キミの気持ちと、ボクの気持ち
朝といったら遅すぎで、昼といつたら早すぎる、
土曜日の中で、1番暇を持て余す時間帯に、
こんなメールが送り届けられた。僕こと、桜井健児の元へと、
「今日の正午、桐生総合病院に来れる? 用事があるのなら、来なくても別に良いよ。
皆に送る序でだから気にすんなよ」
序でか・・・。もっと自分の気持ちに、素直になったら良いのに。
でもまぁ、どんな内容にせよ、長文でも、単文でも、全部が顔文字で送られてきたとしても、
喜んでしまうのかも知れないと思う。
かもなんていらない、絶対に喜ぶと、僕にはそう断言できる。
僕は彼女の事が好きだから。それに加えて可愛いから、例え、
何をされたとしても許しちゃうと思う。けど、僕が何かしたら怒るだろう・・・。
ほんと、恋は魔物だよ・・・。
たまに聞く事あるけど、これって、誰がいったのかな?
まぁ、あれだよね、きっと天使関係な人だろうな・・・魔物だけに・・・寒い。
そして、何度、読み返しても気になるのは、やっぱり桐生総合病院ってところ。
うーん、でも、まぁ。この文面を見る限り元気そうだからなぁ・・・
一応安心はしてる。とは言っても、不安が全然無い訳でもない。
いろいろ考えたとしても解決するわけではないし、
何も始まらない。だから後は、自分の目で確かめた方が早いだろう。
そんな期待と不安を抱えていたけど、ハナに会える。
そう思うだけで期待に胸が膨らむ。なによりも、彼女に会えることが1番楽しみだった。
だから、早速、着替えに取りかかっているのだろう。
そんな姿が、鏡に映り込んでいる。鏡の中の僕は、気持ち悪いくらいにニヤついてしていたから、
僕は頬を膨らませて対応。
もちろん鏡の中の僕も、頬を膨らませる。
そんな、戯れ(たわむ)も、限界点を突破すると、
左頬の筋肉が緩むのが分かと、鏡の中の僕も笑っていた。
僕は、参ったか?と言う意味で、右手を使いピースサインを見せびらかす。
鏡の世界では、左手を使いピースサインを作るのが流行っているのだろう。
僕らは同じような格好をしているけど、住んでいる世界は、
左右だけが逆転している世界なのだ。だから、もちろん今日の行き先も同じ所だと言うことが分かる。
鏡の中の僕は、とても嬉しそうに微笑んでいた。
僕と同じか、それ以上の笑みを浮かべていたから。
僕は、着替え終わると、ネットで桐生総合病院の場所と交通アクセスを調べる。
おもったより近い所に存在する事が分かる。
まぁ、近いと言っても半径20km圏内なんだけど、
世界情勢を知るより、まずは、地元の事を知る方が先だろう。
なんて、言いたい所だけど、今の僕には、ハナに会わなければ何も始まらない。
そう思っているから、思っていたから、桐生総合病院を見上げる格好になっているのだと思う。
ハナからのメールで指示された時間よりも、少し早めに到着していた。
まぁ、男としては遅れてはならない。
だから僕は、早めも早め、早いどころか、だいぶ前に到着している。
そんな経緯を得て、病院を見上げている、と、言うわけなのです。
そして、病院内に入らず、見上げているのには、もう一つの理由があるのです。
簡単な理由です。ただ単に、病院が苦手なだけなのです。
でも今日は、病気で来ている訳でも無いので、少しだけ気が楽です。
少し、少しだけ顔がニヤけている事が、自分でも分かるから気持ち悪い。
端から見たら、もっと気持ち悪いのだろう。もしかしたら、変質者に見られたり、
変態のように映るかも知れない。でもそれも仕方がない。ハナと会える・・・。
そう思うだけで、他人から変態に見られようが、変人に見られても困らない訳ない・・・。って、
思っていたけど、病院内で指を指され変人扱いされても困るので、
僕は顔を引き締めた。こんな僕は、周りに気を遣うタイプなのです・・・。
何事に対しても、前向きな僕の筈だが、足だけは躊躇したようで、
自動ドアの前で一瞬止まる。
僕は満を期してというか、気合いを入れ直し、玄関マットを踏みつける。
すると当たり前のように自動ドアが開く。
普通の自動ドアとは違うところが1つだけある。
それは、いらっしゃいませ。と言わない所だ。消費者を嘗めているか?
