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一緒だから楽しいんだよ

 楽しかった、どんぐりの隠れんぼに別れを告げたから、

寂しい気持ちを引きずって歩いていると、変な物を見つけてしまって

首を傾げてしまう。なんとも、この場所には似つかわしくない人形は、

どうやら私に呼びかけているようで、結構有名というか、

世界的に有名な妖怪の人形なので、誰かの忘れ物なのか、

悪戯なのかは分からないんだけど、上手い具合に木と融合されていて笑えた。

妖怪だから怖そうに思えるだろうけど、

可愛らしくデフォルメされた状態だったので、

「おい、鬼太郎!」なんて、一人物まねというか、

健児に見つからないように、こっそり楽んでから手を振って別れを告げる。


だけどね、やっぱり、こんな場所でもあるんだよね・・・悲しいけれど。

「ゴミを捨てないで下さい」と書かれた看板。

ウサギのキャラクターが泣きながら訴えているのに、

その真下に、ゴミが落ちている状況を目にして情けなくなってしまう。

明らかに人間の仕業と分かるゴミに、ほんと心が痛む。


だから、「森を大切にしよう」って、看板を見つけたときには、

心の中でゴミを捨てないことを誓い、敬礼を行う。


なんといっても、今日の森の小径は貸し切り状態。

二人だけの世界を満喫している。

「森の小径なう!」

こんな言葉を使いたい健児の気持ちが、なんとなくだけど、少し、

ほんと少しだけ分かっちゃった。


耳をすましても聞こえてくるのは、小鳥の囀りだけで、

人の声なんて全然聞こえてこないから逆に新鮮に感じて、

それだけでも、なんだかとても癒やされた。

きっと熊さんだって冬眠してるんだろうな?なんているわけないんだけどね。


そうそう、それとね、なんといっても、

「キョエ!キョエ!」って、意味不明に鳴き叫ぶ謎の鳴き声に驚いてしまい

危うく健児の腕に、

「きゃっ!」しがみついていた。

「えっ、なに、大丈夫?」

「だって・・・へんな鳴き声がしたんだもん・・・」

「あぁ、あれね。大丈夫、大丈夫。安心して。僕が守ってあげるから」

「・・・・・・うん」

私は健児から離れないように、寄り添うように腕を絡める。

こんな大胆な事が出来たのも、森の小径の世界に浸っていたからかも知れない。


二人だけだから、こんなにも、はっちゃけたのかも知れないと思う。

最初から分かっていた事なんだよね、出口が存在している事なんて、

でも、なんか出口が見えたときは寂しかった。

二人だけの世界が終わってしまうような気がして・・・。


やっぱり最後も、リスさんが出迎えてくれた。

可愛らしくお辞儀をしているイラストが描かれていて、

「お楽しみ頂けましたか?」なんて書かれていたから、

「はい、楽しかったです」と、素直に答えたけど、

健児は途中で言葉に詰まる。

「ほんと、最初に入るのをちゅ・・・」

「ちゅ・・・?」


出口を抜けると、そこには2匹のリスたちの遊具が、

私たちの事を出迎えてくれていた。

少し色が禿げ落ちたリスたちは見つめ合いながら、

可愛らしくチューをしてた。

太陽の光を浴び、リスたちは、私たちの足下にまで、

見せつけているように影を作り出している。


それから次第に私たちを取り囲んでいた空気が変わっていく。

そして、健児が意を決したように、

「ねぇ・・・」と、健児から尋ねられた瞬間から、

全部分かってしまう。えっ、なに、なに?うそでしょ?ほんとに?ここで?

まだ、心の準備なんて出来てないよ?

