は入ってるか?」
抑揚の無い声で男は尋ねた。
「ふん」
店長は棚から書類を差し出した。
それを受けとると男は黙ったまま出口に向かった。
「なぁ、レインよ。いい加減に自分のために生きてみたらどうだ?」
店長は仮面の男、レインに諭すように言った。
「復讐は俺の意志だ」
レインは立ち止まる事無く出ていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こんな小娘が本当に、あの“拳聖”なのか?」
「なんだおっちゃん。アタシの事を疑ってんの?」
小太りの中年の男と広場にいた少女が話しをしていた。
「体術にかけては並ぶ者なしと言われた“拳聖”がこんな小娘だと言われて信じられる方が難しいであろう」
「じゃあどうしたら信じてくれるのよ?」
諦めたかの様に少女が尋ねた。
「そうだな……成功報酬というのはどうだ?
倒した者、一人につき1000払おう」
「しょうがないわね。
それで手を打ちましすか」
次の瞬間 少女の顔が引き締まった。
「どうした?」
「早速 来たみたいね」
大きな扉が勢い良く開かれた。そこに立っていたのは仮面を着けた白髪の男 レインだった。
「お前何者だ!?」
小太りの男が予想外にも気合いの篭った声をあげる。
「これから死ぬ者に名乗る必要などない」
レインは静かに言うと少女の方を見た。
「去れ。確かになかなかの力を持っているようだが俺の相手ではない」
「舐めてくれるわね。これでも“拳聖”のシリアって呼ばれてんの。
名前にかけて負けられないわ」
そう言って少女、シリアはレインに向かって駆け出した。
「はっ」
短い気合いと共に鋭い突きがレインの顔に向かって放たれる。それをレインは首を曲げてかわす。かわすと同時に自ら蹴りを放つ事も忘れていない。
シリアはそれを腕でガードするとバックステップで距離を取った。
レインは宙から刀を引き出し、シリアに斬りかかる。
刀の腹を拳で弾いて軌道を反らしてシリアは更に踏み込み渾身の一撃を放った。
レインは派手に吹っ飛び壁に当たって停止した。
「おお 流石は拳聖だ」
小太りの男は笑いながらシリアの方ぬ歩いてきた。
「下がって。まだ決まってない」
そんな男にシリアが注意を促した。
突然シリアがその場から飛び退く。飛び退いた場所が爆発した。
「もう手加減は無しだ」
ゆらりと立つレイン手の刀には炎が絡み付いている。
その刀を振り上げ、降り下ろす。
炎が地面を走ってシリアに迫る。
シリアは横にステップしてそれをかわす。しかし炎は次々にシリアを襲う。
不意にシリアの体勢が崩れるここぞとばかりに炎がシリアを包んだ。しかし次の瞬間、突風が炎を吹き散らした。
「ほぅ 魔術も使えたのか」
レインの視線の先には無傷のシリアが立っていた。
「アンタ凄いね。
アタシがこれを使う事になるなんて……
気を付けて、アタシは手加減なんて出来ないから」
そう言ってシリアは再びレインにとびかかった。
(……厄介だな)
体術と風とのコンビネーションは絶妙だった。突きを出せば突風が吹き、蹴りからはカマイタチが生まれる。
レインは防戦一方だった。炎は大きくなるまえに風に散らされ、そこに体術と風のコンビネーション、レインは次第に追い詰められていった。
そして……
シリアがレインの方に突きを出した。風の流れが生まれ、仮面を弾き飛ばす。
赤い瞳が直に見える様になる。
「あんた まさか“ゴーゴン”?」
レインの赤い瞳を見てシリアは呆然と呟く。
「くっ」
レインは外れた仮面を着け直した。
「ふざけるな。あんな奴らと一緒にするな」
レインはシリアに向かって言った。
「あいつらは俺の大切な人を殺した。
俺はあいつらを許さない」
「それが貴方の力の使い道……
そんなんじゃ力が可哀想」
「なんだと?」
「貴方の力はそんな事に使うべきじゃない」
「言わせておけば……」
レインは刀をシリアに向けて斬りかかった。
「そんな太刀筋で」
シリアは太刀筋を見切りギリギリで回避したあと回し蹴りを放つ風を纏った蹴りは鋭かった。
レインは自ら横に跳んで蹴りの威力を殺し手から火球を放った。
それを風でガードする。
「貴方の炎じゃ、アタシの風に敵わない」
シリアが言う。炎と風では相性による差があった。炎は風により、揺らめいてしまう。シリアが攻撃の為に距離を詰めるのにはそれで十分であった。
再び距離を詰めてきたシリアに向かいレインは刀を振るう、しかしシリアは剣撃の隙間をぬって自分の間合いに持ち込む。
「喰らえ」
シリアが右腕を大きく振り被った。
「なっ!!」
シリアの目の前で爆発が起こる。風の力で衝撃を消しフワリと着地するシリア。
「まさかあいつら以外にここまで出来る奴がいるなんてな」
レインは呟くとシリアに背を向けた。
「逃げる気?」
「もうやるべき事はやったからな」
そう言ってレインは去っていった。
「はぁ、なんなのよアイツ」
つぶやいて後ろを向くと……炎の刀に貫かれた男がいた。
「……依頼は失敗か」
そう言ってシリアも屋敷を後にした。