僕のもの=彼女のもの
僕は電車が嫌いだ。
僕の思っている所では揺れずに、僕の思っていない所で揺れるから嫌いだ。
まるで僕の事を試しているような揺れかたをする線路も嫌いだ。
それも今日まで・・・。
今日からは、そんな小さな事に文句なんか言わずに、
揺れているなか乗客を無事に届けようとしている車掌さんの頑張り・・・。
そして日々懇親に働いている鉄道会社のみなさんに感謝していた。
いままで電車が揺れる度に眉間にシワを寄せたり
唇をとがらせたりして御免なさい・・・。
今日から心を入れ替えます。
もしかしたら性格まで変わっているかも・・・。
僕の肩・・・右肩が、あるモノによって支配しているだけで・・・。
そして僕は、そのモノを見ている。
というよりは、そのモノに目を奪われている。
僕の視線は奪われている。
でも、その者に奪われている筈なのに、
僕の頬は緩みっぱなしだ。
僕の右肩を支配しているモノの重量なんて、
130グラム程度の重さのくせに、
この僕の心を揺さぶる。
眩い光を放つから、僕のクルクル眼を虜にしている。
そのモノを見ているだけで、僕の瞳は細くなる。
そう次第に細くなるにしたがって、
目尻が、だらしなく下がると、
口角が一度横に広がったと思ったら、次は下へと垂れていく始末・・・。
ついでに鼻の穴までも膨らんでいくから僕にとっては史上最強のそんざい。
こんな危機的状況というか、最高のシチュエーションとでもいうのか、
兎にも角にも電車に乗っているおかげなので感謝。
こんなにも僕を楽しませてくれる電車が好きだ!
電車バンザイ!叫びながら1両から10号までの車両を行ったり来たり
行ったり来たりと、走り回りたい気持ちでいっぱいです。
でも、常識人の僕には小さなガッツポーズで喜びを表現してから、
顔をほころばせるというよりは、ニヤケ顔を浮かべる程度です。
もし防音設備がしっかりしている、スタジオだとしたら、
歓喜の雄叫びを張り上げているだろう。
電車にたいして、感謝感激雨アラレちゃんっていうやつです・・・。
「こほん」
そして僕の視線の先に、何があるのか、もしくは何が存在しているのか?
僕の瞳に映る緩いウェーブは、微かに揺れていた。
またの名を髪の毛ともいわれている・・・。
そよ風が揺らす終着地点から指2本分程度ずらした地点に、
視線を奪われています。
「すぅ、すぅ」可愛い音を奏でているモノのお陰で、
僕の中に存在していた瞬きをする行為を忘れ去られていた。
「瞬きする」という日本語がゴミ箱の中に投げ捨てられているから、
目がぁ・・・目がぁ・・・と僕の瞳は乾燥していた。
それだけなら、まだ良かったと思えた。
右ばかりを向いていた為に首はガチガチにこり固まっていたのです。
あぁ・・・首を回したい。グルリンと回したい衝動にかられる。
おもいっきり、ぐるんぐるん回してみたいと欲求にかられ・・・、
首を回したいという欲望に燃えていた。
それもこれも僕の右肩に、家賃もし払わず住み着いている厄介モノのせいで、
・・・というわけでもなく貴方様に住んでいただいて助かっているのですが、
お陰で首が回らないです・・・。
なんて上手いような上手くないような考えている最中なのに、
少しむくれていた。
何故かイライラしていた。こんなにも近くにある唇だけど、
とても遠くに感じている唇を前にしているからか、
それとも、奪いたくても奪えない唇を見ているからかもしれない。
この時の僕には気づくことすら出来なかった・・・って
チラ見しているぶんには可愛いけれど、
唇を少し尖らせた体制で、ガン見しているから質悪いですよね。
と自分でも思います・・・。
もしもそこに、皿があるとしたら頭の上に乗せてみてくださいな。
立派なカッパもどきが出来上がるから。
「こほん」
僕の頭から司令がくだされていた。
決して長くはないと思われる右足をただすと、
その上に短くはないけど長くもない左足を乗せる。
その上に左肘を添えると顎を乗せて頬杖が出来上がっていた。
我ながら今日の頬杖は良い出来と言えた。
あまり美術に詳しくない人に、ロダンの考える人が出来上がったぞ。
と吠えたとしても気づかれはしないだろう。
実際にある程度詳しい人が見て見ると、
筋肉しょぼ!とか、彫りが浅!とか自虐ネタすぎて泣けてきた。
少しだけ神経質に見せるため、眉を寄せて考えている振りをする。
でも残念なお知らせがあります・・・。
右肩を支配されているため、体制的にかなり辛いという事実。
もちろん右肩を支配されているからなのだが・・・。
しかし、残念なお知らせのほかに、
何も考えられなくなるという事情というか、
そのような状況に陥ったのです。
ぼくは優雅に車窓からの景色を楽しむつもりでした。
けれど僕の瞳の先にあるものは僕の瞳を虜にするだけでは
許してもらえず、噛み付いて離そうとしないモノが佇んでいたのです。
そう、その者の正体とは、普通はスカートに隠されているので、
そんなに気にはならないのですが、
寒い季節なのに、短いスカートで座ったりしたら
隠しきれなくて出てきてしまいますよ?