だけど断る理由が見つけられないから、

「な、なにかな?・・・・・・」

「いいかな?・・・・・・・・・」

いくない、いくないよ、どうしよ、はずかしい、どうしよ、

枯葉みたいだったら・・・隠れてリップ塗りたいよ・・・。


でも、私も望んでいるから、

やっぱり断る理由が見つからないから小さく頷く。

健児の足が1歩前に踏み出した瞬間、視線を逸らしてしまい

思わず顔は下へ向けたけど、案外正解だったのかも知れないと思った。

近づいてくることを影で知らせてくれるから心の準備をすることが出来た。

そして肩に手が触れる。とても心地よい温もりを感じている。


「あの日、ハナに会えたから、こうして僕は、ここにいられるわけで・・・」

そんな真面目に聞かされ恥ずかしさと嬉しさから心拍数が跳ね上げる。

「ねぇ止めて、もう何も言わないで、はずかしくなるから・・・」

「なにを今更、僕なんて大概、恥ずかしいからね、だから顔を上げなよ、

君の笑顔が見たいから」

そう言われた私の心臓は爆発寸前、だから落ち着かせるように心臓を押さえながら顔を上げて健児を見つめる。

「健児、いつも、ありがと・・・」


すると、笑顔なのか、ニヤニヤしているのか、どちらか分からないような

感じで微笑んでいる。健児は私をみている。私だけを見つめている。

私も健児を見ている。健児だけを見つめている。

健児は、少し屈みながら、少し顔を左に傾けながら近づいてくる。

だから私も、右方向へ傾けながら、少し背伸びをしながら近づいていくと、

私は唇が触れる瞬間まで健児の事を見つめていた。


そして今日、初めて手のひら以外から人の暖かさを感じた。

ちょっと唇が触れあうだけで、互いの意思と気持ちが確認出来る事に

喜びを感じている。


だから、こんな感じというか、こんな感覚なんて始めての出来事だから、

なんて伝えたら良いのかなんて、分からないけど、

とりあえず、レモン味はしなかった。という事だけ伝えておきますね。


そして何故か、脳裏に現れたのは、あのガキんちょだったので、

むかついたので、中指を立ててやったら、

相変わらずニタァ・・・と笑っていた。


「ちょっと失礼して♪」

少し居づらい状況というか、話しづらい状況を打破してもらうため、

今日は散々助けて貰っておきながら、リスさんの背中に飛び乗った。

「ちょっと、ハナ。駄目だって」

「大丈夫だって、最後にもう一回だけ助けて貰おうよ」

「・・・そ、そうだね、誰も見てないようだから」

臆病者の健児は、辺りを隈無く見渡すから、

威風堂々中指を立てて差し上げた。もちろん感謝の意味を込めて。

「おっ、なんか、久しぶりだね、それ」

「そう?」私はリスの首に抱きつくというか、しがみついた。

「今日は、楽しかったね?」

「ん、なに?」

「いや、今日は、楽しかったね?」

「なんだよ、繰り返しかよ・・・」

「ひっどぃ・・・こう見えて結構打たれ弱いんだから、すぐ泣いちゃうんだぞ」

「だれかぁ、オオカミ少年が来たぞ!」

「やべぇ、まじで泣きそうだ」なんて、健児は言っているんだけど、

表情は真逆で楽しそうに笑っているから、私の口もなめらかに回転してしまう。

「じゃぁさ、何が、1番楽しかったのか、10秒以内に答えよ」

「・・・やっぱり、さっきのあの瞬間かな」

「えっと、えっと、さて、帰りの時間は大丈夫かな」

「ぬわんと! 答えさせといて、スルーって酷くね?」

「ほんとかよ、まじかよ、誰だよそいつ、ひでぇ奴だな」

「あっ、そう。そんな態度するんだ」

「な、なによ、急に開き直っちゃって」

健児はリスの頭にアゴを乗せて私を見つめる。


「なによ、なによ、なによ。そんなに見つめても、何度もしないから!」

「ううん、そう言う意味じゃなくて、やっぱ可愛いなぁと思って」

「・・・はぁ、どうやら、私は、女ったらしに騙されたようだ。よいしょっと」

「おい、おい、待たれよ、待たれよ。聞き捨てならぬぞ」

「はいはい、なんでござんしょ」

「なんとまぁ、嫌々な感じとは、失礼であるぞ」

「はいはい、分かりましたよ。あんた何者よ?」