来たくてきた訳じゃ無い!なんて怒る人もいるだろうけど、病気っぽいから
来た訳なので、来たいから来た訳だ。
だから、もし、病院の自動ドアから、
「いらっしゃいませ、ご主人さま」なんて言われたとしても怒ってはいけないのだ。
「また、来ちゃいました」と、照れながら、
言えるくらいの度量を備えましょう。
そんな病院があったら、満員御礼になると思うけどね。
なんて、言っている間にも、自動ドアを通り抜けた僕に、
「ゆっくりしていって下さいね」とは言ってくれない。
病院内に足を一歩踏み入れた僕を迎えてくれたのは、
巨大な絵画だった。
一際大きくて、目立ちまくる絵画なので、
病院内での待ち合わせには、便利なのかも知れない。
そういう自分も待ち合わせしているから、そう思うのかも知れない。
今回が、病院というだけで、始めて訪れる場所では、
大抵の人は周りを確認しながら、そして確かめながら歩くものだろう。
そして絵画に近づくに従い、おいおい、これを1人で書き上げたとしたら凄い。
そんな首を傾げたくなる巨大な絵画の左端に一人の女性?女の子が佇んでいる。
少し俯き気味の女性は、誰かが来るのを待ちわびているのだろう。
どこか寂しげな姿と、待ちわびる姿が愛らしく見える。
その女の子が、僕にとって待ちわびた人だったから。彼女は、
どうやら時間を持て余しているように見えた。壁にもたれかかって俯いている姿に、
大分前から、僕の事を待っていた。という事実に気づく。
そんな姿を見せられると、出来ることなら走って行って抱きしめたい。
そんな衝動に駆られる。まぁ出来ないから、そう思うわけで・・・。
僕の視線に気づいたのか、それとも誰かの気配を感じたのか、
待ち人は顔を上げると周りを見渡している。
そして彼女の動きが止まる。僕の姿を捕らえたのだろうか、
彼女の表情が明るく変化していった。
そして、僕に向かって、とても可愛らしく手を振っている。
本当は後ろに本物の待ち人が居るのでは無いかと、
思わせるくらいに、明るく手を振る彼女の事を、
僕は直視出来なかった。恥ずかしい話、照れてしまった。
もしかしたら、彼女も照れたのかも知れない。
僕が近づいて行くに従って、手を振るのを止めて急に腕組みをする彼女に、
「おまたせ」
「ううん。別に、健児の事を待っていた訳じゃ無いから」
「はい、はい」
「・・・ん? なにそれ、馬鹿にしてるっしょ」
「ううん、全然。ただ、早く会いたかったから」
「うわっ、信じらんない。ここ、病院だよ・・・」と、
露骨に嫌な顔をされた。僕にはそのように映っていたけど、
「・・・私も、会いたかった」と、
とても小さな声で、囁かれたようで、呟かれたような、
「健児こっち、こっちだから」と、僕の手を掴み取ろうとしたけど、
場所柄を考えたからか、行き先を指で示していた。
僕は遠くを見ているような感じで、彼女の横顔を見つめながら歩いていると、
「なに、見てんだよ。あんま見んなよ・・・恥ずかしいから・・・」
と、僕から顔が見えないように顔を背ける。
だから仕方なく反対方向へ移動する。僕は、しかたなく逆方向へと移動する。
「はぁ・・・おまえ、馬鹿だろ・・・」
「ごめん。可愛いから、つい見ちゃった」
「もう、ぜってぇーーー見せねぇ」
あろう事かハナは、手の平で顔全体を包み込むようにして歩き出した。
「隠すなんて、折角のもったいないから」
「うっさい、バカ健児・・・」
「ほんとは、嬉しいくせに。ほんと、素直じゃ無いんだから」