俗に言う太ももというものが、顕になっているから目のやり場に困っているのです。
別に太ももフェチとかそういうのでは・・・いや、でも否定はしません。
そんな事を考えているから、ここでやっと、
何処かで足の組み方を間違えたらしい事に気がつきました・・・。
目のやり場に困っていた・・・というよりは、
こんな綺麗な景色なんて生まれて初めて見た〜。
と喜んでいるモノが
僕の心の中の奥深くなのか、すぐそこなのか分かりませんが、
確実に存在していて正直驚いた。
こんな景色を拝めることなんて、そうそう在りはしないだろう。
出会うチャンスも、そんなには、無いだろうから・・・、
「これ以上みては駄目だ、石にされてしまうぞ!」
ということで、また1人瞬き大会を繰り広げているのです。
「ねぇ、わたしの、どこを、みてたの?」
どうやら僕は疲れているらしい・・・こんなはっきりとした
幻聴が聞こえるなんて・・・でも僕は答えていた。
「そんな事恥ずかしくて、いえないよ」と心の中だけで、そっとささやく。
「こほん、こほん!」
もしかしたら風邪ですか?というより、悪寒をおぼえたは僕の方だった。
風邪のひきはじめなのかな・・・ひきはじめなら葛根湯だね・・・って、
「な、なにも見ていません・・・」
「ふぅん・・・見てないんだ・・・」
彼女の透き通る目が僕の顔をまじまじと眺めるなか、彼女は軽く微笑んでみせた。
僕はそのほほ笑みから視線を外す。
「あっそう。見てないんだ、私が見たモノは気のせいなのかな?
おっかしいなぁ・・・こんな風に・・・そうそう分かりやすく言えば、
和風ロダンの考える人みたいな・・・ってこの間の美術館で似たのを見たからかな?