「よくぞ、聞いてくれたなぁ・・・って、待たれよ、待たれよ」

「長いんだもん、待たれよ。なんて言われて待つ人いないって」

「良いではないか、へるものではないのだし、近うよれ」

「でたよ、近くに寄せて卑猥な事すんでしょ?」


「いやいやいや、僕は、そんな悪徳な役回りじゃ無いからね!」

「あっ、そう。忘れないうちにいっとくけどさ、今日付き合ってくれて有り難う」

「・・・・・・いいえ、どういたしまして」と応えた健児は、キョトンとしている。

「わたし、おかしなこといった?」

「ううん、ぜんぜん、なんか、女の子みたいだったから」

「はぁ、なんて?!」

「いや、だから、女の・・・違う、手違い、なにかの手違い、僕の勘違い」

「こんな可愛い子を捕まえて・・・酷いよ・・・ぐすっ」

「ちょっと、泣かないで・・・冗談だよ」

「知ってるよ~ん!」両手をおもいっきり広げて戯けて見せた。

「・・・最悪」

「こんなに可愛い女の子を虐めたりするから、最大にして、

最強の武器を使ったまでだよ。はっはっはっは」

「それ、だれ?」

「えっ、上野花菜ですけど?」

「ひっでぇ、まるで、僕が滑ったみたいじゃんか!」


私たちの楽しい会話の中に突然入り込んできた音に耳をすました。

私の聞き違いかな?なんて思っていると、

「ねぇハナ、バスの音が聞こえなかった?」

健児も音の主を探しているようなので、急いで時間を確認する。

「噓、もう、こんな時間になってたんだ!」

「ねぇ、もしかして、あのバスが最終なんて事ないよね?」

「多分それは無いと思う」

「そっか、そしたら安心だけどさ、こっからバス亭って遠いの?」

「ううん、ほら、あれが美術館だから、走ったら1分くらいで着くんじゃないかな」

「じゃ、本当かどうか、確かめてみない?」

「えっ、なに、走って行くつもり?」

「そうだけど、何か問題がある?」

「いや・・・・・・」

「まさか、靴が・・・とか言い訳しないよね?」

「まさか、しないよ、ちゃんとスニーカー履いてるんだから」


「そしたら問題ないよね、行くよ、ハナ」

健児の凜とした声が私の耳の中へと入り込んでくる。

とても男らしい声が耳の中で木霊となって止まっている。

健児は私の隣に移動すると、軽く屈伸をした。

そして真横から手を差し出す。

「じゃ、行こうか!」

「うん」私は健児の手を握りしめる。

「いい、じゃぁ、走るよ!」

「りょうかい」

まだ、走り出して間もないのに、既に体温は良い感じに仕上がっていた。

ウォーミングアップすら行っていないのに、コンディションばっちりになっていた。

走り出して間もなくして思ったことは、

男の子って、こういう時は頼りになるんだなぁ。

余裕が有るわけは無いけれど、横目でチラチラと

健児の存在を確かめながら走っている。


このペースが健児のペースじゃない事も分かっているから、

もしも、間に合わなかったとしたら、私のせいだ。

すると健児は一抹の不安を隠しきれないような表情を浮かべて

私を見たとき、足手まといだよね。私はそう思っていたから、

「健児、ペース上げて行こ、間に合いそうにないんでしょ?」

こくん。と健児は小さく頷いた。


私たちは美術館前のバス停へと走る。

バスは定刻通りに反対の斜面を登ってくる。

私たちの戦いもそろそろ佳境に入る頃だ。

バスの方が早い?って、私たちの事を嘗めて貰っては困る。

今日は負けられない。負けるわけにはいかない。

最初から負ける気などさらさら無い。


だけど、1分がこんなに長いなんて思いもしなかった。

だから走っている最中、何度もチラチラと横目に私の事を

確認しながら走ってくれている健児に、

「安心して、大丈夫だよ」

「もう少しだから、がんばろう」

こくん。次は私が小さく頷いた。


がんばろうと思った瞬間、私の思いを踏みにじるかのようなプシュプシュ音が、

私たちの空間、そして美術館が醸し出す空間を台無しにする。


一瞬、間に合わないかも、負けちゃうかも・・・。

私の心は打ち砕かれそうになる。