僕はハナの手の隙間から覗き込むという暴挙に出ていた。
半分冗談だけど、半分は本気だ。
「ごめん、ごめん」と、手を上げているハナ。
「あっ、ハナ! 何処行って・・・・・・」と、カナさんが話している途中で、
僕と目が合った。すると表情を曇らせ言葉に詰まらせる。
「えっと、ごめんね、ちょっと迷っちゃって」と、ハナの声で、
「もう、そんな冗談は良いから、健児くんを迎えに行くなら行くで、
声かけてくれよな。心配するからさぁ」と、僕へ向け会釈すると、
右手を上げる。
「健児くん、久しぶりだね」
「お久しぶりです、カナさん」
僕らはハイタッチを交えることで、存在価値を確かめているのかも知れない。
僕はハイタッチを終えると頬が緩むのが自分でも分かった。
高笑いする程ではないけど、少しだけ歯が見え隠れするぐらいには笑いあっていた。
すると、ハナが僕らの前で突然両手を広げてみせた。
「よしよし、仲良しの2人は、ここで待ってなさい」
「えっ、ちょっ、ハナは何処に行くのさ?」
「良いから、良いから」と僕の肩を叩く仕草を見ると、
カナさんとは目配せをすると、
「そういう事か、分かったよ。健児くんの事は、任せといて」
と太鼓判を押してもらったハナは、とても嬉しそうな顔で、
「ありがとう、じゃぁ、行ってきます」と、
とても嬉しそうな表情を浮かべていた。
まるで、今から恋人にでも会いに行くのかと間違えるくらいの笑顔を残して、
僕の前から遠ざかっていく彼女の背中に、
大好きな人に会いに行ってくるから、少し待ってて。
と言われているような気がして、僕は嫉妬していた。
「ねぇ、健児くん?」
「えっ、あっ、はい。何ですか?」
僕は視線をハナからカナさんへと移すと、僕の顔をまじまじと見つめ、
「ちょっと、聞きたいことが有るんだけど良い?」
恥ずかしくなり声が上ずってしまった。
「ええ、何なりと聞いて下さい」
「オブラートに包むとか、まどろっこしいのは止めにして、直線というか、
直球をど真ん中に投げ込むから、準備は良い?」と、カナさんの瞳は輝いていた。
キラキラではなく、ギラギラと、今にも獲物というか、隙あらば僕を
捕らえる。そんな瞳で睨んでいるから、僕は度肝を抜かれた。
「・・・・・・はい」
「よくもまぁ、来れたもんだよね?」
「えっ、はい? ごめんなさい」
「・・・そんな、相づちは打たなくて良いから・・・」
「・・・・・・」
「何で此処に来たの?」
「えっと、ハナからメールで呼ばれまして・・・」
「へぇ、そうなんだ」と、納得してるようでもあり、
そんな話、どうでも良い。そんな表情を浮かべ、そんな表情で僕の事を見ている。
「じゃぁさ、健児くんは、ナミの気持ち知ってるんだよね?」
「えっ・・・・・・・・・はい?」
「いやいや、誤魔化さなくても良いからさ、ナミの事を見てたら普通気づくっしょ?」
「・・・・・・ナミさんの気持ちですか? いやぁ、ちょっと分かんないです。
僕が来たら、何かまずかったですか?」
「ナミの気持ちも知らないし、とにかく何も知らないで、ここに来たの?」
「ハナに会いたい。そう思うと急いで来ちゃいました」
「うはっ、健児くんって男らしいじゃん。見直したよ」
「えっ、そうですか・・・」
「もう、それはそれは、恥ずかしげも無く言い切っちゃたね。ごちそうさまでした」と、
カナさんは、深々と頭を下げるから、
「いえいえ、お粗末様でした」と、戯けてみせた。
「そっかそっか、ナミの入り込む隙間は無いのかぁ・・・少し残念だぁ」
と、少し寂しげな表情を見せられていた。