きっと私の勘違いだね・・・」
そういって彼女は自分の頭を拳骨で叩いた。とても可愛らしく叩いた・・・。
「・・・いいね、ぼくもみたかったなぁ」
「そうね、こんど一緒に行こうよ。ん?」
「どうしたの?」
「私の隣に変態さんが居たような気がしたんだよね・・・気のせいだね」
そういって彼女は自分の頭を拳骨で叩いた。
その姿にデジャヴを見たようなきがしたが、ペロッと舌をだしたので、
僕の勘違いだとわかって少しほっとしていると、
「ねぇねぇ、ちょっと私の真似してくれない」
「えっ、なんで?」
「いいから、いいから」
僕は言われるがまま、真似をしていると、ロダンの考える人の銅像が出来上がっていた。
「どう?こんなんで良い」
「う・・・ん、もうちょっとココが」
僕は人形のように角度を変えられていくと出来上がった姿に、
「凄いそっくりだね、なんでだろう」彼女はとても喜んでいる。
「ねぇねぇ、そこから何か見えるのかな?」
「・・・・・・いや、べつに何も・・・」
「おっかしいなぁ、君の視線を辿るとね、わたしのピーに、
熱い視線が突き刺さっているのは、気のせいかしら・・・」
「・・・・・・気のせいだよね」
「見えてるよね?見てるでしょ?わたしのピーを」
「・・・・・・・・・ピーって」
「えぇ・・・」なんて言いながら、彼女の姿と言ったら
眉尻が下げながらジェスチャを加えながら、
「えっと、貴方のお名前は、変態さんでよろしいでしょうか?」
「・・・えっと、違いますよ」
「えっ、ちがうのですか、変態さん」
「・・・・・・」
「今回の事件ですが、寝ている女子のピーを見ただけならまだしも、
覗こうとしたワイセツで惨忍極まりない犯行を絶対に許せません。
自分の欲望のままに生きる事に生きがいを感じているから
起きた犯行といえなくもないでしょう・・・。
あろうことか、君は寝ている女子の、
ピーに顔を埋めようとしたのですからね・・・」
「え、えぇ、うそだ〜。そこまでは、そこまではしてませんよ・・・」
「あれ、おかしいですね、私の思い違いですかね?ところで変態くんは見たのですか?」
「・・・何をですか?」
「またまた、とぼけちゃって」
「とぼけてませんよ」
「ほんとですか?あやしいですよ、変態ちゃん」
と急にちゃん付けで呼ばれたから、自分の事が可愛いと勘違いしてしまい、
返事をしてみた。自分なりに可愛く、
「はい!」と少し声をはる。
「おいコラ、変態!気持ち悪いんだよ」
彼女のキャラが変わり、ちゃん付けから、急に呼び捨てに変わり果てると・・・
黙秘権を行使というよりはダンマリに決め込んでいた。
「・・・・・・・・・」
「なんだ、ちみは!」といわれ僕のくちから無条件反射で続きが飛び出していた。
「そうです。わたしが変なオジサンです」
「・・・・・・ぱねぇ変なオジサン来た!」
しかも踊っている僕にたいして、
「・・・・・・・・・きも」と致命的な一撃を食らった。
僕は頭の後ろに手を回して軽く会釈すると、
まるで何事も無かったかのように、さりげなく彼女から視線を外すと、
車窓の景色を楽しむのために左側を向いた。
その窓からの景色は・・・ってthe地下鉄、
これぞ地下鉄の光景が広がっていた。
窓の外はとっても暗く、真っ暗闇だった・・・。
映る景色といえば車内の様子ばかりが映り込むのをみて、
ポツリとつぶやいた。
「そろそろ謝るべきだよな・・・」
「謝る?ばかじゃん。誤ったら変態ですよって肯定すんだぞ!
それで良いのか?」と小悪魔が現れ、小悪魔らしい表現をしてくれたので、
「そうだよね、自分の事は棚に上げていうのもなんだけど、
やっぱり変態よりは、変態さんって呼ばれたいもんね」
僕は真剣に語っているにもかかわらず、小悪魔さんなんて引きった表情で
僕の顔を見ているのは気のせいだろう・・・。
「うん分かった、もう少しダンマリを決め込むよ」
「・・・・・・・・・・・・そ、そうだね」
小悪魔はどうでも良いような返事をした。
「何いっちゃってんのさ、馬鹿じゃないの?素直に謝ったほうが良いって、