一人だったら、昨日までの私だったら、

とっくの昔に止めていたと思う。

そして、行きがけに、自転車で坂を登っていた人の事を思い出す。


昨日までは、一生懸命に走るなんて格好悪いと思っていた。

だから、今日も、必死に自転車で坂を登っている人を見て、

気になって仕方なかったのかも知れない。

そして今日は、

「大丈夫、ハナ。絶対に間に合わせるから」

私の隣からこんな感じで励ましてくれる人がいるから止められない。

なによりも走ることが楽しいと思ったし、

あの自転車乗りの気持ちが少しだけ分かったような気がした。


それから先、私の耳に入ってくる音は、健児の息づかいだけになった。


「健児、もう少し、もう少しだけなら、ペースアップしても大丈夫だよ!」

「りょうかい!」


もしも、このバスに乗り遅れたとしても、

もしも、ギリギリの所で置き去りにされたとしても、

私は怒らない。よくやったと、自分を褒めて上げられるかも知れない。

そう思う気持ちと、健児は悔しがるのなら、

私も悔しがるのかも知れないとも思えた。


でも、もし、この先、バスが一生来なかったとしても、

私は文句なんて言わないと思う。


だって、今、この瞬間が楽しくて仕方ないんだもん。


健児は何故か一向にペースを上げようとしないから歯がゆい気持ちと、

嬉しさが混じり合って良い感じになるから何もいえない。

でもきっと、私の息づかいが健児の耳に届いているんだろうな。

悔しいな。もうちょっと体力があればな・・・。


でも、こんなに、必死で走ったのって何時以来だろう・・・。

だから、苦しいよ、辛い、もう、止めたい。

そんな気持ちを健児に伝えたらどう思うのだろう。


すると健児は振り返りざま微笑みかけてきた。


一瞬、私の心の声が聞こえたのかも?

そんな有り得ないことを思ってしまいドキッとした。


きっと健児なら笑いながら、

じゃぁ、やめようか・・・そういってくれるだろう。

でも私の予感は外れた。なぜなら健児は、

「ハナ、あそこでペースアップしたお陰で、なんとか間に合いそうだよ」

だから、やっぱり聞こえたかも知れないな、と思ってしまった。


辛くても顔を上げて走った方が、酸素が肺の中に入りやすくなるから、

顔を上げて前を向いて走ることにした。

こぼれ落ちる汗を拭き取るため、肘の振りを変えてまで手の甲で拭う。

いろんな汗が混じり温かく感じた。


バスは、坂を登り切る手前の信号に引っかかっていた。

この瞬間、私たちの喜びようといったら、

まるで何かの賞でも取ったような感じだったと思う。


私たちは上がりっぱなしの心拍数を下げる事すら忘れ、

バスに乗り込もうとすると、他の乗客たちからの

変な視線を投げかけられているけど、何故か人の視線なんて気にならなかった。


そして健児が整理券を取っているから、私は取らなくても良いかな?

なんて思いながら、健児の背中に寄り添うようにしながら歩いていく。


どうやら健児は、私のお気に入りの場所へエスコートしてくれるみたいで、

行きとまったく逆の展開に、私の頬は緩むばかりです。

前を歩いているから表情が見えない事が、

ちょっぴり残念なんだけどね、たとえ見えなくても、健児の浮かべている表情なんて、

だいたい想像ついちゃうし、背中に顔を埋めながら歩いていても

簡単に感じる事が出来ている見たいです。


 最後まで読んでいただき有り難うございました。

今回初の試み、4日連続で投稿しましたけど、それも今回で終了となります。

だからといって、これが最後というわけでは無くて、

今年は無理かも知れませんが、来年以降には書いていきたいと

思っていますので、楽しみに待っていただけると嬉しいですし、

この話が心の片隅にでも残っていただけたら、

これほど嬉しい事はございません。

最後までおつきあいできて本当に有り難うございました。

そしてこれからも宜しくお願いします。

ご精読有り難うございました。

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