男らしって!」と可愛いらしい天使は腹を立てながら助言してくれているが、
先ほどの小悪魔さんとはまた違った魅力全開に嬉しくなり、
「やっぱりそうだよね」と答えていると、
「おい、コラ!無視すんなよ」
どうやらマイスゥートハニーのお声がかかっているらしい。
可愛らしい天使ちゃんよりも、ご立腹のご様子で僕の右肩は攻撃されていた。
時には優しく、時には激しく・・・痛きもちいいとはこの事だぜ。
と言いたげな攻撃を続けている。
「お〜い、無視すんな」
「・・・・・・」
「だから、無視すんなよ・・・泣いちゃうぞ」
「・・・・・・・・・」
僕は車内の様子が移りこむ窓枠劇場を諦めて、
体を彼女の方へと向きなおして、
「そろそろ、その頭突きを止めてもらっても構いませんか?」
僕は知っている限りの体姿勢な言葉を選んで語りかけたつもりだったけど、
「あ、あん?なに、欲求不満なわけ」
彼女の口からドスの効いた訳の分からに返答に、
あやうく泣きそうになっていた。
「くしゅん」先ほど会話をした人と、
同じ口から出たとは思えない程、
可愛いらしいクシャミをしたのでつい見とれてしまった。
少し寒いのかな?それとも花粉症なのかは分からないけれど、
気がつくと僕は上着のボタンに手がかかっていた。
「なっ、何をする気なの?」
彼女は手のひらを口に当てたまま、
まるで僕のことを変態でも見るような蔑んだ眼つきの彼女に、
僕は誤解を解こうと必死に弁解した。
「いや、違うって、誤解なんだって、寒そうだから・・・」
「うそ!うそだね」彼女は自分の体を抱きしめると座席をずらす。
2人がけの席なので3cm程度ずれただけなのに、
なんとなく、かなり、むちゃくちゃ切なくなっていったけど、
被害妄想も甚だしいし、ありえない勘違いだったけど、
ブツブツささやいている彼女の唱えている何かにたいして、
耳をすまして聞いて見ることにした。
「エロエロアザラク、エロエロアザラク、私に力をお貸しください」
「ちょっ、もしかして僕を呪ってんの?・・・怖いんですけど・・・
でも、よく聞くとエコエコじゃなくて、エロエロになってますけど」
「うっさいな、エロ男爵」彼女は僕からの視線を断ち切るためか右を向く。
「エロ男爵って・・・まぁそれは取り敢えず置いときますけど、
ねぇねぇ本気で間違えたりしたの?」そっぽを向いたままの彼女にたいして、
左肩を軽く突付いて問いかけてみると、振り向きざまに言葉を投げ返してきた。
「えぇ、そうよ。まちがえたのよ、悪い?」
冗談のつもりが、まさかここまで怒るなんて思ってもいなかったので、
「・・・・・・・・・」と口からは何も出て来なかった。
「そんなに、そんなにも、私のことを卑猥な女子にしたいのね・・・貴方は・・・」
そして彼女は僕の顎を撫でた。優しく撫でるようにさすられると、
全身にゾクゾクっと電気が走る。
「ひっ、卑猥な女子って・・・」
僕は左に移動しようとする。だが窓枠に邪魔をされ、それ以上は移動できず、
しかたなく壁に、体をぎゅっと押し付けた。
「なにを、そんなに怖がっているのかしら?」と彼女は近づいてくる。
「ちょっとまって、いつもとキャラ違ってるから」
近づいてくる彼女にたいして両手をかざしてストップをかけるが、
「そう?わたしは、変わったつもりもないし、
変わっていないと自負しているけど」
僕は止まってくれない彼女に諦めた。
そして白旗を掲げるために、これ以上は何も危害は加えませんからと
両手を上へ持ち上げると、僕らの距離は鼻と鼻が擦れそうな位置まで近づいていた。
「・・・・・・ちょっ、近いよ」僕は顔を左へそむけと、
「あら?私のこと嫌い」といわれ、僕は顔を正面へ向ける。
「・・・・・・・・・」少し間があいたけど口を開こうとすると、
「そう、嫌いなんだ」といって彼女の浮かべた悲しげな表情に
胸が締め付けられた。そっと視線を右へ外す彼女こそ、
正真正銘の小悪魔なのだろう・・・。
「・・・・・・すきです」
「・・・そう、うれしいわ」
「パチン!」スナップの効いた良い音が列車内に響き渡る。
痛みから額をさする僕の元から離れていく彼女の姿に、
「ちょっと痛いよ」
「そう?でも良いじゃない。これで許してあげるのだから」
と微笑む彼女の右目がパチリと閉じた。
一瞬、ドキッとする。でも瞳が痒いのかもしれないし、
それともゴミが入ったのかもしれない。
彼女の閉じていた右目が開くのと同時に、
含み笑いを浮かべる彼女の表情に言葉を失う。
彼女は、こんな僕に何かを言ってみせた。
言葉ではないから、声帯を開け閉めすることはなく、
唇の形を変化させながら言語を投げかけてきた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・早すぎで読めません」
「それは、残念な事をしたわね」
「もう1回チャンスを・・・」
「また今度ね・・・」
僕は、また今度かぁ・・・と考えている。
ぼーっとしていた。ただ、ぼーーっとしているわけではなく、
ぼーーーっと彼女の事を見ていた。
「なに考えてんの」と問いかけられて仕返しも兼ねて、
「さて、何考えているでしょう」と少しひねくれてみる事にした。
「わたしのことを、見ているのでしょうね」と口から出るのを確認して思っていた。
自信家、自信過剰、自意識過剰、自由奔放な人・・・。
「そうだよ、わるい?」と少しむくれた表情を見せつけてから、
そっぽを向いてみた。
「えっ、なになに、なんで切れた?しかも逆切れよ・・・」
「逆ぎれだってするさ、だって卑猥なんだから」
「え、えっ、なに、なによ、卑猥って何よ、何いってんのよ」
彼女の顔というか顔面が真っ赤に染まるのを確認して、
今回は勝てるかもしれないと思う反面、動揺している彼女の姿に、
「ごめん、ちょっと卑猥は、いいすぎました・・・」
「べ、べつに謝らなくても・・・」
僕が見つめる彼女の頬は膨らんでいった。
少し怒っているのか、彼女のむくれている姿をみていると、
やばっ、すごい可愛い。これは心の叫びなので、
僕の口から出る事はなかった。はずなのに、彼女の瞳が一際大きくなると、
「まじ、恥ずいんだけど・・・」
きょろきょろと当たりを見渡している彼女の姿。
もしかして、もしかしなくても、僕は口に出しちゃったのかも!?
そんな考えも直ぐに消え去られた。
このような思いなんて、彼女の言葉により宇宙の彼方に飛んでいく。
「こほん」と改まるところから始めてくれた彼女に感謝。
それから僕の表情を確かめているようだった。
僕の顔のパーツをひとつひとつ確認しているようだった。
彼女の瞳は動いている。消して忙しなくではなく、
1つ1つを吟味するような感じだったけど、僕は彼女の表情を読み取ることも、
ひとつひとつ吟味するなんて出来るはずもなかった。
見られている恥ずかしさからなのか、僕の瞳は彼女の姿を捉えることができず、
左右を行ったり来たりと泳ぎまわっていた。
それでもなんとなく彼女の瞳の動きで、僕のどの部位を見ているのか
分かるような気もしていた。
僕の瞳が左から右へと移動する途中、一瞬だけ彼女と目があうと、
僕の瞳は彼女の瞳を捉えたまま右へと移動する。
そして彼女は微笑んでいた。そのように感じた。
そして彼女はいった。
「ありがとう」座ったままだったけど、両手を揃えてお辞儀をしていた。
えっ、そんなに改まって、しかもお辞儀なんて・・・ありえない。
僕は驚いて立ち上がってしまった。
彼女のお辞儀から遠ざかるために・・・。
額から流れ落ちてくる汗を手の甲で拭いとる。
そんなの僕の台本には書いてないよ・・・アドリブなのかよ・・・。
僕は体から熱を発するのを感じとると急に体が火照り出す。
季節が冬だというのにだ。
とりあえず体を冷やそうと、上着のボタンに手をかける。
1つ、2つとボタンを外していくと微かに隙間めがけて、
襟下4cm辺りを掴みとり、上下左右へと揺らし続けて風を送る。
バサバサと音を鳴らして風を作り出しながら、
上着の中へと風を誘い込み迷い込ませる。
風は上半身の火照りを冷却させようと必死に駆け巡り、
役目の終わった風は何も言わず、隙間から去ってゆく。
揺らす行為を続けている限り風はいつでも舞い込んでくる。
風たちは必死になって働いてくれたお陰で、
体の火照りは幾分薄らいでいくと、
少し身震いが出るまでに体が冷えてしまった。
その事で、やっと気持ちまで落ち着いていったようだ。
そして今、最後に送られた風が、役目を終えると
自信満々に去っていったように感じられた。
そして僕はボタンをはめ直す。少しよれた上着の皺を伸ばしてから、
彼女のお辞儀終わりを待っている状態だ。
気持ちは落ち着いて筈なのに、心はソワソワしながら待っている。
しかも、僕が思っていたよりも強力な友だちを連れて戻ってきたので、
少し驚いたというか、心がざわめいた。
彼女は中指を立てながら帰ってきた。
ここまでは普通の彼女の姿だ。
今まで見たことの無い、笑みという親友と一緒に帰宅してきた。
こんな最終兵器を隠し持っていたとは・・・。
「なにニヤニヤしてんの」
だって卑猥だからなんて繰り返す必要性もなく、
ただ僕は、彼女のことを見ていたいだけだったので、
何もいわず語らず彼女の事を見ている。
実の所、彼女もニヤニヤして僕の事を見ている。
そんな彼女は、僕に向けて人差し指を追加注文したらしい。
僕に手の甲を向けると、裏ピースサインを作り出していた。
「ジョン・レノン見たいだね」
「へぇ、ジョン・レノン知ってるんだ」
「まぁね・・・」と答えてはいるけど、こっそり勉強しているんだよ。
なんて事は決して言われない。
「ふぅん・・・・・・・・・」アヒルっぽい口で、
興味なさそうにみえて、なくもないんだよ。
という表情で僕の事を見ている。
そして僕は可愛いアヒル口の魅力から逃れようと、
ピースサインの雑学を語る。
「そういえば、そのピースサイン、逆っていうか、裏側を向けているよね」
「そう、そうだね。随分前から流行ってるよね」
「だね、そしたら、こんな話し知ってる?」
「どんな?」
「その逆というか、裏ピースサインには、呪いのサインっていうか、都市伝説があるって知ってた?」
「また・・・怖がらせようと思って、みんな普通にやってるけど・・・」
「まぁ都市伝説は信じなくてもいいけど、その裏ピースサインって海外では、
君のよく行う中指を立てるポーズと同じ意味だって知ってた?」
「えっ、まじで?」
「うん、まじだよ。だからなるべくなら使わないほうが良いと思うよ」
「・・・そうか、海外行く気満々だから、やばいね・・・」
彼女は手の甲ではなく、手のひらと指先を魅せつけるように、
綺麗に指の伸びたピースサインを創りだすと、僕に向かって尋ねた。
「私のピースサインって、どんな感じ?チャーチルと比べて見て・・・」
「チャーチルって、おい、しってたんかい!しかも元首相を呼び捨てかい」
僕に向けて自信満々のピースサインの彼女と、
元英国首相チャーチルの姿が重なる。
どちらも素晴らしいピースサインと、最高の笑顔だと思っていると、
「ウルトラマンは良いの?」と言われて一瞬訳がわからず呆れさせられた。
「えっ、なに、ウルトラマンって?」
「ほらほら、こんなウルトラマンいたでしょ」
彼女は両手でピースサインを作ると、額に当てている。
その姿を見ていると、確かに見たことあるようなきがした。
「ウルトラマンが流行らしていたのか・・・すげぇウルトラマン。ウルトラマンぱねぇ・・・」
という気持ちと思いが、彼女の問いかけによって根こそぎ持っていかれる。
「ねぇ、エメリウム光線でてる?」
僕に向けて、ビービーなんて光線らしき音を発していた。
すでにアヒル口は止めている唇から発している彼女にたいして、
「でてねぇよ・・・」と少しなげやりでいってやった・・・。
もちろんツッコミとしてだけど、聞こえない程度の音量で・・・。
君が、そんな笑顔で見てくれているから、
僕は君に最高の笑顔を返そうとしているけど伝わっていますか?
笑顔を作るのが苦手な僕だけど、これでも頑張っているつもりです。
もしニヤニヤしていたとしても許してくださいね。
と、そんな思いを心の中にそっと仕舞いこみながら、
エメリウム光線という名のビームで、交戦中なのであります。
to be continued